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御堂美晴事件 三

 M市の大通りには、テラス席を出すカフェがある。今日のように晴れ渡った日は、そこに腰掛けてゆっくりする人の姿もある。


 蓮は松雲学院の制服を着て、その内の一グループである男子高校生の一団に近づいた。


「ちょっといいか?」


 ポケットから貰ったばかりの警察手帳を見せて、空いている席に腰掛ける。


「警察の人……にしちゃ若いっすね。というか松雲の制服だし」

「特科って知ってるか?」

「ああ、なるほど……で、なんすか」

「南高の行方不明事件。何か知らない?」


 高校生たちはフラッペを飲みながら、一斉に首を横に振った。


「あれ、霊災ってマジなんすか?」

「多分そうだろう、って感じ。詳しくは話せないけど」

「妖魔に食われたとかは……」


 肯定も否定もできなかった蓮。それが、彼らに恐怖を植え付けた。


「ありがとな、んじゃ」


 空振り続きで、一時間。何もわからなかった、と耶麻に送ることも慣れてきた。予測入力だけで連絡できるのだ。


(帰ったら履歴消しとくか)


 後頭部を掻いて次の話し相手を探していると、こちらに近づく女子生徒の姿に気づいた。


「ちょっと、いいですか?」


 柔らかな物腰の、美少女。少しどぎまぎしながら、彼は頷いた。彼女の胸には緑色のバッヂがある。


「私、御堂美晴っていいます。特科の方なんですよね?」

「そうだけど、何?」

「どんなところなのか気になって。話を聞かせてくれませんか?」


 蓮は、自分が興味を持っていなかっただけで意外に特科は有名なのだな、と一人考えていた。


「オッケー。そこのカフェで話そうぜ」


 逆ナンを一瞬疑ったが、まあ何とかなるだろう、と楽観的も楽観的な予測で適当な椅子を取った。


「お名前を伺っても?」

「八鷹蓮。一年だ」


 名乗った直後、彼はアイスコーヒーを二杯頼む。


「で、何聞きたいの?」

「八鷹さんって、どんな能力持ってるんですか?」

「いやー、その……うーん……ビームが出る」


 クスリ、美晴が笑った。


「嘘でしょう?」

「……そうだよ、俺、能力ないんだよ」

「能力なくても特科入れるんですね」

「武器使って戦ってるんだよ。妖魔を倒すための、特別な武器。そういう人他にもいるらしいぜ」


 夜海原のことは黙っておくよう、耶麻に言われていた。周囲の人間にも危害を及ぼしかねないためだ。


「らしい、って何で伝聞形なんですか?」

「会ったことない先輩なんだよ。あとタメでいいよ。多分そっち年上だろ?」


 南高の校章は、入学した年度で色が変わる。今年の二年は緑だと、蓮は聞いていた。


「じゃあ、遠慮なく……八鷹くん、特科ってどんな授業してるの?」

「それなんだけど、実は夏休みに転校したばっかでさ、授業まだ受けてないんだよな」

「なーんだ。外れかあ」


 グイッ、と美晴は伸びをした。


「外れって……これでも、俺めちゃつえー妖魔倒したんだぜ」

「え~? 嘘だ~。そんな強そうに見えないよ」

「なっ! じゃあ腕相撲しようぜ、腕相撲。ゼッテー負けねえから」

「コーヒー倒しちゃうよ」


 柔らかく微笑む美晴の顔を、蓮はまじまじと見つめてしまった。少し細い目が、笑うことで更に細くなっている。


「何?」

「いや……なんでもねえよ。つーかさ、美晴って夏休みも学校行ってんだろ? 嫌じゃねえの?」

「勉強って楽しいじゃない?」


 全く以て理解できなかった蓮は、黙りこくってしまった。圧倒された、と言う方が正しいのかもしれない。


「俺、勉強嫌いなんだよなあ。何やってもうまくいかなくて。体育はいつだって五だけどさ」

「真逆だね、私たち。運動全然ダメ」


 ストロー付きのアイスコーヒーを、ストローを使わず飲むのが蓮という少年だ。その不思議なこだわりが面白くて、美晴も真似をした。それも終わった頃、彼女の方から口を開いた。


「戦うのって、怖い?」


 前触れのない質問に、彼は少し当惑した後、ゆっくりと答える。


「ダチが言ってたんだ。勇気ってのは、恐怖を制御することだ、って。俺はそれを真似しようと思ってる」

「凄いな……私、喧嘩なんてしたことないから」


 そう呟くように言った美晴の顔が、曇っている。だが、蓮はそれを見抜けなかった。


「俺からもいいかな」


 真面目な顔をした彼から、美晴は逃げるように目を逸らす。しかし、すぐに前を向いた。


「行方不明事件、何か知らないか? 霊災なんだ。もしかしたら、殺されてるかもしれない」

「……知らない」


 心に溜まった澱を出さないようにするための、繕った声で彼女は答えた。


「またか~……じゃ、俺、別の人にも話聞かないといけねえし。払っとくよ」

「待って!」


 伝票を持っていこうとした彼に、美晴は少し大きな声を発した。


「連絡先、交換しない?」


 携帯を見せられて、ロインの友達登録を行った。





 結局のところ、彼は何の情報も得られないで特科に戻ってきた。夕焼けが照らす中、寮の扉を開く。


「帰ってきたか」

「おかえりなさぁい」


 一階の食堂では、風間とめかぶが食事をしている。今日の夕食はソースカツ丼とのことだった。


 食堂のおばちゃんから味噌汁と漬物もあるプレートを受け取り、中央にあるテーブルに座る。


「どうだ、進んだか」

「てんでダメ。誰に聞いても知らないってさ」

「耶麻さんは」

「刑事さんと一緒に捜査。でも、中々進んでねえみたいだ」


 味噌汁を一息に飲み干し、蓮は顎を撫でた。


「人が消えてんだぜ? 少しくらい知っててもおかしくねえよな」

「……攫われた人間のプロフィールは」

「ん~、聞いた感じいじめっ子グループっぽいんだよな。割と嫌われてたらしい……だからか?」

「もしかしたら、消えてほしいって思われてたのかもしれないですねぇ」


 物騒な言葉が放たれ、男子二人は嫌な顔をした。


「にしたって、死んでるかもしれねえのに嘘吐くかよ」

「人は醜いものですよぉ」


 思いがけない、暗い発言。蓮は風間に助けを求めて視線を送ったが、無視された。


「蓮さん、雪音ちゃんが待ってましたからぁ、早めに行った方がいいですよぉ」


 それだけ言い残して、めかぶは食事を終えた。居た堪れなくなって、蓮もカツ丼を掻き込んで部屋に向かった。


(九十九人救う、か)


 一人になると、耶麻の言葉が頭の中で反響する。見ず知らずの人間九十九人のために、見知った人間一人を犠牲にする。わかっている。それは、力ある者が相応の責任を果たすための代償なのだ。だが、納得はできない。


(俺は、何を差し出せばいいんだろうな)


 何かを得たいのならば、当然何かを捧げなければならない。その事実を、噛み締めるしかない。だとして、捧げるほど多くを持って生まれたわけではない。


(夜海原なしじゃ戦えねえんだもんな、俺)


 変身していないまま戦う訓練は、一度受けた。だが、基礎的な霊力操作はできても、わざわざ生身で戦う理由がなかった。要は、夜海原を纏った方が強いのだから変身した方が手っ取り早いし、変な拘りで危険にさらされるのは自分だけではない、ということだ。


(あーもう、ごちゃごちゃ考えるの性に合わねえな)


 自室の扉を開くと、彼は固まってしまった。西日の入ってこない部屋、遠くに赤い山々が映る窓の傍。美しいことこの上ない、宝石のような裸体がそこにあった。


「おかえりなさい」


 雪音だった。


「ば、ばばばばば、バカ! 服着ろよ!」


 慌てて目を逸らすが、思春期の衝動には抗えず少し視線を飛ばしてしまう。


「添い寝しているんです、別に大したことではないでしょう」

「ハァ⁉」

「一つ、大事な話があります。ドアを閉めてください」


 小ぶりな乳房を隠そうともしない相手に、彼は少しずつ近づく。


「いいですか、血の誓いには──」

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