「お二方、妖魔を倒しておられるのでしょうか」
茉莉花と詩乃は、少し木陰で休憩していた。
「どーせ後輩と遊んでんだろ。私らでスコアを稼ぐぞ」
「そうですね。早く西側に行かなくては……」
そこで、詩乃は妖魔の気配を感じる。太刀を握り、少し顔を出す。
「鳥……慧渡か!」
気付いた時はもう遅い。放たれた霊力は木を易々と折り、二人は動かざるを得なくなる。そこに、気配を消して接近していた風間が斬りかかった。
数回打ち合って、睨み合い。
「慧渡、お前スコアはどうだ」
「そこそこ狩ってるつもりです。一々数えてないですが」
「今振り向くなら、これで終わりにするぜ?」
「負けるつもりはないです」
向かってくる太刀を受け流し、風間は一度蹴りを入れる。距離ができたと思えば、氷の礫が飛来する。それを弾き落としている間に詩乃は体勢を立て直し、来る。
(妖魔を出して殺されたら最悪だ……犬は使わない方がいいな)
茉莉花の異能は強力だが、それ故に加減が難しい。氷で相手を拘束すれば低体温症に陥って死に至る可能性もある。小さな粒を飛ばして牽制するのが、殺さない程度の戦いに於ける限界であろう。
(つまり、紫雲院先輩は戦力外! 妖魔狩りに勤しむしかない!)
その見立て通り、茉莉花は戦場から離脱していった。
「見抜いてんな」
斬り合いの最中、詩乃が口を開く。
「ええ。強すぎる異能も考え物ですね」
「お前も異能をフルに扱えないだろ? 強力なのを出せば殺しちまうし、弱いのを出してしまうと、破壊されて二度と使えなくなる」
「その通りッ!」
横に振り抜いた刀は空を斬る。伸びきった体に掌底を貰う。姿勢が崩れたところに、蹴りの連撃。後退りで脱した彼は、どうにか次の真向切りを受け止めた。
霊力の籠められた攻撃。妖魔を倒すために必要な技能。だが、対人戦に於いてもそれは重要である。
詩乃のような、異能を持たない代わりに莫大な霊力を持って産まれた人間となると、他の人間が全体重を乗せたストレートで発揮する威力を、ジャブで生み出すことができる。
(だとしても、イカれている!)
太刀の質量を伴った刃が脇腹にめり込み、木を数本倒すほどの勢いで飛ばされる。鳥に自分を回収させ、離脱を図った。
が、木々の枝を足場にして詩乃は追ってきた。
(この人、当世禍討の趣旨わかってないんじゃないか⁉)
彼女の顔は、いつも怒っているように見える。今はそれが更に燃え盛って、殺す気なのではないだろうか、とさえ思わせる。
風間は高度を上げてひたすら逃げた。その途中、蓮が青白い腕に追われているのが見えた。
(久能先輩の異能……援護してやるか)
霊力砲を放ち、腕を断つ。そして妖魔探しに向かった。
◆
地上。キレのいい、クリティカルヒットのような打撃を、翔は安定して繰り出してくる。蓮は受け流すことで精いっぱいだった。
「どうした、さっきのスピードを見せてみろ!」
「言われなくたって!」
テレフォンパンチを屈んで躱し、左手の中で爆発。神速のアッパーカットが顎に直撃した。
しかし、翔はピンピンしている。
「いい打撃だ。速度も重さも申し分ない。しかぁし! その程度で満足するソウルフレンドではあるまい!」
彼は蓮の腋に手を入れて、放り投げた。宙に踊った肉体に来る、拳。霊力パルスで一度避けたが、どこかのスーパーヒーローのように自在に飛ぶ翔から逃げ切ることはできないと、早々に判断。一気に下降した。
(スピードを活かせない、狭い場所で戦うんだ。そうすりゃいつか振り切れる!)
その考えは、甘かった。自身の異能と向き合い続けてきた翔は、木々の隙間を的確に潜り抜け、執拗に蓮を追い続ける。直感的に振り向き、腕を交差して防御の構えを取った彼の腕に、ドロップキックが炸裂した。
「楽しくなってきたな! 蓮チャン!」
ドロップキック──落下しながら蹴るその技を繰り出したというのに、翔は浮いている。
「フルスロットルで肉弾戦ができるというのは、やはりいいものだな。どうだ、まだまだ俺はやれるぞ!」
喧嘩慣れした蓮は、しかし、息切れを起こしていた。霊力砲の連続使用が、確かな負荷を彼にかけていたのだ。
「ふむ……限界か。ここは俺の勝ちでいいか?」
「悔しいけどよ、そうみたいだ」
お菓子を取り上げられた小さな子供のような顔をした翔は、すぐに爽やかな笑顔を浮かべた。握手。
「……おかしい」
そんな彼は、突如呟く。
「おかしいって、何が?」
「探知してみろ。すぐわかる」
蓮は目を閉ざし、会場を覆う結界を利用した探知結界を広げる。そこに、中級を一方的に食らう大きな反応を見出した。
「上級がいる?」
「特上級クラスかもしれん。蓮チャン、動けるか? 観戦席まで撤退だ」
全身に蓄積した疲労を考えれば、戦うなどという選択肢がないことは、彼にもわかっていた。だが、悔しい。
「気持ちは理解できる。だが、まずは生きてこそだ」
担ぎ上げられ、変身を解こうとした、その時。彼は、人ならざるものと目が合った。頭が羊の、人型妖魔。西洋風の、所謂プレートアーマーを纏っていた。
「……間に合わなかった、か」
翔は後輩を下ろす。
「蓮チャン、一人で逃げろ……と言っても無駄か」
すでにファイティングポーズをとっている彼を見て、翔は諦めた。
「二人で倒すぞ!」
「おう!」
妖魔が胸奥に手を突っ込んだと思えば、そこから大きな鉈を取り出してくる。
(躍チャン、とんでもないものを用意してきたな!)
羊頭は、俊敏ではなかった。直線的なダッシュは容易に動きを読むことができ、少年らは当たり前のように避けることができた。だが、鉈の一撃が入った木は、その一振りで倒れた。
「俺が食らえば死ぬな! 蓮チャン、前に出てくれ。俺が不意をつく」
「おうよ」
翔が姿を消す。それを受け、蓮は突進した。背丈を数字にすれば、百七十センチほどの妖魔。殴りやすかった。拳の一発一発で相手を怯ませ、反撃に意識を向けたところで、翔が背後から襲う。
(勝てる!)
二人はそう思った。遅い割に、鎧も決して頑丈ではない。霊力で強化した攻撃で十分歪めることができる。
蓮の打撃が命中する直前、翔が妖魔の背中に触れる。加速だ。蓮の方に飛ばすことでダメージを増やそうとしたのだ。
結果、彼の拳は妖魔の腹に大きな穴を作り出した。ねっとりとした黒い体液が纏わりついた腕を引き抜けば、羊頭は崩れ落ちた。
「蓮チャン! まだだ!」
「ああ、そうだな」
妖魔は死ねば灰になる。ふぐりに作り変えられた人間でなければ。
幸か不幸か、それは人ではなかった。傷を癒して、その妖魔は立ち上がる。中年男性のような野太い声が漏れる。
「コココ、コロス」
鉈を支えに体を起こし、生臭い息を吐き出す。
「ヤツタカ レン」
名前を呼ばれ、彼の脳裏で思考が巡る。が、そこから結論に至るまでの間に、鎧が切り離されて彼に向かって飛んだ。
霊力パルスで躱しつつ懐へ──得物の長さを考えれば、その判断は間違いではなかっただろう。しかし、それ以上に、妖魔の方が速かった。
下から上へのフルスイングが、仮面に直撃する。割れてはいない。だが、衝撃がダイレクトに伝わって、蓮の視界は揺れる。
二、三歩よろめいた彼を、翔が掴んで木々の間に逃げ込む。それで振り切ることは、できなかった。
羊頭は皮膚が剥がれたような肉体で、樹木を薙ぎ倒しながら追ってくる。翔は木の枝を拾い、加速をかけて投げる。肉を穿たれても猶、妖魔はスピードを緩めなかった。
(なんというタフネスとスピード! この俺に追随できるとは!)
だが、翔も馬鹿ではない。妖魔は飽くまで“走っている”。森の上に出れば追っては来られまい、という思考をすぐさま行動に移す。
(後で躍チャンを問い詰めなければな……)
和気藹々──とはいかずとも、楽しいイベントのはずだった。そこに死を思わせる相手を投入してきたことは、決して看過してはならない。
「翔さん、他にいねえか?」
「……何?」