(ひっひぃぃいいいいん……)
今、まさに私は絶体絶命だった。私、天ヶ瀬瑠衣は喧嘩を目撃していた。喧嘩、喧嘩である。2026年04月のこのご時勢に、殴り合いの喧嘩である。昭和を置いて令和のこの時代に、だ。
ちなみに、喧嘩の詳細は分からない。ただ、黒髪をウルフカットにした美形の男の子が4人ぐらいの男子生徒に囲われているな、っていうことぐらいしか。それもそう、私は今日初めてこの学園に来たのだから。
学園の名前は風叉学園、所属学部はダンジョン攻略学部、学年は2年。2年で、風叉学園は初めて……ここで察しのいい人なら気づくだろう。私は所謂転校生であった。
転校生なら最初は職員室なり、なんなりに行くべきなのだろう。だけど、私は———迷った。なにせ、風叉学園はその都市自体が学園として機能しており、広い、とても広い。今、もう自分がどこにいるのかも分からないし、どうしたらいいのかも分からない。そうこうしている間に喧嘩は進んでいく。
「は、淫売を淫売と言って何が悪い」
「一切事実とあってねーから悪いっつってんだよ、頭悪ぃーな」
鈍い音が響く。それになんだろう、ウルフカットの青年が何か言う度に、黒い靄のようなものが囲っている側に纏わりついていって。直感が告げる、アレは所謂、呪いではないか、と。これは一刻も早く止めた方がいい、ていうか、止めなければならない。だけど、女の私に男性5人を止める手立てなんてない。だけど、殴り合いも靄もどんどん酷くなっていって。……そこで私の頭は限界値を超えたのだった。
「誰かああああああああ喧嘩!殴り合いです!助けてくださぁあああああああい!助けてぇえええええええ!」
私は叫んだ。これしかないとばかりに叫んだ。それはもう目一杯叫んだ。叫んで、叫んで。当然人が集まってくれば、喧嘩をしていた5人はヤバイ、とばかりに散っていくわけで。完全に逃げたのを見て、私は胸を撫でおろしながらため息を零すのだった。
「……ふぅ、これぐらいしか私にはできなくてごめんなさい」
そうして集まった人たちも散っていく。そんな中。
「ふぎゃっ‼」
私の頭の上に何かが降り注いだ。私は訳も分からず、頭を押さえて振り向けばそこには。
「天ヶ瀬瑠衣だな?」
「へ……は、はい……?」
長身なこげ茶色の髪色をしたイケおじ様?というよりは若干若い?でも、私よりは確実に年上の方が立っていた。
「なーんでこんな往来で大声出してやがんだ……いや、そのおかげで見つかりはしたが……」
「……ん?ん?あのー……どなたでしょうか?」
「あ?……お前、学園のパンフレット読んでないの?」
「読みましたよ?校則もしっかりしていて、ダンジョンの生還率もとても高い学園で、育成環境も凄い整っている、と」
「学園長の写真は?」
「……はい?」
「見てないのか?」
「あー……あー……」
ごめんなさい、見てないです。私は顔をしわくちゃにしながら俯く。見てないです、本当に見てないんです。そんな風に俯いていると、私の頭の上に暖かい手が乗った。
「あ、もしかしてこれセクハラか?」
「え、ええ?……そんなことないです、よ?」
イケおじ様は私の頭を撫でた手を困ったように自分の高等部に回しながら、がしがしと髪を掻いて口を開いた。
「じゃあ、改めて。学園長の液神 洸だ。好きに呼んでくれ」
そう、学園長さん(自称)は言ってから自分の鞄からこの学園のパンフレットを開いて私に見せてくる。そこにはしっかり、学園長さん(自称)が乗っていて。
「学園長さんだったんですね……」
そして、その事実に気づいた瞬間だった。猛烈に私は粗相をしてしまったのではないか……という不安に襲われる。え、え、やっちゃった?やっちゃった?私がそう怯えた表情で学園長さんを見上げれば学園長さんは力なく笑うのだった。
「そう、学園長。ま、今から覚えてくれりゃーいいよ。で、天ヶ瀬はなんで職員室に来ずにこんな往来で叫び声なんてあげてたんだ?」
あー、私は困った表情を浮かべながらここまでのあらましを話す。まあ、要点は二点。迷ったこと、喧嘩を見たこと。それぐらいだ。
「……迷ったなら職員室に電話入れろよ」
「はっ⁉」
その手があった!学園長さんの指摘に私は少しの間考えてから目を逸らして口を開いた。
「ごめんなさい、そこまで頭が回りませんでした……」
「……まあ、結果的にこうして見つけられたし構わんよ。初日だもんな?うん。おし、迷わねーようについて来い」
そんな学園長さんの諦めたような声を聞きつつ、私は学園長さんに先導されてようやく校舎に向かうのであった。
まず、連れて来られた先は学園長室であった。そこで私は改めてパンフレットに書かれているような、校則だったりなんだったりの説明を学園長さんから受ける。うーん、退屈。そんな説明を受けて、ちょっと小さな欠伸を漏らせば学園長さんがははっ、と笑うのだった。
「まあ、退屈な話はこれぐらいにしておくか。じゃあ、此処からはパンフレットに載ってない話だ」
「パンフレットに載ってない話、ですか?」
「ああ、主に稀少属性……光属性がこの学園でどう扱われるかの話だ」
ごくり。そう、私はこの世界でも数少ない稀少属性、光属性の持ち主だ。それが判明したのが去年、そして、日本内で稀少属性の育成ができる高等学校ということでこの風叉学園に編入することになったのだ。
「と、此処で他の稀少属性……光属性の生徒と闇属性の生徒を紹介しよう」
え、稀少属性の生徒が他にも?流石国内有数の学園である、風叉学園。私は初めて他の稀少属性の生徒に会うのもあり、若干緊張しながらドアの方を見つめる。
「おい、昶、臣、入って来い」
学園長さんがそう言えば、ドアががちゃり、と開いた。そうして、入ってくる2人の男子せ———。