「が、がが、学園長さん!」
学園長室のドアをノックもせずに開けば、そこにはソファに寝転がり優雅に昼寝をする学園長さんが居た。
「ね、寝てる……?」
私は静かに近づき、学園長さんの顔を覗き込む。
「……わあ、美形」
普段喋っているとあまり顔をマジマジと見ないからこういう時にじっくりと見ると実感する。美形だ、と。
目も切れ長だし、鼻筋も通っている。だけど、ただ美形なだけじゃなくて男っぽさもあって。あと地味に私を誘惑するふわふわの癖っ毛。これだけはいつか触ってみたい、なんて思ったのはここ1カ月のお話。
「……今ならセーフ?」
そんな誘惑に負けて私が静かに学園長さんの癖っ毛に手を伸ばせば————。
「逆セクハラか?」
「ひうっ!?」
学園長さんの髪の毛に触れる寸でのところで手が止まる。そして、瞼を開けた学園長さんとばっちり目が合うのであった。
「ご、ごごご、ごめんなさいぃ……出来心なんですぅ……」
「へーへー、気にしねーから安心しろ。で、どうした。なんかあったか?」
のそのそと熊のように起き上がる学園長さん。寝起きのせいかフェロモン駄々洩れな学園長さんを前に目のやり場に困りながら私は口を開こうとして……あれ、これそもそも誰かに言っていいのか?と口を両手で閉じる。
「なんだ、そのポーズは」
「は、ははは……大人の力を借りたいのに大人に告げ口するのは不味い気がするみたいなポーズです……」
でも~~~でも~~~私だけじゃ人生経験乏しすぎてキャパオーバーなんです。助けてー、ヘルプミー!そんな私の百面相を見てか、学園長さんは人差し指で宙を指しながら言うのだ。
「昶の悪態に耐えきれなくなった」
「違います」
「昶の喧嘩現場目撃」
「違います」
「昶の———」
「昶くんじゃないんです……」
そうなんです、問題を普段から起こしている方じゃないんです。いつも優しい方なんですぅ……。
「え、臣か?」
「はい、臣くんです。臣くんに~~~~臣くんが~~~~」
言ってもいいのかなあ!これ!私が両眼をつぶって軽いヘッドバンキングしていると、学園長さんが息を漏らすように「あー」という。
「もしかしてアレか。解呪しなくてもいいとか突っぱねられたか?」
「突っぱねられてはないですけど……気に病まないで程度なんですけどぉ……臣くんは呪いを解きたくないってえ……」
言っちゃった言っちゃった。
「あー、な。それ俺も臣に言われたことあるわ」
「え?」
「いや、俺は解呪なんてできねーよ?俺は稀少属性持ちじゃねーしな。でも、あいつの呪いを解くために色々やってた時期があんだよ」
色々。
「つっても、解呪できる光属性探し程度だがな。まあ、光属性なんて探せば探すほど見つからねえツチノコなんだけどな」
煙草を口に咥えてシュボッ、と火をともす学園長さん。……なんか話してるときいつも吸ってる気がするな。
「その折に昶が好きだから~だの、気に病まなくていい~だの。子供なのに子供らしからぬことを散々言われたんだよ」
気に入らない、そう言わんばかりに煙を吐き出す学園長さん。そ、そこまで知ってるなら……!
「だ、だったら、どうす」
「で、臣に言われたから臣の呪いはスルーするのか?」
「え」
「それともなんだ。自分で判断できねーからぶん投げに来たのか」
「うっ……」
聞こえは悪いけど、私がやろうとしていたことを的確に言い当てられて言葉が詰まる。でも、だって。
「残念ながら俺は指針を出してやる気はない。というか、好きにしろ。どっちみちお前が折れたなら臣の解呪は無理だ」
せ、責任!私の責任重くないですか!そう噛みつきたい私。でも、その頭の裏では分かっている、私は私の行動の責任を自分で負わなきゃいけない。だから、学園長さんはあえてこう言ってくれているのだ、と。
私は、ぐぬぬ~~~~と唸りながら、両腕を組んで考える。臣くんの呪いを諦めていい筈がない、いい筈がない、けど……。そんなところに、学園長さんが「ああ」と声を上げた。
「呪いはかけたやつ、かけられたやつ2人がいて成り立つものだ。かけられたやつばかりに焦点を合わせるのは不公平じゃないか?」
「へ、え」
「じゃあ、此処までだ。俺は寝る。あとは頑張れ」
「え、え」
ええええええええええ?あ、しかも本当に寝に入ってる。あ、寝息聞こえてきた。えええええ……肩を落としながら先ほどの学園長さんの言葉を反芻する。つまり……。
「昶くんにも焦点を当てろ、ってこと?」
そ、そういうことだよね?
「うーん……」
他に指針もないし。折を見て昶くんにも話を聞いてみよう。