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第28話「日常⑳(聖、佐原 裕、眞原井 アリス)」

 ◆◆◆


 聖の異能は、日を追うごとに確実に成長していた。


 あの公園での一件から数週間、彼は眞原井アリスと佐原裕という二人の友人に付き添われながら、幽世の者たちとの交流コンタクトを重ねていった。それは時に穏やかな対話であり、時に危険を孕む事もあった。


 朝の登校路で出会った蝶。黒い羽を震わせながら聖の周りを舞っていた。普通の蝶とは違い、その羽から零れ落ちる鱗粉は、触れた者に一時的な記憶の混濁をもたらすという。


 聖がその存在に気付いて立ち止まった時、隣を歩いていたアリスがすかさず聖水の霧を噴霧した。


「この程度なら害はありませんが、念のため」


 アリスの的確な判断と素早い対処。それは聖にとって何よりも心強い支えだった。

 別の日には、公園の前で老婆と遭遇した。顔中が皺だらけの老婆の姿をした怪異は、近づく者の生気を吸い取るという。


 聖は恐る恐るその老婆に話しかけてみたが、会話は成立しなかった。

 老婆は意味不明な呻き声を上げるばかりで、徐々に聖へと近づいてくる。


「聖、下がれ!」


 裕の炎が老婆を包み、アリスの剣がとどめを刺した。二人の連携は見事なものだった。


 聖は決して一人で幽世の者たちと接触しようとはしなかった。自分にはお姉さんがいる、傘の少年もいる──だからといって、それを過信することは決してなかった。


 彼の心の奥底には、誰にも明かさない──というより、無意識的に常に思う事があった。

 それはが揃えば、みんな自分から去っていくのだろうという諦念である。


 それは聖の心に刻まれた傷のようなものだった。

 だからこそ聖は求める。自分を守ってくれる存在を。

 一人でも多く、より多く。


 その強欲な願いこそが、彼の“力”の根源なのかもしれない。


 ◆


 僕は商店街の片隅で、浮遊霊を見つけた。

 半透明の人影が四つ。大人が二人、子供が二人。手を繋いで、じっと佇んでいる。


 家族だ。

 それがすぐに分かった。


「御堂君?」


 アリスが僕の視線を追って、その存在に気付く。


「また見つけたのか……って、大分薄くなってるな」


 裕も振り返った。

 僕は頷いて、ゆっくりとその家族に近づいていく。

 いつもの手順だ。まず相手を理解しようとする。

 何を求めているのか、なぜここにいるのか。

 集中すると、断片的なイメージが流れ込んできた。


 楽しかった日々。

 朝食のテーブル。

 子供たちの笑い声。

 そして──


 激突音。

 ガラスの破片。

 血の匂い。


 交通事故だった。家族全員が巻き込まれて、誰一人助からなかった。

 え漂っている。



 不幸だ、と思う。

 ただ家族全員で逝けたことが、不幸中の幸いなのかもしれない。


 でも、このままじゃいけない。

 最近勉強したことだけど、浮遊霊は変化へんげしやすい。特に強い感情を持った霊は、ちょっとしたきっかけで悪霊化してしまう。

 もし家族の誰か一人でも悪霊になったら、残りの家族もそれに引きずられて──


「あの」


 僕は静かに話しかけた。


「このままだと、危ないんです」


 家族の浮遊霊たちが、ゆらりと僕の方を向いた。顔はぼんやりとしているけど、確かに僕の言葉を聞いている。

 言葉はどうでもいい……とまではいかないけれど、イメージが大事だ。

 このままだとどうなってしまうかをイメージし、それを言葉に乗せる。


「僕と一緒に来ませんか?」


 僕が心からの言葉で語りかけると、家族は納得してくれた。

 僕の内へ留まることを、そして出来るだけでいいから僕を守るために力になってくれることを。


 両手を広げる。


「ば、馬鹿!」


 裕が慌てて駆け寄ってくるけど、大丈夫だ。

 "この人たち"は僕を害そうとはしない。なんとなく、それが分かる。

 四つの人影が、ふわりと浮かび上がった。そして吸い込まれるように──いや、実際に吸い込まれているんだろう──僕の体の中へと入っていく。



 全てが終わった時、裕は僕のことを心配そうな目で見ていた。


「聖、お前大丈夫か……?」


 もちろん大丈夫だ。むしろ体調がいいほどだ。

 また四人、僕を守ってくれる人が増えたし。


 それにしても、生身の人たちともこうしてコミュニケーションが取れればいいのにと思う。昔からそれが苦手で、僕はなかなか友達が作れない。

 今はそうじゃないと分かってはいるけれど、裕やアリスは僕が"無能者"だと言われていた時から仲良くしてくれている。

 凄く良い友達だと思う。


 僕は裕を見た。

 彼が違う目で僕を"視"ていることは最近分かった。

 どんな目かって? それは──なんというか、心配とも違う、同情とも違う、もっと複雑な何か。

 一言でいえば……いや、だろうか。


 でも悪い理由とかじゃない。

 僕に対して悪意を持っているとかじゃない。

 ならどんな理由だってかまわない。


 僕はそう思って、裕に微笑んだ。


「ありがとう、心配してくれて」


 裕は一瞬戸惑ったような顔をして、それから照れくさそうに頭を掻いた。


「べ、別に心配なんかしてねーよ」


 そんな裕の反応が、なんだか可笑しくて。


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