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当世禍討 一

 学生たちは、体育館に集められた。一般的な高校にあるようなサイズの場所は、七人ぽっちの学生には広すぎる。


「なあなあ、あの人誰?」


 蓮は小声で、体育館の端に控えている女装した中年男性を指差して風間に尋ねた。風間の顔には、痛々しい火傷痕が残っていた。


「知り合いじゃなければいいんだがな」

「えー、S県警霊災対策一課課長、しばらく八道やみちから、お言葉をいただきます」


 その声を受けて動き出したのは、女装中年だった。


「きゅぴーん! みんなのアイドル、やみちゃんです!」


 壇上でハートを作って挨拶した、八道というその男は、すぐに服を脱ぎ捨てた。


「ちょっとは笑え! 若者ども!」


 その場にいる誰もが、スベっていることを確信した。スーツに、禿げあがった頭。中年太りもわかりやすい。


「課長って、マジで課長?」

「ああ、そうだよ。俺もほとんど会ったことないが、顔は知ってる」

「大丈夫かなこの組織……」


 八道はゴホンゴホンと咳払い。


「えー、諸君には、死ぬ気で戦ってもらいます」


 ピリッとした緊張が、生徒たちの間に走った。


「まずは、これを見てもらいますよ」


 彼が指を鳴らすと、後ろの空間に映像が投影された。M市南部、山岳地帯の空撮写真だ。一部が赤い線で囲ってある。


「このエリアに、中級以下の妖魔を多数放ちました。一年と二年に分かれ、討伐数を競う。簡単なルールのゲームです」

「妨害はありなのか?」


 翔が言う。


「ええ、勿論。ただし、祝先生に治せる範囲内でお願いします。あくまで妖魔を倒すのが目的。私闘はおススメしませんよ」


 闘志を滾らせる者もいたが、一年生は翔を相手にすることは避けたい気持ちでいっぱいだった。


「一年ども、覚悟しとけよ?」


 詩乃の挑発的な笑み。


「来る分には対応しますよ」


 風間がそれに応えたのを見て、蓮は、彼も意外と武闘派なのではないだろうか、と思い始めた。


「風間って、結構血の気多い感じ?」


 今度はめかぶに囁く。


「大体みんなそうですよぉ」

「確かに……」


 エヘンエヘンと、またも咳払い。


「明後日、朝八時からスタート、正午に一旦休憩、その後、夜六時時点での討伐数で勝敗を決めます。絶対、絶対に、大怪我をさせないこと! 祝先生は優秀ですが、なくなった腕を生やすようなことはできません。いいですね!」


 言い聞かせても、既にボルテージが上がり始めた生徒たちを止めることは叶わない。諦めて、八道は溜息を零した。


(ホントのところ、三年も交えて盛大にやりたかったが……あっちはあっちで面倒な霊災に関わってるしね。仕方ない)


 海外研修中の三年生、三名。玄籠貴之、司馬谷河猪原、六條剛志。どれも一線級の実力を持つ者たちだ。


「ここに! 第──えっと──まあ──何回目かの、当世禍討とうせいまがうちの開催を宣言します!」


 締まらねえなあ、と思って蓮は禿頭の課長を眺めていた。


「トウセー……なんだっけ、あのイベントって、何回もやってんの?」


 場所は食堂に移る。カツカレーを食べながら、蓮は風間に問うた。


「当世禍討。守戒三家を決める際に行われた、禍討の儀を再現したものだ。三年に一回、全学生が参加する形で行われる」

「私、雪音は協力する民間人という立ち位置ですので、参加しません」

「はは~ん。わかったぜ、ここで活躍すれば将来偉くなれんだな?」

「そういう側面もあるな。学生の力量を見るための行事だからな」


 風間はいつも通り淡白だ。


「つーかさ、一年対二年って俺らに不利じゃね? どう考えても先輩の方がつえーじゃん」

「その上人数も不利ですねぇ。作戦を立てないと……」

「勝ち目はある」


 そう言う彼に、一年生二人の視線が集まった。ちなみに二年は別の任務で空けている。


「俺が鍵だ。使鬼で頭数を揃えた上で、俺自身も妖魔狩りに参加する。そうすれば、人数的には勝てる」

「大丈夫か? 頭ン中パンクしねえか?」

「使鬼の複数同時使役にも慣れてきた。使鬼を出しながら近接戦闘を行う経験も、この間の任務で積んだ。やれるはずだ」


 めかぶと蓮は顔を見合わせる。やれると言うなら、やるのだろう。それを確認し合って、今度は残る一人を見た。


「んじゃあ……そうすっか。でよ、トーセーってどういう意味なんだ?」

「当世。現代の、という意味だな」

「マガウチノギを現代でやるから、トーセーマガウチなんだな」

「お前にしては理解が早いな」


 漢字が全く思い浮かんでいないことは、黙っておいた。


「にしても、夏休み潰して訓練か。楽しいか?」

「……異能者は圧倒的マイノリティだ。大抵の人間は霊力の使い方どころか、感じることすらできない。そんな一般人に、妖魔や悪意は容赦なく襲い掛かる。だが、マイノリティということは数が足りないということ。学生の内から実戦を経験させなければならない、理由がある」

「あー……休んだり遊んだりしてる暇はないってことか?」

「そうなるな」


 じゃあ最初からそう言えよ──と思った蓮はめかぶを見る。笑っている。雪音を見る。呆れている。


「トーセーマガウチ終わったら泳ぎに行こうぜ。夏らしいことしてねえもん」

「時間ができればな」

「なら、雪音ちゃんと水着を買いに行かないとですねぇ」

「まあ、蓮が行くなら私がいた方がいいですが……」


 そうやって、彼らは来るべき日を待っていた。





「当世禍討、予定通りだね」


 M市の端にある山の頂上から、黒スーツに赤ネクタイの男が、会場となる森を見渡して言った。


「上級妖魔三体、特上級妖魔二体。異能者も数人。若い芽を今のうちに、ということでしょう?」


 隣にいるのは、青いワンピースの女。慧渡秋野だ。両手には長い手袋がある。


「それもある。でも、一番は夜海原だよ。あれを解析すれば、異能者の楽園は現実に近づく。スサノヲの断片を慧渡の跡取りに取り込まれたのは、残念だけど」

「異能者が、異能者のためだけに生きられる世界……力を自由に振るえる世界。甘い響きです」


 男は壱阡火。しかし、その顔はどうにも認識できない。


「ふぐりみたいなのがいると助かるね。君が取り込んだ妖魔を彼女に強化させれば、簡単に特上級が作れる。慧渡家から君が持ち出したスサノヲの断片も、少しずつ使っていこう」

「しかし、妖魔を集めるのも楽ではありません。可能な限り早く決着をつけてほしいものです」

「正しいね。でも、妖魔同士の合成は使鬼でも可能だろう?」

「使鬼を利用した合成は、制御不能になるリスクを孕んでいます。その点、ふぐりの技術で合成したものは、再度取り込むことで制御できるようになる。こちらの方が効率的で、確実です」


 壱阡火は何も言わず森を見下ろす。


「もし、これが失敗したら……」

「実行する前に負ける算段をする人間は、一生勝てないよ」


 失言、と察する前に彼の方から笑い声を零した。


「なんてね。幾つか手を用意してある。これはそのうちの一つに過ぎない。上手くいかなくても、リカバリーはできるよ」


 壱阡火は、その気になればいつでも殺戮が可能だ。この街に住む人間を皆殺しにだってできる。だが、それをしないのは、単に労力が必要だからだ。


「なぜ、鳳躍が強いかわかるかい?」

「……世界を巡る霊力の流れ──霊脈と魂が直接結びつき、事実上無限の霊力を有しているから」

「正解だ。では、それが乱心したり、霊力を制御できなくなったら、どうする?」

「わかりません」


 壱阡火が人差し指を立てる。


「『呪天怨地じゅてんえんち』。鳳家に生まれる、霊脈接続者を無力化するために作られた、最終手段。それが、第二小隊本部の地下にある」

「なぜ、ここに?」

「この街では、全国平均を遥かに超える霊災が発生する。当然、守戒三家は成長を促すために、霊災激戦区のこの街で教育を受けさせようとする。そこで、万が一鳳家の跡取りが暴走した時のために、ここに保管させたのさ」


 秋野は次の言葉を待った。


「だからこそ、この街を異能者の楽園にしたい。ついてきてくれるかい? オータム」

「喜んで」


 二人は山を下り、街に姿を消した。

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