そこからは徐々に徐々に、学園のスケジュールを教え込まれていった。と言っても、稀少属性はかなり優遇されてるみたいで、学園内ではかなり自由が利いた。そして、そんな自由を利用して———。
「あだだだだだだだだだだだっ、っつてええええええええええええええええ」
あ、ああ……。名前の知らないモブ生徒さんの真に迫る悲鳴。私は必死に、モブ生徒さんを押さえながらその痛みを与えている中心、モブ生徒さんの胸の中央を押さえている臣くんの手元を見る。見る、見るけど……!
「臣くん!全然分からない!」
「場数踏んで覚えるしかありませんよ!次行きましょう!次!」
ひ、ひ、ひぇえええええええ。臣くんの目が、輝いています。
今、私たちがなにをしているのか……これは、解呪です。医療行為に準ずるもののはずです……はずなんです。
事の発端は1ヶ月前、私の転校初日に昶くんがしていた喧嘩が原因だ。昶くんの言葉には小にも大にも呪詛が乗る。ましてや喧嘩なんて感情が昂る行為をしているのだ、相手は確実に呪われている。ほっといては死んでしまうので、臣くんが気付いた時に解呪をしているのだそうだ。……そして、私が少しでも早く解呪のコツを掴めるように、もしかしたらコツを掴めば条件なんて必要なくなるんじゃないか、とこうして解呪周りをしているのだが……。
「だあああああああああああ、やめ、くるな、く、うわあああああああああああ!」
私は聞いたことなかったのだが。
「……うわ、毎回思うけど俺の拳より臣の解呪の方がぜってーいてえよ……」
そう、臣くんの解呪は死ぬほど痛いらしい。え、ええ。私、解呪が痛いなんて聞いたことなかったんだけど。
「どう?瑠衣ちゃん、コツの方は掴めそう?」
臣くんが笑顔で手をぐーぱーしながら聞いてくる。正直悲鳴が凄すぎてそれどころではないのだけれど、臣くんの手前それを言う訳にも行かなくて。
「つ、次、次私やってみていい?」
あまりにも可哀そうで私はそう名乗りを上げるのだった。
「はい、挑戦は大事ですしね」
臣くんにバトンタッチされ、次の生徒さんに私は向きなおる。そして、臣くんと昶くんががっちり押さえてくれたのを確認して、生徒さんの胸に手を伸ばす。そうして、私は生徒さんに絡みつく靄を解いていくイメージで言うのだった。
「か、解呪!」
瞬間、周囲が暖かな光に包まれる。え、え、これはもしかして成功?私は瞳を明けて、バッ、と生徒さんを直視すれば……相変わらず絡みつく黒い靄。
「あったけ~……」
生徒さんは心なしか恍惚とした表情でそんなことを零していて。
「……キモいな」
昶くんのぽつり、と漏らした言葉に全力で首を縦に振れば———。
「じゃあ、解呪っ、と」
「ぎゃあああああああああいでええええええええええええ」
すかさず臣くんの解呪で天国から地獄に堕とされる生徒さん。可哀そうに。私は心の中で両手を合わせる。そんなこんなで4人の解呪が終われば休憩時間となった。
「いいところまでは行ってると思うんだけどなー……」
自販機前のベンチに座って私はぼやいた。謎の暖かな光、アレは確実に光属性の何某が発動しているのだろう、というのは予想がついた。対象者が謎に心地よくなっているからだ。でも、でも……。
「解呪はできてないし……これじゃあ、臣くんの解呪も遠いよぉ……」
あの初日から、臣くんは同属性持ちなのもあって凄い私を気にかけてくれた。それこそ学校が終わってからの買い物なんかも付き合ってくれて。(昶くんはぐちぐち言ってたけど!)あと、昶くんに関しても臣くんの言うとおりだった。悪態はつくけど、邪険にされてるとかはなくて。多分、裏表のない人なんだろうな、というのが私の印象だった。そして、この1ヶ月で私の中で臣くんも昶くんも私の心の中に居場所を作っていた。そして、そんな相手を助けたいと思うのも当然で。だから、それだけになかなか進歩しない解呪スキルに焦りを感じていた。
「はぁー……」
そんなため息を零していると———。
「ひゃっ」
「大きなため息ですね」
頬にぴとっと当たる冷たい何か……もとい、缶ジュース。
「どうぞ」
にこにことしたいつも通りの笑顔で差し出される缶ジュースをお礼を言いながら受け取れば、臣くんが隣に腰かける。
「臣くんも休憩?昶くんは?」
「昶は……お花摘みに、は柄じゃないですね。熊狩りとでも言っておきましょうか」
あ、トイレか……。
「あとは雑用を少々押し付けました。僕が瑠衣ちゃんと2人で話したくて」
「え?」
私と話?な、なんだろう。いつまでたってっも解呪ができない苦言?苦情?え、え、え?
私は内心震えながら、臣くんを横目にちらり、と見れば臣くんの表情はいつも通り穏やかで。でも、人払いをしてるってことはなんか重大な話だよー……絶対そうだよー……。
すると、臣くんは手に持っていた缶ジュースを開けて一口飲み静かに言葉を切り出した。
「……瑠衣ちゃんは凄く真剣に僕の呪いを解こうとしてくれていますね」
「う、うん……」
それはそう。私しかできないというのもあるし、こんなに色々世話を焼いてくれている臣くんや昶くんに報いたいというのもある。
「だから、僕も隠し事はフェアじゃない、と。この1カ月で思いました。だから、聞いてほしいんです」
「うん」
臣くんが私をまっすぐ見る。
「僕は呪いが解けなくてもいい、そう思っています」
「え?」
今、え。呪いが、解けなくても、いい?だ、だって、呪いのせいで昶くんと臣くんでせ……性行為をしなくちゃいけなくて。そのことに苦しんでいるんじゃないの?え、え?
「な、なんで……?」
「端的に言うと僕は昶が好きで、この呪いのおかげで一番昶の近いところに居られるんだ、と思っているんです。そして、同時に不安なんです。呪いが消えたら、昶が僕から解放されてしまうのではないか、と。僕はそんな昶を見たくない」
一言で言うなら、恋慕。シンプルな感情だった。相手が好き、好きだから傍に居たい、傍に居るためならなりふり構わない。そんな簡単で、この世で一番複雑怪奇な感情。
「……昶って、顔が広いんです。どこの港にも餌をくれる人がいる猫って言いますか。ふらっとどこにでも居場所を作れる。……そんな昶を縛り付ける口実を僕は逃したくないんです」
異性じゃないのに、とか、男同士なのに、とか。そんな口実を軽く超える臣くんの感情に私の口からはぽろり、と言葉が落ちた。
「……知りませんでした。でも……」
私は恋をしたことがない。友達の大事は分かる、でも、恋愛の大事は分からない。でも、これだけは言える。もし、なにかあったとき臣くんが死んでしまったら昶くんは絶対悲しむ。昶くんが臣くんをどう思っているかなんて分からないけど、でも、それでも臣くんが大事なのはこの1カ月で凄くよく分かった。だから、解呪しない、なんて……間違ってる。
「でも?」
「……ごめんなさい。否定する言葉しか出てこなかった……」
「ううん、大丈夫。僕もこの感情が間違っているって言うのは分かっています。それに別に解呪をしなくていい、って釘を刺しに来た訳でもないですよ。……僕はこんなんだから、解呪できないことをあまり気に病まないでください。そう言いに来たんです」
こんな時ですら臣くんは優しい優しすぎる。
そうして、臣くんはジュースを飲み干せば、その缶をゴミ箱に入れる。
「じゃあ、休憩明けたらまた」
そうして、臣くんは歩き去っていく。
こんなときですら、臣くんは優しくて。それが痛くて、何故か分からないけど痛くて。私は胸の前でぎゅ、と缶ジュースを握る。でも、段々缶がひしゃげて。私は缶ジュースを一気に飲み干して、走り出したのだった。
……向かう先は、学園長室!