準備を整え、俺たちは静かに洞窟の奥へと歩を進めた。
何事もなく最深部まで到達し、ジャバリノックスの姿を前に作戦の最終確認を行う。
「いいか……何度でも言うぞ。絶対に死ぬな! 全員の帰還が、クエスト完遂の条件だからな! よっしゃ……行くぞぉぉぉぉ!」
ガストンの号令と共に、仲間たちが所定の位置へと駆けだす。
今回も、ジャバリノックスは不気味なほどに微動だにしない。俺たちの存在など、虫けらとでも思っているのだろう。
こいつには、冥土の土産に思い知らせてやろう……柔よく剛を制すという言葉の意味を!
最初に動いたのは、イダたち俊足三人衆だ。石を投げ、ジャバリノックスを挑発する。
その挑発に乗り、奴は地鳴りのような咆哮を上げながら突進してきた。
「テン、交代だ!」
「りょうかーい! ほらほら、おいで~って……うわっ、あっぶなっ! シン、頼むっ!」
「あいよ~! 猪さーん、こっちだよーい」
三人は前後左右に分かれ、奴の動きを巧みに撹乱する。距離を詰めさせず、持ち味の俊敏さで翻弄する。
彼らの傍には、タンカーの冒険者が待機してくれている。万が一、攻撃を
後方では、メリッサとオリザが救護準備を整えていた。
俊足三人衆や、タンカーたちの時間稼ぎのおかげで、落とし穴も、エスピアたちの張った特殊な糸も、すべてが予定通りに配置され、あとは奴をそこへ誘導するだけになった。
だが——イダたちはすでにかなり消耗していた。このままおとりを続けさせるのは酷すぎる。どうする……。
「……おいらが行ってくるっす!」
「ティガ⁉ 危険だよ、やめておけって!」
「大丈夫っす! イダたちよりはあれっすけど、おいらも足には少し自信があるっす! それに……」
ティガが言い淀む。
「……それに、なんだ?」
「おいらは、旦那に何度も救われたっす! 旦那に会わなかったら、おいらはもうこの世にはいなかったす。だから、もしここで死んでも、後悔なんて——」
「ダメだ!」
思わず声を荒げてしまった俺に、ティガは目を見開く。
「だ、旦那……⁉ 急に、どうしたっす?」
「ダメだ! 死ぬ覚悟で行くのなら、おとり役は任せられない……。絶対に生きて帰ってくるって誓えるなら……お願いしたい!」
「……はいっす‼ 絶対に、無事に帰ってくるっす!」
「うん。ティガ……ありがとう! あとで、取っておいたジャバリの骨、あげるからな」
「マジっすか⁉ うっしゃー‼ そうと聞いたら、死んでる場合じゃねぇっすね! 絶対無事に帰ってくるっすよー!」
意気揚々と駆け出していくティガ。その背中を、俺はただ祈るような思いで見送った。
そして間もなく、あの地の底を揺るがすような咆哮が轟いた。
「うわぁぁぁーっ! こっち来たっすよぉぉぉ‼」
「ティガー! もっと早く走れ! すぐ後ろまで来てるぞ‼」
「ギャー! そ、そんなこといったって、これ以上は……って、うわぁあっ‼」
——やはりティガに任せるのは無謀だったか……⁉
俺はその情景を直視できず、思わず顔を背ける。
だがその瞬間——
(ドガァァァァァァン!)
轟音とともに、地面が揺れた。奴が罠に嵌まったのだ!
それを確認したガストンが叫ぶ!
「今だ! フィン、ロイド‼」
「了解!」
「うぉしゃー‼」
『ウインド・ブラストー‼』
(グガァァァァァ‼)
風と炎が交わる二重の斬撃が、ジャバリノックスに炸裂した!
狙い通り、瘴気が一気に吹き飛ぶ!
もがきながら穴から這い出ようとする奴の動きを、エスピアたちの糸が封じる。
「いまだ、展開っ!」
鋼線のような糸が四肢を縛り、肉に食い込む。
「よし、動きの止まった今がチャンスだ! 全員、総攻撃ーーーッ‼」
号令と共に仲間たちが一斉に攻撃を仕掛け始める。
ボアーズとヤーキンが、左右から牙へ攻撃を加える。
(パッキーン‼)
やはり今回も、一撃で牙を折ることはできなかった。
続けて、ガストンとアビフが追撃を浴びせにかかる。
「もういっちょぉぉぉ‼」
「喰らいやがれ、肉無しジャバリが!」
(ギギギギ……パキーン‼)
二人の渾身の連撃が、ジャバリノックスの牙をへし折った。
「私の弓矢も喰らいな、おっきな魔物ちゃん!」
サラの必殺必中の矢が、ジャバリノックスのしっぽを見事に撃ち抜き、奴の動きをさらに鈍らせる。
「よしっ、最後は俺の出番だ!」
アイテムボックスの中から、切り札である、エリクサーを取り出すと、俺は力いっぱい、その瓶をジャバリノックス目がけて投げつけた。
「いっけぇぇぇぇ‼」
(カシャァァン!)
瓶が割れ、エリクサーが奴の頭部に降りかかる。
(グ……グオォォォォン‼)
煙が立ち上り、奴の頭が溶けていき——あるはずのない骨が露出し始めた。
苦しむジャバリノックスに、追い打ちをかけるように、フィンやロイドたちの波状攻撃が間断なく加えられる。
(ヌオォォォォォォォ……)
「や、やったか……⁉」
ジャバリノックスから、瘴気が一切感じられなくなった。どうやら……倒したらしい。
「よ……よっしゃー! やったっすねー、旦那ぁー‼」
どこかからティガの声が響く。だが姿が見えない。
「おいらはここっす、上っすよー!」
見上げると、洞窟の天井に白い糸でぐるぐる巻き状態になってぶら下がっているティガの姿を見つけた。
「約束通り、なんとか無事っすよ、旦那!」
笑顔でウインクするティガは、怪我一つない。
どうやら、追いつかれる寸前で近衛騎士団員の誰かが機転を利かせ、罠用の糸で救出してくれたようだ。
ゆっくり降ろされたティガを、俺は思わず抱きしめた。
「ティガ……ごめん。もうダメかと思った……」
「おいらも、ああ、こりゃ無理だわぁ~って、正直諦めたっす……。でも、エスピアさんが助けてくれたっす! マジ、感謝っす!」
「私は、リーダーとガストン様の言いつけを守ったまでです。礼には及びません」
「エスピアさん……本当にありがとうございます! いつぞやは、恨んだ日もありましたが、あなたのおかげで、仲間を守り切ることができました!」
「私が……あなたに恨まれるようなことなど致しましたかな?」
「あ、え~っと、いや、あれ、あれですよ。あの~、あ、アテナさんの手を急に握って、アビフ様と一触即発になった時……なんて、肝を冷やされましたから……ねぇ」
「……ああ、あの件ですね。あれはご無礼をいたしました。申し訳ありません」
「い、いえいえ……あはは」
——ふぅ。嘘をつくのは、本当に疲れるな。嘘も方便という言葉は聞いたことがあったが……こんなにも大変だとは思ってもみなかったよ。
こうして俺たちは、ジャバリノックスとの死闘に勝利した。
魔含の回収も無事完了する。予想以上の大きさと、目を奪われる程の瑠璃色の輝きに、息をのんだ。
「で、でかい……! こんなの運べます?」
「問題ない。俺が運ぼう」
アンガスが、自分の体格ほどもある魔含をいともたやすく持ち上げてみせた。
「うわぁ、やっぱすごいですね、アンガスさん!」
「俺にはこれくらいのことしかできないからな」
謙遜を口にする彼に、サラが近づき声をかけた。
「あら、アンガス。今日はやけに働き者ね? さっきもシンさんが転びそうになったの、素早くフォローしてたし」
「あ……ありがとう、サラ」
「じゃ、帰りも私の分の荷物運び、よろしくね!」
サラに褒められ、顔を真っ赤にするアンガス。
照れた顔で頷くアンガス。その赤い顔を見て、俺はそっと心の中で、彼の恋路が実るよう願ったのだった。