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市民プール 二

 ビート板を持ってきて、蓮は雪音とゆっくり泳いでいた。だが、二人は突然に動きを止める。


「蓮」

「ああ。そうだな」


 プールを見下ろす丘から、ただならぬ気配を感じ取る。上がった蓮は、物陰に隠れてポーチに入れておいた血を流し込む。そのまま変身し、プールサイドに戻る。


「ヒーローショーかしら?」


 なんて声も聞こえてきた頃、サイレンが鳴った。


「妖魔の発生が確認されました。民間人の方々は急遽──」


 ざわつく晴天の下で、蓮は静かに丘を睨んだ。


『少しは寝かせろ』


 スサノヲの声が脳裏に響く。


「言ってらんねえだろ。色々使えるな?」

『……気が変わった。慧渡のガキを殺すのは止めだ。暫く文句は言わん』

「そいつは好都合だ。霊力寄越せよ」


 客に紛れていた隊員が、雪音の周りを固める。それなら安心だ、と彼は丘を見上げた。逃げ出す群衆の向こうに、大きなシルエットを認める。


(でかい気配の出所はあれだな。小さいのもいる……のか?)


 まだ細かい判別はできない。それでも優先順位をつけようとする。


(択、だな。どっちかと戦っている内に、もう片方がみんなとか雪音とか、後ろにいる人たちを攻撃すると見た)


 まだ距離があると判断した彼は、振り返る。


「雪音と、逃げる人たち、頼んだぜ!」


 返事を待たずに脚と手のレンズで霊力を爆ぜさせ、一気に高度を上げつつ前進する。


「石動、出力十五パーセント!」


 慣性で移動しながら、ジャーマンシェパードのような犬型妖魔が十体いるのを確認し、霊力砲を何度か放った。今まで全くできる気がしていなかった出力調整を、こうも容易く行える。スサノヲが邪魔をしていたのではないか、と彼は睨んでいた。


 斜面に着地。噛みついてくる猟犬の口に拳を叩き込み、また別の犬へぶつける。更に追い打ちとして貫手で纏めて穿った。


「次!」


 相手が向かってくるのを待つから、二択を迫られる。ならば、自分から向かえばいい。彼は、我ながら冴えているな、と誇らしく思った。


 だが、二本の角を生やした鬼が、そんな彼を相手にせずプールに向かおうとしていた。


「やらせねえよ!」


 加速し、前に躍り出る。そこから回し蹴りを食らわせて、無視できない存在だと主張する。


『チッ……ここにオレの断片はない。勝手に殺せ』


 急な翻心が何故のものなのか、蓮には推し得ない。だが、協力的になってくれたならそれでよかった。


 鬼の丸太のような腕が振り下ろされる。地面に下りる──と見せかけ、彼はその直前で横っ飛び。犬が丘を下ろうとしていたのだ。


 間に合うかどうか、と祈りかけた彼の前で、救いの光が一頭を貫いた。


「雑魚は片付ける。お前は本命をやれ」

「風間!」


 鳥にぶら下がっていた風間が、それを消して刀型妖魔を握る。やっぱ頼りになるのは友達だ、と独白した蓮は、鬼と向かい合った。


 鬼の攻撃は、乱打と言っていい。狙い澄ました様子もなく、手当たり次第に動かせる腕を動かしている、という具合だ。だが、その一撃一撃が、地を抉る。岩を叩き割る。


(直撃貰ったらスーツ越しでも死ぬかもな)


 そんな思考さえ脳裏を過る。


『舐めるなよ』


 それを読み取ったスサノヲが言う。


『この程度、屁でもない』

「んじゃ、頼りにするか!」


 見様見真似でボクシングのディフェンスをやってみる。腕をL字に曲げ、胸の前で立てる。真っ直ぐ飛んできた拳が、腕の装甲に着弾するその瞬間に、スサノヲがアーマーの強度を底上げした。


「おい! 今なんかやったろ!」

『はて……』


 しかし、彼自身の肉体に損傷はない。


「ま、いいか!」


 勝てるならそれでいい。


 高く跳躍し、鬼の頭に手刀を振り下ろす。バキッ、という音と共に、それは深くめり込んだ。蓮は腕を引き戻し、掌に霊力を集める。パルス──からのエルボー。頬に直撃だ。


 霊力パルスエンジンをどう活かすか、ということを考えた時、蓮はそれが掌にあることに着目した。半身の状態でそれを後方に向ければ、当然肘が前に出ていく。ならば、最も速度が乗る攻撃は、肘だ。


 結果、鬼は何歩もよろめき、隙を作る。そこへ、足払い。重い音を響かせながら仰向けに垂れた妖魔に、蓮は乗る。


「ぶっ飛べ!」


 顔に手を当て、石動。閃光と共に散った妖魔から離れ、プールの方に視線をやる。そこは、紅い結界に覆われていた。





 プールには、めかぶが派遣されていた。だが、突如として展開された紅い結界によって民間人の避難が阻止されただけでなく、上級らしい妖魔まで出現した。


「雪音さんたちはぁ、この結界からの脱出を優先してくださいねぇ」


 斧を担ぎ、四足歩行の妖魔に向かい合う。首はない。生えているならその辺りだろう、という地点に人の口があるだけだ。全身は黒い甲殻に覆われている。例外は、長い尾と口だけだ。相性が悪いな、と彼女は認識した。


 しかし、やるべきことは決まっている。結界の展開に気付いた本部が、結界術に長けた者を送り込んでくるのは確実だ。それまで、誰も死なせない。


(単純ですが、難しいですねぇ)


 大斧を構え、踏み切った。ジャンプから体重を乗せた一撃を繰り出す。唯一無防備な口を狙ったが、妖魔は姿勢を変えて背中の甲殻で受けた。傷もつかない。


 ダメージがあれば、めかぶの斧はそこから相手を侵食していく。それすらない、というのが苦しかった。


 着地の直前、妖魔は尾を振り抜いた。鞭のようなしなやかさと勢いで彼女を打ち、壁に叩きつける。


 だが、彼女はそれを利用した。尾が当たる瞬間、斧の刃で反撃していたのだ。毒によって傷口が広がっていく。


(でも、これだけじゃだめですねぇ)


 妖魔は尾を切り離し、何でもないように涎を垂らす。


「便利な体ですねぇ。でも、生やすことは難しいようで」


 落ちて灰になっていくテール。


(切り離した部位を操ったらどうしようかと思いましたが……そういうわけでもないようですねぇ)


 胴を隠すように斧を構えながらも、彼女は霊力探知を怠らない。この結界内に、他の妖魔はいない。だが、外の様子は全く掴めない。もし蓮と風間を殺して、外の妖魔が突入してきたら──そこまで考えて、やめた。無意味だ。


 妖魔が走る。それに応じて、めかぶも駆け出した。縮んでいく彼我の距離。噛み付かんと口を開けた妖魔。だが、彼女は跳んでいた。刃の反対側、ハンマーとなっている部位で甲殻を、叩き割った。


 響く鈍痛に堪えたのか、妖魔は呻き声を漏らした。一方で、めかぶは止まらなかった。再びプールサイドを蹴り、再生を始めた甲殻の隙間に刃をねじ込んだ。それを支点にして、回転からの離脱を試みた。


 しかし、抜けない。肉体を収縮させて斧を掴んでいるのだ。すぐさま得物を手放した彼女は、次の武器を召喚した。槍だ。


(空間は断絶されていない……なら、十分戦えますねぇ)


 重くなった体を動かして、妖魔が飛び掛かってくる。口を大きく開き、食おうとしている。そこに、彼女は槍を突き刺した。回収はやめ、今しがた放棄した斧を召喚する。


 痛みに悶える敵へ、斧で石突を叩いて、更に奥に槍を差し込む。ついに、貫通した。


 紫の体液が飛散し、落下するや否や、灰となって消えていく。本体もだ。


 勝利を確信しためかぶは座り込む。それと同時に結界が解けた。そして、蓮と風間がやってくる。


「めかぶ!」


 名前を呼びつつ、蓮は彼女を風間に任せ、雪音を探しに行った。


「雪音さんなら、プールを出たと思いますよぉ」

「助かる!」


 翌日の朝刊の一面を飾ったのは、『白虎仮面』というヒーローの写真だった。


「当たり前だろ、誰かを守るために俺はいるんだから」


 という言葉を添えて。


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