2.
二年生に進級したとき、
それから二ヶ月が経ったある日のことである。
六月二十一日木曜日。
この日の六限目の授業は英語だった。英語を担当している先生はやる気のない初老の男性で、声は小さくて言っていることがあまり聞き取れない。
『期末テストの範囲をおさらいしているから』と真面目に授業を受けていたけど、だんだんと集中力も切れてきて退屈にさえ感じ始めた。せめて授業を受けている態度くらいは取ろうとしていた板書さえも飽きてきた。
声は聞こえていないし、黒板はすぐに消されるし……。
そもそも、こんな適当な授業をしているんだ。真面目に受けているのが馬鹿らしく思えてくる。
「…………」
姫子はいつもの癖で、如月のいるほうに視線を泳がせる。
彼はじっと窓の外を見ていた。物思いにふけるように空を見ているとかではなく、中庭のほうをじっと見つめている。
授業を聞くでも、板書をするでもなく、彼はじっと窓の外を見ていた。
「…………?」
姫子の席は教室の真ん中のほうにあるので、中庭の様子は見えない。
気になる……。
彼がいったい何を見ているのか、とても気になる。
とはいえ――授業中である。いつまでも如月のほうを見ているわけにもいかない。黒板のほうに視線を向けると、ちょうど真っ白(黒板だから真っ黒?)になったところだった。
とりあえず、今から書かれる内容だけでも板書して、授業を追いかけよう。
来週には一学期の期末テストが始まる。
そのことを考えると気が重い……。
姫子の成績は決して悪いわけではないし、授業についていけていないわけでもない。それでも、やはりテストと言われると気分は重くなるものだ。
そうこうしているうちにチャイムが鳴った。体感的にはかなり長かった六限目がようやく終わった。帰りの用意をしていると、担任の先生が教室に這入ってきて、ショートホームルームがおこなわれた。それも終われば、放課後である。
テスト期間ということもあって、今日からテストが終わるまでは部活動のほとんどが休止ということになる。普段は部活動に行ってしまう友達と教室で談笑をしていたら、『友達の家でテスト勉強をしよう』という話になった。
姫子は友達と一緒に教室から生徒玄関まで降りてきた。ふたりは靴を履き替えて、生徒玄関から外に出る――出たところに如月がいた。
玄関部分からちょっと離れたところにある壁に背中を預けて立っている。
姫子はそんな彼のことを見る。彼の視線は中庭のほうに向けられていて、こちらに気づく様子はない。
そういえば、六限目のときも中庭のほうをじっと見ていた……。
何か、あるのだろうか? 中庭に。
声をかけようと思ったが、友達が校門のほうに歩いていくのを見て、慌てて追いかけた。その途中で振り返ってみたとき――如月と目が合った。
「あっ」
すると、こちらに気づいたようで、軽く手を振ってくれた。
姫子もそれに小さく手を振り返した。
その少しのやり取りが、彼女の心を温かくさせる。
「どうしたの? なんか嬉しそうだけど?」
「別に、なんでもないよ」
明らかに浮かれた調子で、隣を歩く友達に返した。
それから友達とは『今日の授業のこと』とか、『テスト勉強のこと』とか、『夏休みにどこか遊びに行こうか?』とか、そんな話をしながら帰り道を歩いていた。
そんな帰り道、自分たちが帰ろうとしている方向から走ってくる人物がいた。
眼鏡をかけているボブカットの小柄な女子生徒だった。その女子生徒は慌てた様子で、駆け足で隣を通り過ぎて行った――
「…………」
姫子の浮かれていた気持ちは、冷や水を浴びせられたかのように一気に冷たくなっていた。
あの女子生徒とは直接の面識はない。
でも、姫子は知っている。
小柄で下級生にも見えるが、あの人は三年生の先輩だ。
名前は
「慌ててどうしたんだろうね、忘れ物かな?」
「さあね、何だろうね」
と適当な相槌を返しながら、姫子は思う。
(あれは――きっと如月のところに行ったんだ)
確証はないが、そんな気がした。
如月貴石と壮生蒔絵。このふたりが、放課後とか図書室とか、そういう場所でふたりっきりで話をしているところを何度か見かけている。
(あのふたりは――)
思わず
(こっそりと付き合っているんだろうか……)
なんて考えた。
そういう浮ついたことを考えたり
(したくない。したくないけど……)
頭の中で、勝手に考えてしまう。
それでこんなふうに、いつも少しだけ落ち込んでしまうのだった。