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第14話「日常⑬(聖)」

 ◆


 夕食後、部屋に戻った僕は机に向かった。


 クロは洗面器の中にはいない。


 机の下を見てみる──いない。


 ベッドの下──いない。


「ということは……」


 僕は天井の一角を見た。


 すると天井にべったりはりつくクロの姿。


 僕がクロを見つけると同時に、クロはべちゃりと床に落ち、洗面器の中に収まった。


 ちょっとしたかくれんぼだ。


 ここ最近、クロとはこうして戯れているというか、構っているというか。


 スマホを手に取り、いつものようにネットを開く。


 異常領域情報交換スレッドをチェックしてから、ふと思い立って検索窓に「異能 分類」と入力してみた。


 すると、今まで見たことのない掲示板へのリンクが表示された。


『異能総合研究板』


 ──こんなのあったんだ


 タップして開いてみる。


 ◆


【異能分類理論スレ Part.43】


 1:理論屋@管理人

 異能の分類について議論するスレです

 各国の分類法、学術的アプローチ、実践的分類など

 建設的な議論をお願いします


 2:千里眼持ち

 また分類論争か

 何回目だよ


 3:炎使い見習い

 >>2

 永遠のテーマだからな

 統一見解なんて出るわけない


 4:学術派@T大

 最新の論文読んだ? 

 欧州式の七分類法が主流になりつつあるらしい


 5:実践重視派

 >>4

 現場じゃ使い物にならんよ

 結局は「戦闘向き」「非戦闘向き」の二分類で十分


 6:炎使い見習い

 >>5

 雑すぎワロタ


 ◆


 他の掲示板とは少し様子が違っていた。


 なんというか、他の掲示板では皆異能の事を話すにせよ、核心的な事は話さないというか──自分の能力についてあけっぴろげに何もかも話したりはしなかった。


 掲示板の方針でもそういう事は避けてくださいと注意書きがある。


 というのも、簡単に個人の特定につながってしまうからだ。


 そうなると質(たち)の悪い人や組織に目をつけられてしまう可能性もある。


 でもここでは違う。


 誰もかれもがあけすけだった。


 ◆


 23:元研究員

 基本的な分類を整理すると


【物理干渉系】

 ・サイオニック:精神力で物理現象に干渉

 ・キネティック:エネルギーの生成・操作


【非物理系】

 ・ソーサリー:儀式・触媒を用いた術式

 ・スピリチュアル:霊的存在との交感


【特殊系】

 ・プレコグニション:未来予知

 ・メタモルフォーゼ:変身・変質


 これが日本で一般的な六分類


 24:千里眼持ち

 >>23

 俺の能力どこに入るんだよ


 25:元研究員

 >>24

 千里眼は広義のサイオニック

 ESP(超感覚的知覚)のサブカテゴリ


 ◆


 スレッドをさらに読み進めていくと、奇妙なやり取りが目に入った。


 ◆


 76:新参者

 この板、普通に検索しても出てこなかったんだけど

 なんで見つけられたんだろ


 77:古参

 >>76

 管理人の能力だよ

「探す意志」を感知するらしい


 78:新参者

 >>77

 え? どういうこと? 


 79:古参

 >>78

 本気で異能について知りたいと思って検索すると

 管理人の異能が反応して表示される仕組み

 変な奴が入り込むこともないよ


 80:新参おぢ

 ところで、何か変な感じしない? 

 さっきから読んでて違和感あるんだけど


 81:古参2

 >>80

 ああ、気づいたか

 これも管理人の能力


 82:新参おぢ

 >>81

 どういうこと? 


 83:古参2

 >>82

 単なる自動翻訳じゃないんだよ

「意味」そのものが伝わってくる


 84:別の新参

 >>83

 意味そのもの? 


 85:アメリカ東海岸

 >>84

 例えば俺が「It's raining cats and dogs」って書いても

 君には「土砂降りだ」って伝わるだろ? 

 直訳の「猫と犬が降ってる」じゃなくて


 86:新参おぢ

 >>85

 確かに「土砂降り」って読めた! 

 でも自動翻訳でもそれくらいは……


 87:ロシア文学者

 >>86

 じゃあこれは? 

「Первый блин комом」


 88:別の新参

 >>87

「何事も最初はうまくいかない」? 

 なんでこんな意味が頭に浮かぶんだ


 89:ロシア文学者

 >>88

 直訳は「最初のブリヌイは塊になる」

 ロシアの諺だ

 文化的背景まで理解できてる


 90:古参

 >>88-89

 そう、管理人の能力は「概念伝達」

 言葉じゃなく、意味そのものを伝える


 91:インド哲学者

 >>90

 面白い例を出そう

「तत् त्वम् असि(タット・トヴァム・アシ)」

 これが何を意味するか分かる? 


 92:新参おぢ

 >>91

 えっと……「それは汝である」? 

 いや違う、もっと深い意味が……

 宇宙と自己の一体性? 


 93:インド哲学者

 >>92

 素晴らしい! 

 ウパニシャッドの核心概念を理解してる

 普通なら何年も勉強しないと分からない


 94:言語学者

 >>91-93

 これはすごい

 言語化困難な哲学的概念まで伝達できるのか


 95:新参おぢ

 頭の中に直接意味が流れ込んでくる感じ

 ちょっと気持ち悪いかも


 ◆


 僕は息を呑んだ。


 今日アリスと異能の分類について話して、本気で知りたいと思ったから見つけられたのか。


 管理人の異能が僕の「探す意志」を感知したってことか。


 変な奴が入り込む事がない──ってことは、セキュリティも万全ってことなのかな? 


 ◆


 112:哲学的新参

 でも怖くない? 

 自分の考えが丸裸にされるみたいで


 113:古参5

 >>112

 安心しろ

 書き込んだ内容だけが伝わる

 思考を読まれるわけじゃない


 114:北欧神話研究者

 >>112

 むしろ素晴らしいと思う

 例えば「ラグナロク」の本当の意味を

 北欧人以外にも正確に伝えられる


 115:日本人

 >>114

「世界の終わりと再生」みたいな? 

 いや、もっと複雑な……

 神々の黄昏、運命の終着点、でも希望もある? 


 116:北欧神話研究者

 >>115

 完璧だ! 

 ニュアンスまで伝わってる


 ◆


 読んでいるうちに、不思議な感覚に襲われた。


 書き込みを読むたびに、その人の意図や感情、背景にある文化まで理解できる。


 まるで長年の友人と話しているような親近感。


 でも実際は、世界中の見知らぬ人たちなんだ。


 ◆


 117:アラビア詩人

 詩の韻律や言葉遊びはさすがに無理だろう? 


 118:古参6

 >>117

 形式は伝わらないが

 詩に込められた感情は伝わるよ


 119:アラビア詩人

 >>118

(アラビア語で詩を書き込む)


 120:作業員

 >>119

 砂漠の……孤独? 

 いや、孤独の中の充足感

 言葉にできない何かが伝わってくる


 121:アラビア詩人

 >>120

 يا الله! (なんということ!)

 詩の魂が伝わっている! 


 ◆


 僕も何か書き込んでみたくなった。


 でも、何を書けばいいんだろう。


 画面を見つめながら、しばらく考え込んでしまった。


 最後に気になるスレッドを開く。


 ◆


【相談】異能が覚醒しない【助けて】


 1:覚醒したい人

 23歳だけどまだ異能がない

 もう手遅れ? 


 2:遅咲き異能者

 >>1

 俺は28で覚醒した

 諦めるな


 3:トレーナー

 >>1

 どんな訓練してる? 


 4:覚醒したい人

 >>3

 瞑想、イメトレ、呼吸法

 全部やってる


 5:トレーナー

 >>4

 系統が合ってない可能性

 サイオニック向けの訓練してない? 


 6:覚醒したい人

 >>5

 そう言われてみれば……

 他の系統の訓練って? 


 7:トレーナー

 >>6

 キネティック系なら肉体強化から

 ソーサリー系なら知識の蓄積から

 人によって入り口が違う


 ◆


 ──これだ


 僕は身を乗り出した。


 まさに今日アリスが言っていたことと同じだ。


 系統によってトレーニング方法が違う。


 自分に合った方法を見つけることが大切。


 今まで僕がやってきたのは、全部サイオニック向けの訓練だったのか。


 だから何年やっても結果が出なかった。


 でも、もしかしたら……


 時計を見ると、既に深夜一時を過ぎている。


 ──もう寝ないと


 明日はアリスとのトレーニングがある。


 この掲示板で得た知識を活かせるかもしれない。


 世界中の人々が、言葉の壁を超えて異能について語り合える場所。


 そこに僕もアクセスできたということは、きっと何か意味があるはずだ。


「おやすみ、クロ」


 声をかけると、クロがぷるりと震えた。


 ベッドに入りながら考える。


 明日からの訓練が、少し楽しみになった。


 ◆◆◆


 深夜。


 で、青いスーツに身を包んだ初老の男が車椅子に座っていた。


 彼がどこにいるのか、それは誰にも分からない。


 東京の裏路地かもしれないし、ニューヨークの高層ビルかもしれない。


 あるいはロンドンの古い屋敷か、カイロの砂埃舞う街角か。


 どこにでもいるし、どこにもいないとも言える。


 男は複数のモニターに囲まれていた。


 その画面には『異能総合研究板』の活動が映し出されている。


 彼はなぜ自分がその様な掲示板を運営しているのか、なぜ自分にそんな異能が備わっているのかを知らない。


 忘れてしまったのだ。


 それほどからこんなことをしているという事だ。


 ただ、使命感のようなものはある。


 それは“祝福”をより多くの者に自覚させようというもの。


 本来人には“力”が備わっているのだ。


 今はただ忘れてしまっているだけで。


 しかし忘れているというのは無いのと同じだ。


 それではいけない。


 なぜならば“祝福”が無ければ人は──


 人は──? 


 男はそれも忘れてしまった。


 だが男にとってそんな事はどうでもよい事で、すぐに掲示板の監視に意識を向けた。



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