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当世禍討 二

 M市の霊災発生件数は、全国平均の八倍。それでも人が住んでいるのは、巨大で無限の霊力の流れである霊脈からエネルギーを取り出し電気に変換する、霊力タービンの製造会社があるからだ。


 全国シェアの七十二パーセントを占めるその企業、影河かげかわ重工業。M市の中心部から外れたところに、その工場はある。


「てことは、あそこも守ったりすんの?」


 当世禍討の会場に向かう車の中で、最後列の蓮は工場を指差して風間に訊いた。


「そういうこともある。だが、俺にはまだ回ってきていないな」

「めかぶは?」

「私もですねぇ」


 そういう任務があれば、工場見学くらいさせてくんねえなかな、と彼は思っていた。


「ま、いーか。どう動く? 固まるか?」

「そうだな……単独行動では先輩の妨害に止められる可能性が高い。だが、全員で固まると妖魔狩りの効率が悪い──なら、俺が一人、めかぶと蓮で二人、と別れるべきだな」

「じゃ、お前は妖魔を連れて動くわけだ」

「ああ。何なら、妖魔を一人お前たちにつけてもいいぞ」


 蓮は軽く顎を撫でる。


「いや、そしたらお前が集中できないだろ。俺たちのことは俺たちでなんとかなるって。な! めかぶ!」

「ええ。何かあれば連絡しますから、風間さんはご自分のことに集中してくださいねぇ」

「……ありがとう」


 本当は、風間も不安だった。新しい友人がまた怪我をするんじゃないか、と。だが、その不安を笑い飛ばす蓮を見て、信じてみることにした。


 会場到着は、そこから四十分ほど後のことだった。鬱蒼と茂る草、木、花。日の光などまともに入ってこないが、標高もあって涼しかった。


「あらためてルールを説明します」


 学生たちは山頂に近い駐車場で、孝司の指示を聞いていた。


「範囲は結界で覆われた内側。夜六時時点で妖魔の討伐数が多いチームが勝利。もちろん、妨害もあり。ただし、大怪我をさせることは禁止。刃物は御符を剥がないように」


 詩乃の太刀も、めかぶの斧も、一枚の札が貼ってある。人間に対しては鈍らになる札だ。


「正午に昼休憩を挟みますから、しっかり帰ってきてくださいね。弁当もタダではないですから」

「はいはい質問!」


 蓮が大きく手を挙げる。


「弁当の中身何? 高いヤツ?」

「秘密です。しかし、いいものを用意しています。お楽しみ、ということですね」


 俄然やる気が出てきた彼は、その場で足踏みを行った。


「あと十五分で開始です。そこの転移陣に入れば、スタート地点にワープしますよ」


 学生たちを挟むように、二つの円がある。東が二年、西が一年だ。


「妖魔の分布は、西に偏っています。人数分のハンデですね」

「ずるいぞ継日!」


 詩乃が叫ぶ。


「一方的にねじ伏せるだけの戦い、黒部さんも望んでいないでしょうに」


 見抜かれた彼女は舌打ちして円に向かった。そして、消えた。


 スタート地点に送られた蓮は、塊のように押し寄せる妖魔の気配に圧されていた。が、風間は得物に札を貼付していて、何も感じていないようだった。


「緊張しねえの?」

「やることはいつもと同じだ。淡々とやればいい」

「でもよ、翔さんが真っ直ぐこっち来るかもしれねえんだぞ?」

「そうなったらお前で何とかしろ。お前ならできる」


 褒められているのは確かだが、なんというか投げ遣りなようにも感じられて、蓮は複雑な表情を浮かべた。


「鞍馬先輩の能力は知ってるだろ。加速だ。まともに食らえば、吹っ飛ばされるだけじゃ済まない。だからお前が必要だ。どっしり構えて、受け止めろ」

「盾かよ」

「特上級の霊力をまともに食らって無事なんだ。多少の無茶はできると思うぞ」


 信頼、と彼は受け取った。頼られるのは嫌いではない。誰かのために戦うなら、本望だ。


「……しゃあねえなあ、めかぶのナイトになってやる」


 後頭部を掻きながら言った所で、チャイムがなった。


「開始一分前」


 それを受け、蓮は変身。現実が、動きだした。


 いの一番に森へ飛び込んだ彼は、手始めに三体ほどの妖魔を倒す。次いで、めかぶの重い刃が五体ほど斬り裂いた。


「楽勝じゃね?」

「油断は禁物、ですよぉ」


 木の陰から飛び出してきた犬型の妖魔を、彼は裏拳で砕いた。


「ま、こんだけ雑魚ばっかなら、先輩たちも余裕か。急ごうぜ! 風間にも負けてらんねえよ!」


 妖魔をちぎっては投げ、ちぎっては投げ。手当たり次第に消し去っていく。そこに迫る影になど、全く気付かずに。





「八鷹?」

「ええ。彼について少し聞きたいことが」


 S県立M市第二中学校。それが、蓮が通っていた中学の名前だ。耶麻は、同級生から蓮について聞き取るよう、躍に指示されていた。


「かなり喧嘩っ早いと聞いています」

「まあ、確かに喧嘩はよくしてたけど、いい奴だよ」

「根は良い奴、ということですか?」

「いやいや、あいつが喧嘩するのは、喧嘩を止める時とか、不良に絡まれてるのに割って入る時とか、って感じだよ。考え無しなところはあるけどさ」


 概ね、耶麻が持っているイメージとは変わらない情報だった。


「俺もさ、一回助けられたよ。一年の時、帰りにゲーム機買いたくて学校にこっそり金持ち込んだら、不良にバレてさ。カツアゲされてるところに殴り込んできたんだ。三年相手にだぜ? でも、勝っちまった。そういう奴だ」


 今度は別の生徒に尋ねる。


「オレは一回ボコられた。体使うのが上手いんだよ。殴っても殴っても躱しやがる。結局やり返す前に特科行っちまったよ……あんた、対策一課の人なんだろ? 喧嘩の場を用意してくれよ」


 続いて、担任教師の証言。


「気は短い。頭も良くない。そんな彼が受け入れられたのは、誰かのために本気になれるから。私はそう思っています。彼自身は気さくですしね」

「誰かのために……」


 美晴のことは話せない。だが、耶麻は確かにその意味を理解できた。


「特科に行ってしまったんですよね。無事にやれてますか」

「将来有望です。調子に乗りそうなので、面と向かっては言いませんが」

「ハハ……わかりますよ」


 一通り集めて、耶麻は躍に電話をかけた。


「どう?」

「喧嘩が強いだけの一般人、というところでしょう」

「何か、蓮自身にあるはずなんだけどなあ。ありがとね、いくら欲しい?」

「正規の報酬だけで充分です。そちらこそ、当世禍討の監視の最中でしょう」


 しばらく、躍は黙る。


「問題なし。ちょっと一年チームに有利な分布にしたけど、それでも拮抗してるよ。見に来る?」

「特科の警備任務に戻ります。それでは」


 まだ何か言いたげな雰囲気を出す先輩に対し、耶麻はどうせくだらないことだと判断して切る。支援要員が運転する車で特科に戻る最中、彼は少し目を閉じた。


 かつて、蕎麦そばうつるという同級生がいた。将来を嘱望された、学生でありながら正規の隊員にも引けを取らない実力の持ち主だった。


 だが、死んだ。初めての単独任務で妖魔に腹を裂かれ、内臓を全て引きずり出されて死んだ。頭は潰された。だから、最初は、耶麻自身も誰が死んだのかわからなかった。


 遺伝子を調べてようやくはっきりした後、それは呪いとなって耶麻に襲い掛かった。救えなかった。自分がいれば。守れたかもしれない。


 逃げることを考えた。特科なんてやめて、普通の高校に入り直し、普通の大学に行く。そして普通に就職し、戦いなんて縁遠い家庭を築く。


 だが、一度呪いになってしまった死は、そう簡単に彼を離してはくれなかった。心臓を掴むような痛みに襲われて、退学を言い出せなかった。


 おそらく、それが自分の戦う理由になったのだろう、と彼は推測している。誰も死ぬ。簡単に死ぬ。しかし、目を逸らしてしまえばそれを無意味なものに変えてしまう。だからこそ、未来の子供たちを守ることこそが自分の生きる意味なのではないだろうか、と。


 車が特科に到着する。まだ、夏は続く。

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