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今朝は少し寝坊してしまったから、ちょっと小走りで登校する羽目になった。
ハザードマップの事で、色々とネットで調べて夜更かしをしたからだ。
──まあでも間に合ってよかった
自分の席について、鞄から教科書を取り出そうとしていた時だった。
「おはようございます、御堂君」
振り返ると、眞原井さんが立っていた。
いつも通りの完璧な制服姿で、長い髪が朝日に照らされて艶やかに輝いている。
僕は思わず緊張してしまった。
「お、おはようございます」
なぜか敬語になってしまい、慌てて頭を下げる。
まるで上級生に挨拶するみたいな動作だった。
──なんでこんなに緊張してるんだろう
自問するが、答えはすぐに出た。
ボッチ気質がしみ込んでいるからである。
正直なところ、僕に「おはよう」って声をかけてくれる人なんて、祐以外にはいない。
自分で言ってて虚しくなるけど、それが現実だ。
だから眞原井さんみたいな、クラスでも注目される人から挨拶されると、どう反応していいか分からなくなる。
「ええ!?」
眞原井さんが目を丸くした。
「な、なんだかやけに他人行儀ですわね。あんな事まで一緒に経験した仲だというのに」
その言葉が教室に響いた瞬間、周囲の空気が変わった。
「え、なになに?」
「眞原井さんと御堂が一緒に何かあったの?」
「まさか二人で……」
クラスメイトたちがひそひそと囁き合い始める。
好奇の視線が一斉に僕と眞原井さんに集まった。
顔が熱くなるのを感じる。
「そ、そうだね、ええとじゃあ普通に話すね!」
僕はなんだかいたたまれない気持ちになり、慌てて平気な風を装おうとした。
でも声が上ずっているのは自分でも分かる。
眞原井さんはそんな僕を見て、くすりと意味深な笑みを浮かべた。
「あら、もしかして照れていらっしゃるの?」
その言葉に、周囲のざわめきが一段と大きくなる。
僕は助けを求めるように周囲を見渡したけれど、誰も助けてくれそうな人はいない。
むしろみんな面白そうに成り行きを見守っている。
──これが日常会話ってやつなんだろうか
多分そうなんだろう。
でも、この後どうすればいいんだろう。
何を話すべきなんだろうか。
天気の話?
今日の授業について?
心霊話はやめとこう、朝からする話じゃない。
頭の中で必死に話題を探していると──
「よう、聖!」
教室のドアが勢いよく開き、祐が入ってきた。
いつも通りの爽やかな笑顔で、でも僕の隣に立つ人物を見て一瞬動きが止まる。
「……と、アリス!」
「いきなり下の名前で呼ばないでくださる?」
眞原井さんが眉をひそめて祐を睨む。
でも祐は全然堪えた様子もなく、にやりと笑った。
「ああ、悪い! でもよ、その様子だと聖と友達になったんだろ?」
「そうですわね」
眞原井さんがあっさりと認める。
僕の胸がどきりと高鳴った。
──友達
その言葉が妙に嬉しい。
「だったら俺とも友達って事になる」
祐が当然のように言い切る。
「なぜ!?」
眞原井さんが驚いたように声を上げた。
祐はしれっとした顔で僕を指差す。
「聖はどうなんだ? 俺とアリスがバチバチといがみあっているほうがいいか? それとも友達として仲良くしていたほうがいいか?」
「え!?」
突然話を振られて困惑する。
「そ、そりゃ喧嘩なんかしてほしくないけど……」
なんだか誘導されたような気がしないでもない。
眞原井さんは呆れたようにため息をついた。
「佐原君は詐欺師の素質がありますわね」
そして僕の方を見て、少し同情するような目をする。
「可哀そうに、御堂君……こんな調子でこの男に好き放題されているのですね」
呆れ半分、冗談半分といった感じの口調だった。
でも、その言葉には不思議な親しみがこもっている気がした。
僕は思わず心の中でつぶやく。
──こ、これはもしかして
僕に祐以外の友達ができたってことなんだろうか!?
そんな単純なことなのに、胸の奥がじんわりと温かくなった。