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御堂美晴事件 五

「御堂美晴を拘束します」


 見回りを終えた後、パトカーに戻った蓮は、特科に戻る道中、耶麻からそう言われた。最後列の席には雪音もいる。


「……なんで?」

「行方不明となっている生徒は、皆直前に御堂美晴と接触している。そこで、君には囮になってもらいます」


 嫌だ、と言っても聞いてくれないことはわかっていたので、蓮は何も返さなかった。


「おそらく、彼女の裏で何かが動いている。君に声をかけたのも、目的があるのでしょう。なので、君が黒幕を引きずり出し、私がそれを捕まえる、という作戦を立てました」

「……美晴が利用されてるってことかよ」

「ええ。そうするのが最も無理のない仮説です」


 冷たい声音で言いながら、耶麻は眼鏡を上げた。


「なら、美晴が刑務所行くようなことはないんだよな?」

「彼女であれば少年院ですが……誘拐の幇助──手伝いをしたとして収容される可能性はありますね」


 ギリリ、と蓮は奥歯を噛み締めた。


「君は彼女と親しくなったのかもしれない。しかし、だからといって罪を軽くすることはできません。それは受け入れてください」

「……わかったよ。俺が、美晴を操ってるやつを引っ張りだせばいいんだろ」

「理解が早くて助かります。しかし、上級妖魔や人間である場合は即座に逃げてください。可能な限り早く私が対処します」

「上級なら石動で倒せる」


 耶麻は小さくため息を吐いた。


「あれは街中で使っていいものじゃない。出力の制御を覚えるまで封印してください」

「見てもないくせに」

「報告書を読みました。洋館は崩壊。所有者が放棄していなければ、莫大な賠償金が発生していましたよ」


 それが自分に降りかかっていた可能性を思って、蓮は黙るしかなくなった。


「ひとまず、私が特科に外泊許可を出させます。この件は、誰にも言わないように」

「……うす」


 厳しいことをいうようで、根回しはしてくれる。有難い気持ちを抱き、彼は短い返事を送った。


「……改めて言っておきます。相手が人間か上級以上の妖魔であれば、すぐに逃げること。戦おうとしないでください」

「わかってるって」


 車はすぐに特科へ。


「降りねえの?」


 車に残ろうとする雪音を見て、蓮は尋ねる。


「少し彼と話がありますから」

「そ。んじゃ、先戻ってるぜ」


 バタム、とドアが閉まった。


「蓮に殺人をさせないつもりですね」


 雪音が硬い声でそういうので、耶麻は誤魔化すように眼鏡を拭き始めた。


「……子供に咎を背負わせない。それは、大人の義務です。なら、子供の間だけでも私が背負わなければならない」

「いずれ向き合わなければなりませんよ」

「その時は、まだ訪れていない。彼にその覚悟ができるまでは、大人が守ります」


 黙ったまま、雪音は車を降りようとする。


「蓮は、あなたが思うほど軽い覚悟で戦っているわけではありませんよ」


 言い残して、去る。耶麻は、腰を曲げて指を組んだ。


 しばらくして、食堂。青椒肉絲を食べようと思った蓮は、ふとその動きを止めた。


「なあ、風間」


 めかぶはさっさと食事を終えて風呂に行っていた。


「人、殺したことあるか」

「何回か。どうした、任務か? それなら相談には乗れない。どうせ話すなと言われてるんだろう?」


 先回りに先回りを重ねた答えに、彼は苦い顔をした。


「もし、さ。自分の友達が捕まるかもって言われたら、どうする?」

「因果応報だ。どうとは思わない」

「冷たいな、お前」


 卵スープを口に運び、風間は横目で相手の表情を見た。


「俺たちは、ヒーローじゃない。警察官だ。法で裁けるものはそうするべきだし、そうでないものには別個に対処する。それだけだ」

「一人のダチを犠牲にして九十九人救え、って言われたら?」

「……わからないな。だが、職務としてはそういう判断をしなければならない、というのはわかる。耶麻さんに言われたんだろう?」

「へへっ、お見通しか」


 食べきった風間が立ち上がる。


「迷いすぎるなよ。戦えなくなったら本末転倒だ」


 本末転倒。何が本で、何が末なのか。考えなくてはならない。


 三十分後。久しぶりの私服に着替えた蓮は、夜の街に踏み出した。


「五分の遅刻です」


 バンで待っていた耶麻が言う。


「トイレだよトイレ」


 適当な言い訳、とは耶麻も雪音も見抜いていた。


 車で二十五分。M市の寂れた部分に入る辺りで、蓮は降りた。その直前渡された、黒いイヤホン。


「これは目立ちませんが、周囲の音を拾って私に送ってきます。失くさないように」


 と、耶麻が言ってきたのだ。


(なんかやばくなったら助けてくれる、ってことだよな?)


 未だ耶麻を信じ切れていない事実が、彼の心の中で蠢いている。


 スマートフォンに送られてきた位置情報に導かれると、廃病院の前で美晴が待っていた。小さく手を振ってくるので、返す。


「会わせたい人がいるの」

「まあいいけど……ここ、大丈夫なのか?」


 そんな疑問を無視して、彼女はガラス戸を開いていく。積もりに積もった埃の臭い。受付であったであろうカウンターは、『閉院しました』の札を出している。あからさまに怪しくて、逆に怪しくない気がしてきた頃、二階の扉の前に立つ。


「これから見せるもの、誰にも言わないでね」

「秘密ってことか? いいぜ、そういうの好きだし」


 それが少し開いて中の空気が漏れてきた時、蓮は背筋が凍り付くような恐怖を覚えた。ポーチに手を伸ばした瞬間、弾丸のような速度で何かが飛来した。


 反射神経の働く限りの反応速度でどうにか躱せば、後ろの壁に紫色の塊がめり込んだ。


「やあ、八鷹蓮」


 出てきたのは、中性的な雰囲気を持った、おそらく女性であろう人物。


「ごめんね、八鷹くん」


 その隣に、美晴が立つ。


「こうしないと、殺されちゃうんだ」

「私は煮卵ふぐり。頼まれごとをされていてね。君を殺す必要がある」

「へっ、やってみろ」


 蓮はポーチから取り出した血を腕に注入し、素早く合掌。変身した。向かってくる三体の化け物を、彼は妖魔と判断した。


「耶麻さん、人だ」


 そう呟いたタイミングで、窓の外から突っ込んでくる人影が。両手で刀を握り、空中で振り抜く。着地と同時に更に斬りかかり、ふぐりを壁際に追い込んだ。刀身を寝かせての刺突は、壁に突き刺さる。耶麻だった。


「蓮くん、美晴を連れて離脱してください。これは、私が相手します」

「加勢──」

「いりません。君では勝てません」


 言い切る前に否定されたことは不服だが、それは蓮も感じ取っていた。


「相成耶麻。中々の腕利きらしいね」


 粘度のように体の形を変え、突きを躱したふぐりは元の人に戻った。


「妖魔……いや、霊力で肉体が構成されている人間?」

「まあそんなところかな。人を妖魔に変える研究しててさ、その成果として、自分自身を妖魔化した。そしたら、霊力が続く限り──」


 話の途中で、耶麻は踏み込む。首を落とさんと狙った一撃は易々避けられ、むしろ、伸びきった胴に、槍状に成型した腕が突き出される……。


「あれ?」


 それと腹の間に、黄色い半透明の壁。状況を飲み込みかねたふぐりは、蹴りを喰らった。


「なるほどなるほど……防御壁を生成する異能か。近接タイプの君とは──」


 またもや、会話に割り込むような攻撃。上段からの振り下ろしを回避したふぐり。肉体を伸ばし、相手を掴んで外に投げた。


「空中! 死ね!」


 殺意をむき出しにした攻撃は、当たらなかった。耶麻は虚空に壁を生み出し、蹴ったのだ。彼女の首元を斬り、空に着地だ。


「……便利だね」

「それなりに修羅場を潜り抜けてきましたので」


 耶麻が刀を振って血を落とす。


「君が八鷹蓮のお守りになっている間は、殺せないか……いいよ、相手になってあげる」


 ふぐりは屋根の上。


(空中戦ではこちらに分がある……うまく立ち回らなければ)


 少し冷えた空気が、二人の肌を撫でる。まだ、これからだ。

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