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「あ、死んだ」


 妖魔に変えられた人間の上で、携帯ゲーム機で遊んでいたふぐりは、地下水道の中でそう呟いた。


「かなり強くしたつもりだったんだけどなあ……壱阡火に相談しないと」


 画面には『GAME OVER』という表示。ゲーム機を投げ捨て、大きく伸びをする。


「次はどうするか……楽しまなきゃ損だ」





 帰還した学生を出迎えたのは、躍だった。


「隊長、暇なんですか」


 顔に火傷を負った風間が冷たく言うので、彼は大袈裟に傷ついてみせた。


「ま、それはいいんだ。よく帰ってきた。特上級クラスだったんでしょ? 孝司」

「ええ。二年生の介入がなければ、全員死んでいたでしょう」

「ん? 待てよ、俺たちがやばくなってから先輩に来てもらったんだろ? 速すぎねえか?」


 疑問を呈した蓮の肩を、翔が叩く。


「俺の異能は『加速』……自身と、触れたものを自在に加速できる。全員背負って飛べば、あっという間に到着ってわけさ……」

「確かに飛んでたな……すげえ!」


 風間とめかぶが医務室に運ばれていくのを見送っている彼らの横に、躍が立つ。


「蓮、スサノヲに治してもらったね?」

「なんでわかんだよ」

「霊力の痕跡がある。還形術は魂の形に肉体を復元する術。一回習得してしまえばとは自在だ。でも、解毒は異物を的確に排除しなければならないから、毒に対する知識が必要になる……そこを、スサノヲは莫大な霊力で強引に破壊したんだ」

「お、おう」


 わかっていない蓮は、そんな返事をした。


「恐ろしいな。一応淳の検査を受けておいで」

「うす」


 と駆け出した彼に、


「あ、そうだ」


 と躍が呼び止める。


「蓮、君には霊力操作のセンスがある。スサノヲのおかげか、君自身の特性なのかはわからないけどね。でも、いつか還形術を教えようと思う。きっとできるよ」

「……あざっす!」


 翔は彼を追わなかった。


「躍チャン、本気で言ったのか?」

「僕はいつだって本気だよ。嘘なんか全然吐かない。ほんとだよ」

「あいつが強くなるのは、ソウルフレンドとして誇らしい限りさ……だが、急ぎすぎて中途半端になってしまってはいけない。ダイヤの原石だからな」

「いつの間にそんな仲良くなったの?」


 そう問われても、翔は自慢げに青い空を見上げるだけだ。


「言いたいことはわかるよ。僕も焦ってはいない。でも、こうも短いスパンで特上級が出るのは何かがおかしい。一年ズには、早急に強くなってもらう必要があるんだ」

「それについては同意できる。煮卵ふぐりの件もある」

「ああ……人を妖魔に変える、悪魔のような力。絶対に勝たなくてはならない相手だね」


 ゆっくりと歩きだした二人は、やがて日陰のベンチに腰掛ける。


「マイフレンド八鷹蓮チャンから、御堂美晴のことは聞いた。随分と、ヘヴィーな経験をしたようだな」

「でも、翔のおかげで立ち直ったみたいだね。ありがとう」

「先輩として、後輩を導くのは当然のことさ」


 その方法の是非については、躍は敢えて問わなかった。人が成長するためには、ある程度のストレスが必要だとわかっていたからだ。


「できれば、貴之たかゆきに帰ってきてほしかったな。霊力砲の制御をさせるには、あの子が教えるのが一番だからね」

「確かに貴之チャンは強い。玄籠くろこの跡取りというだけはある。だが、教えられるか」

「君が言う?」


 十数分。二人は無言を分かち合った。蝉、鳥。鳴き声が混ざって耳朶を打つ。


「おい! 鞍馬!」


 後輩たちを引き連れて、詩乃がやってくる。


「あの話の──」

「まあ、待て。俺は五体満足と言ったな。その点に於いては、俺の勝ちだ。どうだ、後輩全員に鰻を奢るというのは」

「なっ……!」


 確かに、躍の前で堂々と金を賭けた話をするわけにはいかない。察せられてはいるだろうが、証拠が上がらなければそれでいい。


「……おうよ。お前ら! 私の奢りだ! 行くぞ!」

「ひゃっほう!」


 ぴょんぴょんと飛び跳ねながら先輩の背中を追う蓮。


(それでいいんだ。君たちは)


 躍は、彼らとは違う方向へ歩き出した。特科の敷地を出て、やはり山の中へ。ポケットからスマートフォンを取り出し、電話をかける。


「もしもし、課長? 僕だよ僕」

「詐欺みたいな話し方やめろって、もー」


 中年男性にしては少し高めの声が聞こえてきた。


「競争の準備どう?」


 問いかけから答えの間に、ズルズルッ、と啜る音が入る。


「三日後には完了しちゃうんだよね、これが。いやー、優秀すぎて怖いねえ、俺」

「実際に動いてるのは教員たちでしょ……ま、いいや。結界は完璧?」

「特科の結界師、総動員してるからね。一体の妖魔も逃がさないよ」

「なら、それでいい。頼んだよ、死人が出ない程度には厳しくいこう」


 そこまで言った時、ノックの音が入った。


「おっと、チキンが来たみたいだ。それじゃ」


 一方的に切られる。


「職場にチキンデリバリーするの、いい加減怒られないかな」





 道中、佐波を捕まえた詩乃は、車を出させた。


「あのねえ、私のことなんだと思ってるの?」


 運転席の教師は、呆れ気味に言う。だが、安全運転は疎かにしなかった。


「便利な足」


 詩乃の一言に、今から崖に突っ込んでやろうか、と佐波は思った。


「ま、五十嵐センセの分も奢ってやるか。好きなの頼んでいいぜ」

「学生に奢られるくらいなら死んだ方がマシよ」

「ついこないだまで学生だったのにか?」

「そっちこそついこの間まで中学生だったでしょうが」


 埒の明かない言い争いだと見抜いた佐波は、カーステレオの音量を最大にする。デスメタルが、学生たちの耳を破壊した。


「精々苦しめ! 不良ども!」


 一行が鰻屋に到着したのは、三十分後。へとへとになった学生たちは、青い顔で暖簾をくぐった。


 奥の方にある座敷に案内され、蓮は何の遠慮もなく一番高いものを選んだ。風間はそれを見て、真ん中のグレードのものを頼んだ。めかぶは風間と同じものに骨せんべいを加えた。


「おい八鷹、覚えとけよ」

「賭けたのそっちだろ。で、詩乃さんは俺たちがどれくらい怪我すると思ってたんだ?」

「腕の一本くらいなくなると想像してたんだが……意外にてめえらが優秀なもんでな、びっくりしたよ」


 蓮は鼻を擦って、誇らしげな表情を浮かべた。


「慧渡、あいつはちゃんと取り込めたんだろうな」

「ええ。制御は少し難しそうですが」


 疑問符を見せる彼に、風間は顔を向ける。


「俺の使鬼は、妖魔を取り込んで操ることができる。特上級クラスを支配下に置ける状況は限られるからな、俺が有効活用することにした」

「妖魔って美味いのか?」

「食うわけじゃない。影を伸ばして捕まえるんだ。ホケットモンスターみたいなものだな。弱ったところを捕獲する」

「はは~ん」


 蓮は、一つあまりにも無礼な可能性を思ってしまった。自分で妖魔を操り、それを自分で倒す。つまりマッチポンプだ。だが、目の前の少年がそんな器用なことはできないように感じられて、すぐにその思考は消えた。


 そう時間は置かずに、鰻が届く。たっぷりのタレが塗られた、フワフワの鰻が、まるっと一尾。


「いっただきまーす!」


 蓮は勢いのある声でそう言って、食事を始めた。


 それも半分に来たところで、詩乃が蓮に声をかける。


「煮卵と会ったんだろ。どんなツラしてた」

「よく覚えてねえや。すぐ、美晴が妖魔にされちまったから」

「……そうか。悪いな、嫌なこと思い出させちまって」

「いいよ、俺は……もう、振り切った」


 後世の人間が意味を見出せるように、走り続けること。それを決心した彼の背に、纏わりつく手はある。自分が友人を殺したという事実が。だが、だとしても、止まってしまえば終わりだ。


 会計は、九千円だった。

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