少し時は遡る。観戦席に、アラートが響き渡った。
「未登録の霊力が侵入……一番危険度が高いのは?」
素早く立ち上がった躍は、まずそう問うた。
「西から、人間らしい反応が複数接近しています。隊長はそちらの対処を」
監視員からの連絡を受け、彼は窓から飛び出した。山の頂上にあるそこから、木に霊力の糸を引っかけ、スリングショットの要領で飛ぶ。方向は霊力探知で割り出して、あっという間に現着だ。
転移陣の置かれたスタート地点には、三人の見知らぬ人間がいた。
「困るなあ、青春の邪魔をされちゃ」
敵意を剥き出しにしている相手を、彼は冷静に観察する。全員女だ。一人は左目に大きな傷跡。一人はスキンヘッド。一人は下半身裸。
「ずいぶん個性的だねえ。お笑い芸人でも目指してるのかい?」
嘲笑えば、スキンヘッドが霊力の針を指先から飛ばした。が、それは躍ではなく、彼が生み出した糸にぶつかって消える。
「僕のことは知ってるだろ。鳳家次男。異能は霊力の糸を操る、
そう話している間に、傷女が大地に触れた。すると、地面が隆起し、龍の形をとって彼に襲い掛かった。沈黙。完全に埋もれた。
「ハ、ハハ! 雑魚が──」
勝利の美酒を嗅いでしまった傷女は、次の瞬間、四肢を落とされた。龍もズタズタに切り裂かれ、崩れ落ちる。
「大地を操る異能か。強いね。敵なのが残念だよ」
躍は、極限まで細くした糸を展開し、それを高速で射出することで剣の代わりとしたのだ。
「殺しはしない。色々聞きたいしね」
半裸女が前に出て、右手にミニガンを構築した。
「死に晒せェ!」
秒間百発の連射だ。直撃すれば痛みを感じることなく体を砕かれ、死ぬはずの攻撃。だが、躍は無事だった。瞬時に巨大な布を編み上げ、受け止めたのだ。
「物体を生成する異能。燃費、悪いんじゃない?」
余裕の微笑みを浮かべたまま、彼は相手の脚を縄で掴み、何度も地面に叩きつけた。意識が朦朧としてきた彼女を樹木に投げつけ、フィニッシュ。
「お、お前ェ!」
スキンヘッドが針を続けざまに放つ。全て防御──すると思っていた彼は、意外にも貫通してくるものがあることに驚いた。
「やるじゃないか!」
防ぐのをやめ、受け流すことに注力した彼が、相手に接近する。腹に一撃、そして蹌踉とした所で顔に数発。頭を掴んで額に膝をぶつけた。
それでも、スキンヘッドは止まらない。消えそうな思考をどうにか繋ぎ止め、後退しつつ針を撒く。大木すら容易に撃ち貫くそれらが、躍に当たることはなかった。
縄が彼女の首を掴み、引き寄せる。からの頭突き。からのワンツーパンチ。折れた歯が落ちる。
「まだ戦う? 死ぬよ?」
スキンヘッドは呻きながら立っている。
「フィンランド、一般に飯はまずいって言われてるんだ。ま、それには同意かな。物価も高いし」
話している最中に、最後の一人も倒れた。
「なんだ、最後まで聞けよ」
そう呟いた彼は、全員を黄色い縄で縛りつけ、電話を取り出す。
「三人生け捕りにした。回収しといて。僕は生徒の様子を見に行く」
走り出し、森に入った。
(上空に風間とめかぶ……奥で蓮と特上級クラスが戦ってるな。さて、どっちの回収を優先するべきか……)
霊力の流れから、蓮は相手と互角に渡り合っていることを悟る。そして、口角を釣り上げた。
(いいぞ、蓮。君はどんどん強くなるね!)
大丈夫だと判断し、跳躍。糸で加速して、風間の鳥に飛び乗った。
「隊長! 蓮が!」
「うん、多分一人で何とかなると思う。二人は観戦席へ。二年はどうしてる?」
「わかりませんが、戦っているような気配がします」
「オッケ。じゃ」
短い会話を終え、躍は飛び降りる。木の枝に糸を飛ばし、スイングで跳んでいく。樹木の間を抜けている内に、特上級らしい気配も消えた。
(勝ったのか! 今年の一年は素晴らしいぞ!)
だが、その霊力も弱まっているのも感じ取った。
(まずは蓮を回収しないと。二年は……翔が頑張っているね。これならモーマンタイだ)
鬱蒼と茂る森を駆け抜け、少し開けた場所で倒れている蓮を認める。
「おーい、生きてるー?」
返事はない。
(変身が解けている……霊力も体力もすっからかんだな。祝のところに連れて行かないと、死ぬな)
肩に担ぎ、走り出した。
◆
蓮は、不思議な光景を見ていた。風間がそのまま年を取ったような男が、泣きながら触れてくる情景。その男は腹を抉られ、もう長くないことを理解しているようだった。
「お前は……きっと、変われる」
嗄れ声がそう告げる。
「荒魂と言われようとも、必ず、誰かを救う力になれる」
死んでほしくない、という思いが心に流れ込んでくる。だが、男はそのまま倒れ、動かなくなった……。
それを最後に、蓮は次の景色を視界に収める。白い天井から、鈍色のレールが垂れ下がり、そこから白いカーテンが下がっている。
「起きましたか」
ベッドの横で、雪音が座っていた。
「ずいぶんと、無茶をしたようで」
呆れを声音に滲ませてはいるものの、彼女は確と蓮の手を握っていた。
「私があなたを巻き込まなければ、とは思うのです」
「戦うって決めたのは俺だよ。だから、俺が弱いのが悪い」
ギュッ、と握る手に力が籠る。
「右腕の霊力回路は、徐々に修復されていきます。ですが、何度も繰り返せば……」
「今日みたいな無理すること、多分ねえよ。だから安心しろって」
重い上体を起こす蓮は、暗い顔の彼女に笑いかけた。そこで、彼は心臓に痛みを覚えた。全身の血管が破裂するのではないか、という激痛に襲われる。
だが、雪音は大して吃驚した素振りもなく、そっと胸に手を添えた。
「すぐ消えます。我慢してください」
暖かな光が彼女の白い掌から発せられて、痛みを緩和していく。十五分もすれば、完全に消え去った。
「なんだ、今の……」
「説明したでしょう。私の血を高頻度で取り込み続ければ、血管に毒が溜まって、いずれこうなると」
「……わり、聞いてなかった」
深い溜息が、彼女の口から漏れ出る。
「人の話を聞かない癖、改めるべきですよ」
「そうだな。それで死んじまったら嫌だ」
雪音は、小さな声でそう言った彼の頭を抱き寄せた。
「あなたが望むなら、私はそれに応えます。できることは限られていますが、戦場に送り出している分は、いくらでも」
「なんで、雪音は狙われてんだ」
「私の血──血盟一族の血には、摂取することで、霊力回路を特定の形に作り変える特性があります。基本的に、通常の回路パターンよりも最適化され、一時的に術の出力を上げることが可能です」
そこまで言いながら、彼女は離れる。
「その回路パターンを夜海原の起動キーとすることで、安全性を確保しているのですが……夜海原は、私の血で作られる回路パターンのみを受け付けています。従って、夜海原を求める者は、私を手に入れるしかない」
「俺が生きてんなら、他の奴は使えないんだろ?」
「起動プログラムのプロテクトは厳重です。リバースエンジニアリングで解析しても、そこだけは突破が難しいようにしている……と聞いています」
聞く気になれば、一言一言は彼にとって難しくとも、言わんとするところは掴めた。
「要は、私と夜海原、二つが揃わない限り、敵にコピーされても完全に性能を引き出すことはできない、ということです」
「なるほどな……なら、俺と一緒なら出掛けることもできるのか?」
「……はい?」
「いや、ずっと寮にいるんだろ? 雪音がどんだけタフでも、気が滅入っちまう。だから、今度一緒に外行こうぜ」
雪音の真っ白な顔が、一気に赤くなる。
「デデデ、デートにはまだ早いですよ!」
「いや、別にそういうんじゃねーけど……」
初心なところを揶揄う前に、蓮には確かめておきたいことがあった。
「夜海原って、誰が作ったんだ」
「コホン」
咳払いから、次の言葉までの数十秒。
「……奥平。八鷹、奥平です」