門をくぐって街の中へと進んでいくと、やはりというべきか、住民たちの反応はさまざまだった。
悲鳴をあげて逃げる者、恐怖と怒りに満ちた罵声を浴びせてくる者——
そのたびに、領主様の護衛で同行していた騎士団やガストンが前に出て、住民たちをなだめていた。
だが、街の中心にある広場にたどり着いた直後、事件は起こった。
「い、痛ってーっ! なんっすか、このガキンチョ!」
コボルトたちの最後尾を歩いてたティガが、小さな子どもに足を蹴られたのだ。五、六歳ほどの少年だった。
「な……なんで、まじうがぼくたちのまちにいるんだっ! でてけー‼」
「いてっ! またやりやがったな、コイツ!」
ティガが思わず手を出しかけた瞬間、俺は慌てて止めに入った。
「ティガ、手を出しちゃダメだ!」
「でも、コイツが先に……」
そこにガストンが静かに歩み寄ってきた。そして少年の前で膝をつき、穏やかな表情で語りかける。
「なぁ、坊主。なんで蹴ったりしたんだ?」
「だって……まじうは、ぼくらをおそうんだって、かあちゃんが……」
「襲われる前に、やっつけようと思ったってことか?」
「……うん」
「そうか。坊主はとても勇敢だな」
「うんっ!」
少年は叱られると思っていたのだろう。ガストンに褒められ、ぱっと表情を明るくした。だが、それも一瞬だった。
「その勇気は確かに立派だ。けどな——」
ガストンの目が鋭くなる。
「お前が振りかざしたのは、正義じゃねぇ。ただの暴力だ!」
子ども相手には少々きつい言葉にも思えたが、ガストンは続けた。
「相手のことを何も知らず、知ろうとせずに見た目や立場なんかで決めつけるんじゃねぇ! 面と向かって、話し合って、それでもダメな時は……拳で語り合え!」
そう言って、ガストンは少年の前に拳を突き出した。
「うっ……うっ……うわぁぁぁぁぁーん‼」
少年が笑顔で拳を突き合わしてくれると考えていたこの熱血漢は、少年がぎゃん泣きしながら母親の元へと走り去ったことに、驚きを隠し得ないでいた。
いや、そりゃ泣くだろ普通!
拳を差し出したまま固まっているガストンの背後に、黒い影が近づく……。
(バッコーン‼)
「痛ってぇぇぇぇ! な、なんだよ!」
「なんだよ、じゃないわ、このバカ息子がっ! お前の気持ちも分かるが、あんな小さな子に、あんなことを言って分かるもんか! 本っ当にお前は昔から何にも変わっておらん……。頭が痛いわ」
「頭が痛ぇのは、殴られた俺だっつーの!」
「うるさいっ! そこの噴水で頭を冷やしてこい‼」
「……んだとコラァ!」
公衆の面前で、にらみ合う領主とギルドマスター。立場上、誰も二人を止められずにいた。
「二人とも、いい加減になさいっ‼」
高く響く声が、広場にいた全員の動きを止めた。
「まったくもう、見っとも無いったらありゃしませんわ」
綺麗なドレスを身にまとった貴婦人が、二人の間に割って入ってくる。
「エステラ……」
「マミー、あっ!」
二人を制止したのは、マミーこと、ミア・テソーロ・エステラだった。
『マミー』という呼び名を口走った際、咄嗟に手で口を塞いでいたが、時すでに遅し。俺の耳には、しっかり届いていた。
さすがにここで笑っちゃあ失礼だなと思い、俺は必死に顔を背けたのだった。
「あなたも、ガスちゃんも、恥ずかしい真似はおやめなさい! いい年して情けない!」
「す、すみません……」
二人は同時に頭を下げた。
俺は今まで、ガストンさんと領主様は何か因縁でもあるのかと思っていた。
だが、今はっきり分かった。
この二人、本当にただただ馬が合わないだけなんだと!
とはいえ、さっきの少年にはちょっと気の毒なことをしてしまったな。
でも、不思議なことに、あの一件のあと、街中での心ない声はぴたりと止んでいた。
ある意味では……怪我の功名ってやつかもしれない。
その後、俺たちは領主邸へと招かれた。
僭越ながら、領主様にも、コボルトたちと会話できるように、イーリス様からいただいたキャンディーを食べてもらうことにした。……試作品って言ってたけど、大丈夫、だよね⁉
「おお……これは甘美な味だな。実に気に入った! もっともらえぬか?」
「す、すみません。数に限りがありまして……。でも、作り方を教わることができれば、いずれ量産できるかと!」
「うむ、それはよい。ぜひ頼むぞ」