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ネクスト・ミッション 三

「あの馬鹿……堂々と探知結界を使いやがったな」


 階段を探していた風間はそっと呟いた。


「しかし、こっちはこっちで厄介だな」


 目の前に、人型妖魔。彼もまた、戦っていた。





 五つ目の蜥蜴に、蓮は何度も打撃を食らわせた。右ストレートや、左のジャブ。時折蹴りも織り交ぜて、優位にあるように思えた。


 だが、どれだけ殴って蹴って、頭突きさえ行っても、蜥蜴は平然としており、舌を出してチョロチョロと動かしていた。


「舐めんじゃねえ!」


 その長い舌を掴み、巨体を投げる。粘液が飛び散り、赤い汚れがフロアにこびりつく。壁に叩きつけられた蜥蜴に、次は飛び膝蹴りだ。腹に入り、妖魔は口から紫の体液を漏らす。


 着地した彼は、更に攻撃を繰り返す。何度も、何度も拳を振るった。肉にめり込み、潰す感覚。腕の中を霊力が駆け抜けて、パワーが増す感覚。心地よさはあった。しかし、それで状況が変わることはなかった。


(単にタフってだけか? にしても、こんだけ殴って消えねえっておかしくねえか?)


 壁に体を擦り付けながら落ちた蜥蜴が、震え出す。今際の際に見せる、断末魔の叫びか。それとも、逆転の一手か。どちらにせよ決め時だと、蓮は判断した。


 選んだのは、手刀。頭蓋のような硬い感触が、手に走った。消した、殺した。確信した。が、違った。


 蜥蜴の口から、何かが出てくる。


「ゲロッ⁉」


 それは、生きていた。動いていた。吐き出されたのは、人型だ。


「いや~……だいぶ痛かったよ」


 長身の女。背丈で言えば二メートル近い。当然服などなく、痩せ細ったような不健康な肉体を晒している。


「続けようか。名前は?」

「……八鷹蓮」

「ああ、あの人が言っていた子供か……来な、相手をしてあげよう」

「言われなくても!」


 床を蹴って、蓮は相手に向かう。腰に構えた拳を、上へ振り抜いた。命中を信じた、素早い一撃だったが、相手は軽々と避けて彼の背後に回った。


「私は──たしか、サゼン、だったかな。あの人にそう名付けられた」

「……煮卵ふぐりか」

「正解。ありふれた地縛霊に過ぎなかった私を、強くしてくれた」


 振り向きざまに、足払い。サゼンは高く跳んで躱した。


「血の雨を降らそうか!」


 彼女の周囲に、赤い液体の球ができる。そこから、矢が飛んだ。かと思えば、装甲で受けて動けない蓮に近づいて、腹に拳を見舞う。数メートル飛ばされた彼が姿勢を立て直す前に、彼女は追いついていた。


「今、殺してあげよう!」


 サゼンの手が、夜海原に触れる。


『分を弁えろ』


 彼女の脳に、言葉が流し込まれる。途端、触れたはずの右手が爆ぜた。


「……そうか、君はスサノヲに守られている!」


 通常の被服であれば、彼女が触れた時点で勝利は決定的なものになっていただろう。血を操る彼女によって、血中の赤血球を破壊し、酸素を供給できなくするのだ。


 然るに、今の蓮はスサノヲで体を覆われている故に、触れただけでは神話級の妖魔に干渉することになってしまったのだ。


 同じ特上級とはいえ、インスタントラーメンのように作られた彼女にスサノヲを制御することはできない。


 結果、カウンターを貰った。


「よくわかんねえけどよ、お前はぶっ飛ばす!」


 混乱して膝をついた彼女の顔に、蓮の拳が突き刺さる。怯んだところへ、連打。締めは回し蹴りだった。


「……まだ耐えんのかよ」


 鼻血を垂らしながら、サゼンは徐に立ち上がる。失われた右腕は既に再生が完了しており、存在としての格の違いを彼に思わせた。


 彼女は鼻血を手に溜め、一つの小さな球に凝縮させた。何を──と思った蓮は、瞬間的に距離を詰めた相手に対応できなかった。突き出してくる右手。左手の装甲で受けようとすれば、血の塊が爆ぜ、装甲が消し飛んだ。更に、スパイク状になっていた血が、インナーの下の肌に刺さる。


 少し転がって、起き上がった蓮は、左肘の先から感覚がなくなっていることに気づいた。だらんと垂れ下がり、命令を聞かない。


「……毒ってことか」

「ただの馬鹿ではないみたいだね。そう。私の血は毒になる。まだ制御が追い付いていないから、すぐ殺すようなことはできないけどね」


 ひたりひたりと、裸足で近づいてくる相手は、微笑んでいた。


(左は使えない。風間とめかぶもどうなってるかわからねえ。どうする、石動で無理やり吹っ飛ばすか?)


 死ぬよりはマシ、と思って右手に霊力を込める。


「時に、スサノヲ」


 サゼンが突如口を開く。


「煮卵ふぐりの目的は君だ。君を手に入れて、更に上の人間に献上するのが目的だ。わかるかい? その子供を見殺しにしてしまっても、君は死ぬわけではない」

「何を……言って……」


 蓮の脳裏で、笑い声が響く。


『だそうだ、ガキ! ケケケッ、面白くなってきたなあ!』


 もはや耳を貸すつもりもなかった彼は、次の言葉に心の暗い部分を撫でられる。


『貴様は家族を失ったようだが、どうだ、まだ失いたいか、ええっ?』

「なんで知ってる」

『記憶を読む程度のこと、造作もない。どうする、次は何を失いたい』

「もう何も失わねえ。勝手に話しかけんじゃねえぞ」


 声を振り切って、サゼンに向かう。考え直したのだ。石動のパワーはまだ制御しきれない。生来のセンスがあっても、だ。もし倒しきれなかった場合、致命的な隙を晒す。


(いやあ、面白いことになってきた)


 肚の中でスサノヲはほくそ笑む。


(このガキは中々面白い異能を持っている。フルに扱わせれば、あっという間にオレも支配されるな。しばらく嫌がらせといこう……)


 蓮は今、石動が使えないことを無意識に悟っていた。彼自身気づかないままに。それが、彼の脳内で最適な行動を弾きだすにあたって、『使うべきでない』と入力されたのだ。


 生きている右拳が相手に触れた瞬間、霊力を流し込む。防御に動いた相手の左手に浸透した彼の魂の力は、それを爆ぜさせた。


「……蓮、君は天才かもしれないね」


 サゼンの左腕は、二の腕の中ほどまで消えていた。再生も遅い。勝てる。蓮はそう、勝利の美酒を嗅いだ。


「だが、私の方が、レベルの高い天才だったようだ」

「強がりはやめろって──」


 刹那、彼は両脚を血に貫かれる。力が入らなくなって、倒れる。


「今まで、私は大量の血を撒き散らした」


 体を持ち上げようとしても、足が言うことを聞かない。左腕を侵したものと同じ毒だということは、すぐに察した。


「わかるだろう? 私の異能は血の操作。散布しておいた血を、一斉に操ったのさ」


 痛みすらない。完全に神経を断たれている。


「素直に戦ってくれて助かるよ……終わりにしよう」


 サゼンの頭上に、血の球。終わりを覚悟した蓮に、それは来なかった。窓の外から高速で突っ込んでくる、ガタイのいい男の姿。


「待たせたな、ダチよ」

「翔さん!」


 翔はそのままサゼンにドロップキックをかまし、体勢を崩した・


「どうした、動けないのか?」

「あいつの毒でやられた」

「そうかそうか……そこの妖魔! ダチを傷つけた分の貸しは、返してもらうぞ」


 拳を構えた彼に、サゼンは不快感を露わにする。


「今、わかったよ。私は邪魔をされるのが嫌いな性質タチだ」

「二度と感じられないようにしてやろう」


 嘲笑おうとした妖魔は、しかし、亜音速の一撃を喰らい、壁を数枚破壊した。


「やはり、広さは無限か。ダチよ、暫し待て……すぐ終わる」


 鞍馬翔の異能は、『加速』。自身、及び接触した対象を加速させる、ただそれだけの異能。だが、彼の研ぎ澄まされた頭脳と合わさることで、その異能は、最強の翼となる。


 霊力で強化した肉体で飛翔し、サゼンが放つ血の弾丸を、空中で再加速することで回避する。翔が相手に触れるだけで、その妖魔は反応不可能な速度で後方に飛ばされる。


「俺の相手には、まだ早かったようだな、妖魔よ」

「……なんのこれしき」


 幾度もの衝突で流れ出た血を、サゼンは浮かせる。まだ、これからだ。


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