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ネクスト・ミッション 二

「よう、鞍馬」


 曇り空のグラウンド、早朝五時の出来事。ランニング中の翔に、詩乃が追い付いた。


「賭けようぜ。一年のガキどもがどれだけ怪我して帰ってくるか」

「フッ、今年の一年は優秀だ……俺たちの次くらいにはな」

「じゃあ腕一本だ。三人合わせてそれくらいだろうな。十万賭ける」

「公務員が賭博罪を犯すわけにはいかん。だが……一食だけどんなものでも奢ろう。全員五体満足でなければな」


 詩乃が下品なほどに声を上げて笑う。


「鰻だ! とびっきり高い鰻を奢ってもらうからな!」


 聞き流しながら、彼は後輩たちに思いを馳せる。


(慧渡の跡取りは使鬼を使いこなしている。氷川めかぶは武具の扱いに長け……何よりマイフレンド、八鷹蓮。俺が同行できないことが悔しいが、あれはどこまでも強くなれる。楽しみだ……)





 M市を走る、白いバン。その中に一年ズと雪音はいた。


「先輩ってどんな人なんだ?」


 最後列のシートに座っている蓮が、身を乗り出しながら尋ねた。


「紫雲院茉莉花先輩は、守戒三家っていう名家の跡取りだ。キレるとやばい」

「茉莉花姉さま、お強いですからねぇ」


 いかつい名前だなあ、と蓮は思った。


「黒部詩乃先輩。この人は異能こそ持ってないが、武器の扱いでカバーしてる」

「詩乃の姐さんも、尋常じゃなく強いですよぉ」

「つえー人ばっかじゃん。あと翔さんと……」

「久能仁先輩だな。この人はまともだ。多分久能先輩がいないと、二年は教師とコミュニケーションがとれない」


 蓮は何となくその様子が思い浮かんだ。個性たっぷりマシマシの人間たちが、ぱっと見真面目そうな教師を振り回している様が。


「ですが、実力は折り紙付き。それは、鞍馬さんに扱かれた八鷹さんならわかるでしょう?」


 運転席の孝司が言った。


「いやまあそうなんだけど……」


 殴り合ってわかりあう、なんてことを蓮は信じていなかった。それなら自分は友達に囲まれていただろうから。だが、ぶちのめした不良は、反省などしなかった。友人になど、猶更なれなかった。


「まあ、彼らは後輩を心配して気を揉むような人間ではないのですが……」


 教師からそうも言い切られる人間性とは、という不安が彼の中で生まれた。


「どうせ、俺たちがどれだけ怪我するかに、明日の飯を賭けてるだろうな。そういう人たちだ」

「こえ~……」

「現場が見えてきましたよ。血の用意を」


 雪音がシリンダーで血を取り出し、隣の蓮に渡す。


「いつもわりいな」

「いえ、気にしないでください」


 車から降りた彼は、目の前のビルから只ならぬ気配を感じ取った。五階建て、名前を示す装飾は剥げており、お化け屋敷めいていた。


(これが霊力探知ってやつか……)


 血を注入して、合掌。十分の一秒で変身は完了し、白虎のような仮面をつけた戦士に変わった。


「感じるか」


 風間が言う。


「おうよ。俺も成長してんだな」

「初歩も初歩だ。驕るなよ」

「素直に褒めろよ! 俺は褒められて伸びるタイプだっつーの!」


 やんややんや言いながら、三人は黒い結界に覆われたビルに踏み入る。灯など当然なく、風間の懐中電灯に頼るしかない。


「めかぶ」


 風間が短く頼んだ。彼女は目を閉じ、小さく呪文を唱える。


「大きな霊力の塊が動いてますねぇ。これが件の地縛霊でしょう」

「他にはないか」

「小さいのが消えたり出てきたり……地縛霊に引き寄せられた低級妖魔ですかねぇ」

「妖魔って集まるのか?」


 めかぶがにこりと笑って蓮を見る。


「色々なパターンがありますけどぉ、妖魔は基本的に強い力を求めて行動するんですよぉ。自分より強い存在の近くにいることで、自分を守るんですねぇ。知性を持つ妖魔なんかは、そういう低級を手下にするんですよぉ」

「は~ん」


 概ね理解した彼は、間抜けな声を出した。


「んで、分かれて探すか?」

「いや、固まって動こう。異能持ちの妖魔である可能性も否定できない」

「ほいよ。じゃ、とっとと上行こうぜ。三階なんだろ」


 エレベーターなど動いていない。階段を地道に上がっていくしかない。夏も終わりに向かい始めた──と信じたい辺りの季節で、この日陰はありがたいが、それでも纏わりつく湿った熱気に体力を削られる。蓮以外は。


「今気づいたんだけどよ、このスーツ着てると全然暑くねえや」

「霊力で体を守る技術の応用だろうな。詳しいことはわからんが」

「帰りにアイス買ってもらいますかねぇ」

「お、それいいな。バリバリ君にしようかな」


 二階に入った瞬間、返事が来なくなった。振り向くと、階段がない。


「……マジかよ」


 結界術の授業は、単に結界を展開する方法だけを学んだわけではない。地縛霊の中には、自身の根付いた土地を霊力で覆うものも少なくない、といった様々な知識を伝授するためのものだった。


 今回は、それだ。侵入してきた人間を逃がさず、確実に取り込むための結界。一階に入った時点で結界がない、と判断して油断してしまった。


 小さな頭を回す。結界に閉じ込められた際は、まず元を断つべきだ。展開している妖魔なり人間なり、霊力の源を攻撃して維持できないようにするのが、最短で最善だ。間違っても脱出しようと我武者羅に走ってはならない。


(風間とめかぶは霊力探知できるからいいけどよ……!)


 だが、蓮は、漠然とした殺気や気配といった形でしか霊力を認識できていない。この空間に満ちる、明確な敵意を持った空気。それに肌を刺されるような思いで、地縛霊のいるらしい三階を目指すことにした。


(とは、言ってもな)


 周りを見渡す。ビルのワンフロアとは思えない広さだった。遊園地でも作れそうだな──なんて大袈裟なことを思うが、少し大きめの公園くらいの広さはあった。


「多分まともに階段探してもダメだな。石動で全部ぶっ飛ばすと……二人を巻き込むかもしれねえ」


 精神の安定を保つべく、独り言つ。


「おいスサノヲ、このまま飢え死にすんぞ。お前なら霊力探るくらいできるだろ」

『そうさなぁ……何を差し出す? それ次第だ』

「風間を殺したいんだろ。俺が死んだら、夜海原を使える人間がいなくなる可能性だってある」

『ケケケッ! なら、慧渡のガキを殺させてくれるというのか!』


 どうやっても相容れないことを、彼は理解した。


「お前に風間を殺させるつもりはねえよ。でも、俺がいないとお前は絶対に風間を殺せない。違うか」

『何、呪い殺せばいい』

「俺だって色々調べてる。強い霊力を持ってる人間呪い殺すのは、簡単なことじゃないんだろ」


 沈黙。


『……ふむ、単に馬鹿なだけのガキだと思っていたが、面白い奴だな。しかぁし! ここは霊力に満ちている。お前の脳では耐え切れない情報量を流し込んでやってもいいんだぞ?』

「そうか。期待した俺が馬鹿だった」


 蓮はそこで会話を打ち切った。


(霊力の使い方は掴んだ……どうする、俺の脳味噌!)


 彼の得意技である、道具を上手く扱うこと。霊力は未知の何かではなく、制御可能な『道具』であることを、翔との手合わせで確認した。ならば、使い方はわかるはず。


(確か、霊力探知ってのは結界術の応用だったな)


 霊力の痕跡は目を強化すれば見ることができる。だが、それは視界に捉えられるものに限られる。建物全体のような広範囲を調べるには、簡易的な結界を展開する必要があるのだ。


「上手くいけよ、探知結界、展開!」


 それが間違いだった。スサノヲの霊力を引き出し、ビル全体を覆いつくす大規模な結界を張ってしまった。故に、気づかれることになる。このビルの、主に。


 天井が破れ、粘液を纏った怪物が落ちてくる。目は五つ。四足で這い回る様は、犬や猫より蜥蜴に近い。


「へっ、そっちから来てくれるたあ、利口じゃねえか」


 グッ、とファイティングポーズをとる。


「ぶっ飛ばしてやらあ!」

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