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ネクスト・ミッション 一

「アツイ友情を結んだところ悪いんだけどさ」


 佐波が蓮と翔に話しかける。


「早くほうりさんの所連れて行ったほうがいいと思うよ」

「男の間に入るんじゃない!」


 勢いよく振り向いた翔は、佐波を指差して言う。


「しかし……そうだな。まだやるか? 蓮チャン」

「おう、よ……」


 一歩踏み出そうとした蓮は、そのまま俯せに倒れた。


「ありゃ、限界だったか。どっこいせ」


 気絶した体を持ち上げる翔。


「俺は医務室に新たな友人──親友──いや、ダチを連れて行く。お前らは勝手にしてくれていい」


 ウィンクを飛ばして、彼は校舎に向かった。それと同時に、風間が帰還した。スポーツドリンク片手に、一番苦手な先輩を見送る。


「鞍馬さん、蓮も扱いたんですね」

「扱いたと言うべきか、心を通わせたと言うべきか……」


 仁がそう口にする。苦笑いをする二年ズと、要領を得ない風間がそこにいた。


「なんか通じ合ったみてえだがよ、私にゃわかんねえよ。なんだあれ」

「鞍馬さんを理解するのは不可能ですよぉ」

「まあ、そういうところありますよね……」


 風間も何発か殴られた覚えがある。だが、どこか満足げな雰囲気を纏っている背中は、彼の知っているものではなかった。


「なんか……楽しそうですね」

「ダチ、だってよ! ちょっと殴り合っただけで!」


 そう言った詩乃が、唾を吐き捨てる。


「風間、私が相手してやろうか」

「あ、間に合ってます」


 先輩の誘いをにべもなく断った風間は、蓮の顔を見るか少し悩んで、やめた。


 サーキュレーターの回る音で、蓮は目を覚ます。カーテンの隙間からは陽光が入り込んで、白いシーツを輝かす。


「起きたか」


 ベッドの傍に座り、スマートフォンを触っている翔の姿。タン、タンと定期的にタップし、スワイプしていた。


「どうだ、マイフレンド。霊力の使い方は理解したか」

「……俺さ、家電とか機械とか、包丁でもいい。そういう道具を使うのが昔から上手いんだよ。あんたにぶん殴られて、霊力っていう『道具』の使い方を、少し掴んだと思う」


 翔が携帯を椅子に置き、体を起こした蓮の肩を叩いた。


「一緒に任務に行けるよう上に掛け合ってみることにする。ダチ、だからな」

「おうよ!」


 声を張った蓮は、それが自分の頭に響いてしまう。


「つーか、なんでダチなんだ? 会ってすぐだろ」


 声のハリが戻っている──それを確認した翔は、軽く笑んだ。


「俺たちは相性がいい。そうだろ? 蓮チャンは近接タイプと見た」

「まあ……そうだけど」

「なら、互いの隙をカバーし合うことができる。俺はスピードに特化しているが……お前はどうだ? ブラザーよ」


 さっきまでダチだったろ、という指摘はおそらく無意味だろうと知った蓮は、夜海原について簡潔に説明した。


「ふむ。妖魔を封じ込めた装甲戦闘服、か。パワーもスピードも防御力もある。だが、使用には特別な血が必要。変身に時間制限は?」

「多分ない。少なくとも一日はもつぜ」

「なら、問題ないな。俺たち二人なら、三時間もかかることはないだろう」


 蓮は、座面に置かれたスマホの画面を見てしまう。デフォルメされたスリーディーキャラクターを操るリアルタイムストラテジー。


「赤の記憶だ」


 ふと、そのゲームの名前を呟く。


「フッ……ハハハ……」


 ただでさえ頭の中で音がガンガンと反響しているというのに、そんな蓮を意に介さず翔は笑い出す。


「お前もプレイヤーか! やはり、俺たちは運命で結ばれたソウルメイトだ! どうだ、誰が好きだ!」

「ユイ」

「……ロリコンか?」


 幼い見た目のキャラクターを挙げられて、翔は思わず問うてしまった。


「ちげーし。なんつーかさ、誰かの力になりたいってのがいいんだよ。翔さんは?」

「マリサだな、ケツと胸がでかい女が好きだ」

「なんかイメージ通りだ」

「ハッハッハ! 俺は母乳フェチでな!」


 聞きたくなかった、という思いを顔に出して、蓮は俯いた。


「どうだ、チナトロは取れているか?」

「チナトロ?」

「プラチナトロフィーの略だ! そうか、それほどやり込んでいないのではないのだな。総力戦は中々ハードだからな。ストーリーを読むだけでも楽しめるのがいいところだ!」


 何か言う度に脳味噌が強引に揺らされるようで、蓮は段々と話す気力を失った。だが、自分の中で欠けていたピーズが埋まったようにも思え、少し、生きていたくなった。





「任務を通達します」


 一年ズは教室に集められ、継日孝司──洋館の任務の際送迎を行った教師から指示を受けていた。痩身の彼は、目の下に隈があった。


「M市の端にある市街地に、長年放置されたビルが存在します。過去にそこで自殺を行った人がいるという事実から、地元の人間は寄り付きません」


 孝司が指を鳴らすと、背後の黒板に画像が映し出された。M市の地図だ。東西を大きな湖に挟まれ、Hを九十度回転したような形をしている。


「当然、そういった場所は妖魔が発生しやすい。興味本位で向かったシーチューバー……動画投稿サイト『シーチューブ』に動画をアップロードすることを趣味乃至仕事とする人物が、妖魔に殺されました」

「で、俺らは何すりゃいいの?」

「地縛霊が確認されたのです」

「地縛霊って、あれだろ、土地にしがみついてる霊。そんなやべーの?」


 教師は腰の後ろで手を組んで、背凭れに体を預けている蓮を見た。


「地縛霊は低級妖魔を取り込み力を増しています。先程の犠牲者も、魂を飲み込まれ霊力の源として利用されている、と上は考えています。弱いうちに叩きたい。現時点で、討伐対象は中級クラス。三人で確実に消し去ってください」

「よっしゃ! 行くぜ、みんな!」

「出発は明日ですよ」


 立ち上がった蓮だったが、その一言で肩を落とす。


「それまで、あなた方には結界術の基礎を学んでもらいます。簡易的なもので、現場を隔離する術です」

「実技なら任せろって」

「まずは座学です」


 泣きたくなるのを抑えて、彼は席に着いた。


「つーか夏休みなんだろ⁉ 授業するっておかしいだろ!」

「補習です。氷川さんと慧渡さんは既に基本的な結界を行使可能なんですよ。ですが、八鷹さん。君はできない」

「うぐっ」

「……これは、単独任務を前提とした授業。君には、その見込みがあると判断したんですよ」


 実力を評価されることは嬉しいが、それで座学が増えるというのは嬉しくなかった。


「俺、チョー実践タイプなんだよね。なんかない? 結界展開装置みたいなの」

「一応、術を封じ込めた御符などもありますね。しかし、常にそういったものが用意できるとは限らないでしょう? いざという時に身一つで使えなければ、周囲の民間人に被害が生じてしまう」

「ぐぬぬ……」


 正しい理屈だった。


「さて、授業を始めましょうか。風間さんと氷川さんは、八鷹さんのサポートをお願いします」


 みっちり、五十分。霊力操作の感覚を掴んだばかりの蓮は、机の上に小さな箱を生み出すことにも成功した。が、それだけ。維持はできずに崩れ去った。


「ダメですねぇ」


 めかぶがゆっくりとそう言うので、彼は意気消沈といった具合に天井を見上げた。


「まあ、一時間足らずで基礎ができるのは悪くないな。俺たちだって隔離結界の習得には、三日かかったからな」

「そうですねぇ。今回の任務は継日先生に任せますかぁ」

「なんだよ、まるで俺が頼りねーみてーじゃん!」

「そうだろ」

「そうですよぉ」


 何も言い返せないまま、休憩となった。教師の出て行った教室で、机の上に体を乗せていた。


「だが、まあ……殴り合いならお前が一番強いさ」

「今更言ってもフォローになんねえよ……」


 結局、その日のうちに蓮は結界術を習得できなかった。そして、車に乗るのだった。


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