目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

第70話 バーニョ

 豪華な昼食だった。チャットさんの食事も最高だったが、領主邸で振る舞われた料理は料理は、どれもが一級品。庶民の俺でも、それと分かる品ばかりだった。

 昼食を終えた俺は、とある人物のもとを訪ねる。


「こんにちは、アントニーさん!」

「おお! 久しぶりじゃな。最近、さっぱり顔を見せんから心配しておったぞ。元気そうでなによりじゃ」


「ご心配ありがとうございます。ギルドのクエストに参加してたもので」

「聞いとるぞ! 領主様から褒美が出るとかいう話じゃないか」

「えっ、早いですね……もうそこまで伝わってるんですか」


「ゴシップなら、風より速いスピードで街中を駆け巡るぞい、がっはっはー!」

 どうやら今回の件で、俺も少しは街の中で知られた存在になりそうだ。……今後は、ララの爆弾発言にはくれぐれも注意しなきゃだ。ここへ初めて来たときのような発言をまたされたら、目も当てられない……。


「それで、今日もひとっ風呂浴びていくか?」

「そうしたいのはやまやまなんですが、今日はお願いがあって来ました」

「ほぉ。わしに頼み事とな……はて、なんじゃろうか?」


「コボルト族が街に来ているのはご存じですか?」

「ああ。あれにはさすがに驚いたのぉ」

「ですよね……。俺としては、今後コボルトの皆さんにも、このテソーロの一員として暮らしていけるようにしたいと考えています」


 俺の言葉を聞いたアントニーさんは、腕を組み、しばし思案に沈んだ。

「ふむ……。志は立派じゃ。だがしかし、今日明日でどうこうなる話ではなかろう」

「承知しています。そこで共存への第一歩として、屋台街にコボルトたちのお店を出してもらう案を、領主様に提案しまして。条件付きではありますが、なんとか許可をいただきました!」


「魔獣——いや、失礼。コボルトたちが店を出す……前代未聞じゃな」

「ですね。それで、その条件を満たすために、アントニーさんのお力をお借りしたいと思いまして」


「わしにできることが、そんな仰天計画の中にあるんかのぉ……?」

 俺は単刀直入に、要件を告げた。

「コボルト専用のバーニョを作っていただけませんか!」


「コボルト……専用バーニョじゃとぉぉぉぉ⁉」

 アントニーの目がまん丸になり、思いきりのけぞった。

 俺は深々と頭を下げ、そしてゆっくりと顔を上げて、彼の反応を窺う。


「ふむふむ……専用とは考えたな。初めは抵抗を示す者も多かろうし、衛生面も考えると、やはり分けるのが妥当か……。ならばいっそ、専用施設を新設して——」

 どうやら商売人の血が騒ぎ出したらしい。アントニーさんはぶつぶつと独り言をつぶやきながら、頭の中で何かを計算し始めた。


「ところで桃太郎くん、コボルトたちは今、何頭くらいおるんじゃ?」

「今のところ八十頭くらいだと聞いています」

「八十か……ちと少ないのぉ」


「やっぱり難しいですかね……?」

「そうじゃなぁ~。専用となると、多少は料金を上げさせてもらうことになるかもしれん。もちろん、法外な額にはせんよ。君からの頼みじゃしな」


「その点は理解しています。アントニーさんに損をさせてしまっては、元も子もありませんので」

「桃太郎くん……君というやつは——よし、決めたぞ! コボルト専用バーニョを作ろうじゃないか‼」


「ほんとですか⁉ ありがとうございます!」

 嬉しさのあまり、思わずアントニーさんに抱きついてしまう。彼は苦笑しながらも、肩を軽く叩いてくれた。


「他ならぬ、桃太郎くんの頼み事じゃ。無下にはできんよ」

「そうなんですか?」

「なんてったって、君が教えてくれた塩風呂のおかげで……めっちゃ儲かっとるからのぉ! がっはっはー」


 あ、そゆこと。つまり、利益還元的な感じなのね……。

 なんにせよ、これで衛生面に関する条件は解決できそうだ。よし、領主邸に戻って、みんなに報告しよう!

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?