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当世禍討 三

 妖魔の討伐数を競うには、当然個体ごとに反応の有無を記録しなければならない。慧渡家当主、羽吉はねきちの協力を得て集めた妖魔に、それぞれマーキングを施し、それを観戦席のコンピューターで管理しているのだ。


「開始から三十分……スコアは並んでるね」


 大画面に映し出されたスコアボードを眺めながら、躍が言った。


「隊長は、こんなところで観戦してていいんですか?」


 そう問うたのは五十嵐佐波だ。


「一応結界に覆われてはいるけど、最近の情勢もある。万が一に備えて──というより、僕がいることでその万が一を起こさせない、というのが正しいかな」


 存在が抑止力となる、鳳躍という人間。当主でないことを利用して、地元の仙台から遠くこんな僻地の街にやってきた。


「僕がいて喧嘩売るバカはいないよ。いやー、ふんぞり返ってれば給料が出るんだから最高だね」


 ケラケラと笑ってみせるも、彼に向かう視線はどれも不安を孕んでいた。孝司も、佐波も、八道も。


「なんだよ、僕のこと信じてないの?」

「鳳家の次男で、霊脈接続者。間違いなく、我々の最高戦力。だが軽薄。勤務態度も決して良くはない」


 八道が淡々と言葉を並べていくので、彼は苦い顔を見せる。


「君が動くようなことがあれば、生徒たちもタダでは済まないだろうね」

「全員守るさ。そのために大人がいる」





「雑魚の群れを狩らせて……訓練にもならんな」


 仁と行動を共にしている翔が、妖魔を踏み潰して呟いた。


「翔、油断してはいけないよ。隊長のことだ、上級妖魔を紛れ込ませているかもしれない」

「一年坊にそこまでのことはさせんよ。まあ、俺は何が来ても負けんがな」


 そこまで言って、彼は大きく飛び上がった。そのまま森を抜けた後に空中で静止し、気配を探る。


(一年たちは少しずつ近づいているな……だが、間に結構な数の妖魔がいる)


 ならば、やることは一つ。


「見たか?」


 蓮たちも、馬鹿ではなかった。上空に現れた翔を見て、二人は目を合わせる。


「多分、あの人こっちに来るぞ。どっちがどっちと戦う?」

「考えるだけ無駄ですよぉ。翔さんは楽しそうな方に来るでしょうしぃ」

「それもそ──」


 笑って前を向いた彼を、どこからか生えてきた青白い腕が抑えつける。


「蓮さぁん!」


 足を止めためかぶに、翔がタックルを食らわせて運んでしまう。


「八鷹蓮、だね」


 動けない蓮に近づく、細身の男。


久能くのう仁。正面切って戦うのは得意じゃないけれど……翔がめかぶに教育を施す間、君を抑えてみせる」

「やってみろよ。五分で片づけてやる」


 蓮を地面に叩きつけた腕は、背中から生えている。千手観音のようだ。二本、三本とその腕は増えていき、彼に向かう。


 だが、速かった。蓮は無理やり拘束を脱し、走り出す。脚を鞭のようにしならせ、飛び蹴り。霊力で受けた仁が、軽く吹き飛ばされて木にぶつかった。


 着地同時に、彼は再び地面を蹴る。痛みに呻くところを好機とみて、もう一撃──と思って突き出した拳は、無数の手によって受け止められた。


「僕は、昔からサッカーをする時はキーパーだったんだ」


 腕は体に絡みつき、動きを封じる。


千手せんじゅ。霊力の腕を生やす異能。便利だけど、パワーに欠けるんだ」

「先輩、なかなかひでえ嘘吐くじゃん」


 夜海原を以てしても、拘束から抜け出せない。


「翔なら簡単に打ち破るんだけどね。満足しているんじゃないか?」

「満足?」

「そう。今のままで大丈夫だと、これ以上強くなりたいというハングリー精神が足りないんじゃないか、って話」

夜海原こいつが、強くなりたきゃ何かを差し出せって言うもんでね」


 静かに、仁が近寄る。


「君の事情は隊長から聞いているよ。……君に必要なものが何か、考えてみるといい」


 少し距離を置いて、仁は能力で作った椅子の上に座る。


「周りは見ておくから、しっかり対話するんだよ」


 乗り気ではなかったが、蓮は目を閉じた。


『で、何を差し出す。オマエの寿命なんぞ受け取らんぞ。下らん』

「スサノヲ、お前は何がしたい」


 黒い炎を前に、蓮は問いかける。


『この忌まわしい檻から抜け出し、慧渡のガキを殺せればそれでいい。その過程でオマエを嗤えれば、満足する』

「なんで慧渡なんだ」

『ああ、話していなかったな。六十年ほど前になるか。慧渡に取り込まれた。結果、好き勝手に使われ、こんなものに押し込まれた。故に殺したい。わかるか?』

「俺は、風間を殺させるわけにはいかない」


 考えるより先に言葉が出ていた。


「だけど、お前がいないと俺は戦えない。だから、力を寄越せ」


 黒い炎が揺れて、笑い出す。だが、スサノヲは、何か違和感を抱いていた。何かを忘れているような違和感だ。


『オマエ正気か⁉ そこまで都合のいい要望が通るわけがないだろう!』


 ひとしきり笑い、炎は落ち着く。


『だが、その度胸は面白い。いいだろう、石動の使い方を少し開示してやる。うまく使えよ』


 意識が現実に帰ってくる。蓮は両手のレンズに霊力を集め、爆発させた。それによる急加速で青白い腕を振り切り、仁に頭突きをかます。


「一皮むけたね!」


 喜びの中、仁は無数の腕をグネグネと躍らせる。


「さあ、戦お──」


 蓮が、言い切る前に拳を叩き込んだ。そのスピードを前に、彼は級友を見出す。


(霊力を爆ぜさせて推進する……核パルスエンジンならぬ、霊力パルスエンジンと言ったところかな。まだ制御が甘い部分があるけれど、百パーセント引き出せれば確実に武器になる!)


 瞬間的な加速を繰り返し、自分の攻撃を避け続ける後輩を前に、彼の中の獰猛な部分が眼を覚ます。


(死角からの一撃しかない!)


 敢えて正面から手を飛ばし、視界を覆う。上に離脱しようとした蓮に、腕を追従させる。加速をやめて落下に入った所で、背後から襲った。


 加速と加速の間には、インターバルが必要だった。霊力を掌に集める過程が。その間に襲い掛かられた蓮は、再び地面に叩き伏せられるか、と怯んでしまった。


 だが、どこからか飛んできた霊力砲が霊力の腕を断った。風間が鳥に乗って空を飛んでいたのだ。


「ナイス!」


 そう声をかけた蓮は、着地と同時に爆発。渾身の一撃を見舞う──そう、誰もが確信した。しかし、今度は少女が飛んできた。背後から叩き伏せられた彼は、情けなく転がる。


「ごめんなさぁい」

「めかぶ! おま、何してんだよ!」

「ここにいたのかソウルフレンド!」


 翔が姿を現した。


「また一つ成長したか⁉ ぶつけてみろ! お前の力をな!」


 めかぶは所々傷がある。しかし、それを相手していた大男は全くの無傷だった。武器が鈍らと化していることを差し引いても異常だと、蓮にはそれを悟る頭があった。


「翔、今は僕の番だよ」

「レディを殴るのは気が進まん」

「散々吹き飛ばしてるくせに」


 今の彼女にある傷は、直接の打撃ではなく接触による加速で吹き飛ばされ、木々にぶつかったり引っ掻かれたりしてできたもの、ということだ。


「蓮チャン! 先輩二人相手に戦えるか⁉」

「やってやらあ!」


 この数度の加速で、蓮は霊力パルスを制御する勘を概ね掴んだ。真正面から突っ込む。当然仁が阻止にかかるも、再度加速して回り込む。視線が完全に蓮へ釘付けになっている彼に、めかぶが斬りかかった。霊力の腕を割り、頭に一撃。


「遅いぞ!」


 振り切って背後に回った、と思っていた蓮は、翔が追随してくることに驚きつつも、楽しさを覚えていてもいた。


「石動……二十五パーセント!」


 スサノヲが阻害していた、石動の出力制御。ぶっつけ本番で可能か、という不安はあれど、現実としては、それは成功した。だが、服を焼かれ上裸となりはしつつも、翔は微動だにしていなかった。


「舐められたものだな!」


 にやりと笑って拳を構える翔。まだまだ、これからだ。


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