1.
少し気になる男の子がいる。
だけど、これが恋愛感情だとは思わないし、思いたくもない。
誰と誰が付き合っているとか、誰が誰のことを好きだとか、そういう話は品がないと思っているし、そもそも『好き』の気持ちを『恋愛』のひと言でまとめてしまうのも気に入らない。
そういうのってなんだかなあ。
なんてことを思いながらも、気になる男の子がいるのは否定できない。
それがその男の子の名前である。
率直な印象で言えば『少し変わった男の子』という感じだ。妙に落ち着いているし、喋っている内容が少しずれている。でも、それ以外は特にない。
身長は高くも低くもなくて、少し変わってこそいるが、穏やかな男子生徒。
姫子の好みで言えば、テレビドラマに出ている俳優さんみたいな線の細い男性が好みであって、如月貴石というあの男の子には好みの要素なんてどこにもない。
ない――はずだった。
一年前の秋頃。
きっかけとも言える出来事があった。
その日、放課後に友達と喋っていて、ちょっとした拍子に口論になった。何を話していてそうなったのか、会話の内容までは憶えていないが、お互いに手が出てしまった……。
姫子は友達の顔面を引っ叩いたし、友達は姫子の髪の毛を引っ張った。
最終的に、その友達は暴言を吐き捨てて帰って行った。
教室に取り残された姫子。床には取っ組み合いになったときにぶちまけた筆箱の中身が転がっている。薄暗くなりつつある、誰もいない教室。
姫子は下を向いて、立っていた。
こうしていないと泣いてしまいそうだったからだ。
そんなとき、たまたま如月貴石が教室に
扉が開く音で顔を上げた姫子と、如月の目が合った。
「…………」
「――――」
相手は何も言わなかったし、自分は声が出なかった。
これはまずい、と思った。これがいじめの現場だと誤解されたら大変なことになる……。ちょっとした喧嘩なのに、そんなふうに誤解されて、騒ぎになったら仲直りが難しくなる……。
あたふたとする姫子。
わけを説明しようとするも、しどろもどろだ。
「…………」
と、如月は何も言わず床に散らばっている筆記具を拾い始めた。
そのとき、ぐっと堪えていたものが
声を出して泣くようなことはなかったけれど、ぽたぽたと涙が床に落ち始めた。そんな様子を見ても、如月は騒ぐこともなく、落ち着いた様子で椅子に座るように促してきた。促されるまま椅子に座ると、隣の席から椅子を引っ張ってきて、如月も座った。
「何かあったんですか?」
と、そこでようやく如月が訊ねてきた。
思いっきり泣いたおかげか、少し落ち着きを取り戻していた姫子はさっきの出来事を話した。それを彼は否定も肯定もせず、ただ頷いて聞いてくれた。
家に帰るときも、途中まで送ってくれた。
あとになって彼は自転車通学だと知った。決して近くない距離をわざわざ歩いて送ってくれたことに気づいた。きっと見送ったあと、自転車を取りに学校まで戻っている。
なんというか、その距離感が嬉しかった。
姫子と喧嘩した友達を批難するわけでもなく、仲直りの手助けをするわけでもなく、ただそのときに、誰かに話を聞いてほしいときに、話を聞いてくれたというのが姫子にとって、ただただ嬉しかった。
その日からだ。
彼のことが気になるようになったのは、きっとその日からだ。