私、女神ですから。
欲しいものは、全部手に入れて当然なんです。
——許してくれますよね?星くん。
「もう限界、仕事辞める……絶対辞めてやる」
夜10時、公園。
俺(朱野 星)は、ベンチで空を見上げていた。
「こんなに綺麗な星空は初めてだな、最近は毎日下ばかり見てたし、流れ星の一つでも見つけてから帰るか」
猫背だった腰を「ぐっ」と伸ばし、ひと息つきながら夜空を再び見上げる。
〜30分経過〜
「流れ星、全然来ない……まぁ、仕事の残業よりはマシか」
小さい頃はすぐに見つけて、願いごとを叫んでいたのに。ここまできたら、流れ星にたまりに溜まった願いを叶えてもらうか。
さらに10分ほど、夜空を見上げていると細い光の糸が見えた。
「——来た!仕事辞めたい!休みたい!メイドさんに癒されたい!お金と彼女がほしい!長生き!イケメンになりたい!無視されたくない。異世界に行きたい!!」
よし、全部言ったぞ……!!
「はぁ、こんな大声で叫んだのいつぶ——」
独り言を呟いている途中で女性の笑い声が後ろから聞こえた気がした。
え、待って、叫んでるの聞かれた?やばい、恥ずかしすぎる......
慌てて辺りを見渡すが誰もいなかった。
「い、いないよな?」
聞かれてたら、絶対、不審者扱いで通報される。誰かに会う前に早く、ここを離れよ。
帰り際ふと空を見上げると、先ほどよりも太く長くなった金色の光が俺に狙いを定め向かってきていた。
「——は?」
その瞬間、金色の光に包まれた。
目を覚ますと、そこは真っ白だった。地面も空も、白以外の色がついていない世界。
「なんだこの終わってる場所……」
「随分なものいいですね、朱野星さん。ここは私の家ですよ?」
声の主は、まばゆい光の向こうから静かに歩み出てきた。
金色の髪が光をまとい、白の衣が空気と共に揺れる。その姿は現実離れしていて、目を逸らすことができないほどの美しさを放っていた。
彼女の視線が合った瞬間、心の奥まで覗き込まれたような気がした。
「え、すみません、あまりにも何もなかったので……」
思わず、言い訳めいたことを口にしてしまった。目の前の彼女の迫力に少し押されながらも疑問に思ったことを尋ねる。
「なんで俺の名前を知っているんですか……?」
なんだ、この人、誰だ?どこから現れた?
「あら、自己紹介がまだでしたね。私は女神ヴィーナスです。星さんの疑問もこれで充分ですよね?」
ヴィーナス?……女神ヴィーナス? いや待て、神って言ったよな今!?
だから、俺の名前も知ってると……
ありえない、神様が実在するとしても俺の目の前に現すなんて、疲れすぎているんだ俺、これは夢だな……と考えていると、
目の前の女神?が口を開く。
「信じられませんか?星さん」
え、俺、顔にでてたか?少し、不機嫌になってるし。でも、いきなり女神を名乗られても信じられるわけないだろ
目の前の女性はにっこりと微笑んで俺に提案してくる。
「ふふ、信じられないなら、ここに来る前に叫んでいた願いを全部言ってあげましょうか?どうしますか変質者さん?」
——変質者!?いや、叫んだけど、そこまでだった?確かに、夜中にあんなにハーレムだのメイドだの叫んでたら……変質者か
いや、今は、そんなことどうでもいい、あの場には、絶対誰もいなかったはずだ。
——待って、この声、公園で聞いたぞ。
「あら、笑っていたの聞こえてましたか?」
今、口に出してないよな?心の中を覗けるの!?
ヴィーナス様は微笑みながら続けた。
「はい、とても楽しそうに笑っている声が聞こえましたから」
てか、今もずっと笑ってるじゃん。
少し、目の前の女性を恨めしそうに見つめる。
「ごめんなさい、夜遅くに男性が空を見上げて突然叫ぶ光景なんて、あまり見れませんからつい笑ってしまいました」
……本当に見られてた。
言葉が出なかった。
あの奇行を見られてたという事実に、耳の後ろまで熱が広がるのがわかった。
切り替えろ俺!もうこの際、神様なのはいい、
なんで俺が神様の前に……?
今の俺って……もしかして、最悪な可能性が脳裏によぎる。
「———女神様……その、俺……なんでここに?まさか、死んだ……とか……?」
背筋がひやりとする。ベンチで死ぬとかあんまり過ぎる、今月ボーナスなのに……
「そこ気にするんですか?」
この女神、ボーナスの大事さがわかってない?
「わかるわけないじゃないですか!ボーナス談義はめんどくさいのでしません、いいですか、星さんは死んでいません」
女神の一言に俺はほっと胸を撫で下ろす。
「じゃあなんで、ここに?」
「あんなにみっともなく願いを叫んでいたからつい連れてきちゃいました」
女神は含み笑いを浮かべ得意げに胸を張った。
「ふふ、叶えてあげますね!……一部だけ、ですけど」
なにか、最後ボソッと行ったような?
「……最後何か言いました?」
「ふふ、いいえ、何も」
にっこり微笑んだ女神の顔がどこか悪魔のように見えた。