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第16話「日常②(聖、佐原 裕、眞原井 アリス)」

 ◆


 今朝は少し寝坊してしまったから、ちょっと小走りで登校する羽目になった。


 ハザードマップの事で、色々とネットで調べて夜更かしをしたからだ。


 ──まあでも間に合ってよかった


 自分の席について、鞄から教科書を取り出そうとしていた時だった。


「おはようございます、御堂君」


 振り返ると、眞原井さんが立っていた。


 いつも通りの完璧な制服姿で、長い髪が朝日に照らされて艶やかに輝いている。


 僕は思わず緊張してしまった。


「お、おはようございます」


 なぜか敬語になってしまい、慌てて頭を下げる。


 まるで上級生に挨拶するみたいな動作だった。


 ──なんでこんなに緊張してるんだろう


 自問するが、答えはすぐに出た。


 ボッチ気質がしみ込んでいるからである。


 正直なところ、僕に「おはよう」って声をかけてくれる人なんて、祐以外にはいない。


 自分で言ってて虚しくなるけど、それが現実だ。


 だから眞原井さんみたいな、クラスでも注目される人から挨拶されると、どう反応していいか分からなくなる。


「ええ!?」


 眞原井さんが目を丸くした。


「な、なんだかやけに他人行儀ですわね。あんな事まで一緒に経験した仲だというのに」


 その言葉が教室に響いた瞬間、周囲の空気が変わった。


「え、なになに?」


「眞原井さんと御堂が一緒に何かあったの?」


「まさか二人で……」


 クラスメイトたちがひそひそと囁き合い始める。


 好奇の視線が一斉に僕と眞原井さんに集まった。


 顔が熱くなるのを感じる。


「そ、そうだね、ええとじゃあ普通に話すね!」


 僕はなんだかいたたまれない気持ちになり、慌てて平気な風を装おうとした。


 でも声が上ずっているのは自分でも分かる。


 眞原井さんはそんな僕を見て、くすりと意味深な笑みを浮かべた。


「あら、もしかして照れていらっしゃるの?」


 その言葉に、周囲のざわめきが一段と大きくなる。


 僕は助けを求めるように周囲を見渡したけれど、誰も助けてくれそうな人はいない。


 むしろみんな面白そうに成り行きを見守っている。


 ──これが日常会話ってやつなんだろうか


 多分そうなんだろう。


 でも、この後どうすればいいんだろう。


 何を話すべきなんだろうか。


 天気の話? 


 今日の授業について? 


 心霊話はやめとこう、朝からする話じゃない。


 頭の中で必死に話題を探していると──


「よう、聖!」


 教室のドアが勢いよく開き、祐が入ってきた。


 いつも通りの爽やかな笑顔で、でも僕の隣に立つ人物を見て一瞬動きが止まる。


「……と、アリス!」


「いきなり下の名前で呼ばないでくださる?」


 眞原井さんが眉をひそめて祐を睨む。


 でも祐は全然堪えた様子もなく、にやりと笑った。


「ああ、悪い! でもよ、その様子だと聖と友達になったんだろ?」


「そうですわね」


 眞原井さんがあっさりと認める。


 僕の胸がどきりと高鳴った。


 ──友達


 その言葉が妙に嬉しい。


「だったら俺とも友達って事になる」


 祐が当然のように言い切る。


「なぜ!?」


 眞原井さんが驚いたように声を上げた。


 祐はしれっとした顔で僕を指差す。


「聖はどうなんだ? 俺とアリスがバチバチといがみあっているほうがいいか? それとも友達として仲良くしていたほうがいいか?」


「え!?」


 突然話を振られて困惑する。


「そ、そりゃ喧嘩なんかしてほしくないけど……」


 なんだか誘導されたような気がしないでもない。


 眞原井さんは呆れたようにため息をついた。


「佐原君は詐欺師の素質がありますわね」


 そして僕の方を見て、少し同情するような目をする。


「可哀そうに、御堂君……こんな調子でこの男に好き放題されているのですね」


 呆れ半分、冗談半分といった感じの口調だった。


 でも、その言葉には不思議な親しみがこもっている気がした。


 僕は思わず心の中でつぶやく。


 ──こ、これはもしかして


 僕に祐以外の友達ができたってことなんだろうか!? 


 そんな単純なことなのに、胸の奥がじんわりと温かくなった。

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