7.
「いますよね? そういう魔法使い」
街灯の下に立っている
さっきまで警戒していた
「い、いませんよ……。東くんにしても、桑原さんにしても、伊勢さんにしても……」
「その三人ではなく」
思井は
「心当たりはないですか? わたし、
わざとらしく靴底を鳴らしながら、
ベンチに座ったままの如月の前に立つ。立っている思井のほうが目線は上にある。
「こんばんは、如月さん」
「……どうも」
この子はどうにも苦手だ――と、如月は内心で思う。
以前に――それこそ初対面くらいのときに年齢を聞いたら『十二歳』だと言っていた。それを
だけど、この子は――思井かるいという少女は『委員会』十三支部の副支部長だ。
「あっ……!」
蒔絵が声を出した。
「もしかして……『
「さすがです。勤勉ですね、壮生さん」
この返答を受けて、思井はにこりと笑みを浮かべた。
そこのふたりで納得されても、如月はその名前を知らない。
「それって誰なんですか?」
「『発砲うさぎ狩り』のメンバーのひとりです」
と、思井が答え、こう続ける。
「鴻上羽美。彼女は魔法を使いクラスメイトを自殺に追い込んだ人物です。その当時の事件と、逃亡時の手口から、何かしらの方法で認識に
かんかんかんかん――と、そう遠くない位置にある踏切が鳴り始めた。
一時間に一本の電車が駅のホームに入ってくる。
「いや、ですが……」
言葉を
「その鴻上羽美という人物は『発砲うさぎ狩り』のメンバーで……」
「そうですよね。考えにくいですよね、実行犯としては」
目を閉じて、その場で思井は――くるりと回転した。
機嫌がいいのか、楽しそうに言う。
「ですが、如月さん。あなたならどう考えますか? 被害者のいたグループの中に犯人がいない――と考えますか?」
「いや、一応は疑うよ」
「そうですよね」
にこりと笑ってから、すっと笑顔が消えた。
「わたしはぜんぶを疑っています」
無表情で思井は言った。
その顔にあるものは人間という生物を成り立たせるためだけにあるような――ただ、淡々とした口ぶりで言う。
「東さんが犯人である可能性も、桑原さんが犯人である可能性も、伊勢さんが犯人である可能性も、如月さんが犯人である可能性も、壮生さんが犯人である可能性も――たった今あの駅から出てきたスーツの男性が犯人である可能性も、あのご年配の女性も、そのすべてを疑っています」
もちろん、優劣はありますけどね――と肩を
それから蒔絵のほうに見る。
「壮生さん。明日からも大変なのだから、あなたはもう帰ってもらって大丈夫です。わたしはもう少し如月さんとお喋りがしたいので」
「……わかりました。失礼します」
「はい、お疲れさまでした」
何か言いたそうだったが、蒔絵は何も言わなかった。
目上の人からの命令に対して、自分の意見を押し殺して呑み込める――それが蒔絵だ。
思井に
「じゃあ、また明日ね。如月くん」
と言って駅前の公園から出て行った。
…………。
取り残されてしまった。ふたりっきりにされてしまった、思井かるいと。
「そんなに睨まないでくださいよ、怖いなあー」
言いながら思井は、さっきまで蒔絵の座っていたところに座った。
「お喋りって何ですか?」
「そんなに
「……『委員会』の人に聞いたら『もう帰っていいよ』って言われたんで」
「嘘ですね」
こちらの顔を覗き込むようにして、思井は笑顔を浮かべた。
「いえ、そのやり取りは本当でしょうけど、その『委員会』の人は壮生蒔絵ですよね? わたしに会いたくなかったら逃げたんだと――推理しています」
「……それは推理じゃないだろ」
如月は言う。
実際にはその読み通りだ。思井とはできるだけ会いたくない。この少女は『副支部長』という役職であるにも関わらず、事件が起きれば現場にやってくる。事務所の椅子に座っていればいいのに。
苦手だから、できることなら会いたくない。
こんな心中さえも見透かされているんだろうな、と思う。
とはいえ――いくら見透かされているからといって、こんな推測に対して推理なんて言葉を使ったことが気に入らなかった。
「こんなことに推理なんて言葉は使わないでくれ。適当に言ったら当たってただけだろ」
「当たってるんですね」
あう……。
覗き込まれている視線を、思わず外してしまった。
「当たっていたとはいえ、確かにこれは推理ではありませんね。憶測とか、推測とか、そういう言葉が正しいんですか? まあ、いいですよ。別にわたしは『推理』って言葉にこだわりはないので。如月さんみたいにこだわりはないので」
「…………」
嫌味だ。
それでいて、随分と楽しそうだ。
「……わかってるなら、わざわざ会いに来なくてもいいだろ」
「いえいえ、第一発見者から直接お話を聞かなくてはいけませんからね」
「ほかの構成員から、そういうのでぜんぶ聞いているんじゃないの?」
「聞いていますよ。それでも――です。知りませんか? わたし、他人の見たものを信じないんですよ」
知っている。
だから副支部長という役職にも関わらず現場にまで足を運んでいるんだ、この子は。
「なので、聞いておきたいんですよ」
「……わかったよ。死体を発見したのは」
「いえ、それではなく」
と、思井に遮られた。
「
「…………」
予想もしていないことを訊かれて、思わず固まる。
「……いや、別に、何ってなくて、何となく、気になって」
「ふうん――」
含みのある頷き方をする思井。
「それじゃあ、壮生から事件のことをあれこれと聞いていたのも『気になって』ですか? 部外者にも関わらず、首を突っ込んでいるのも『気になって』――ですか?」
「…………」
何も言わない如月。
はあ、と思井は溜息を
「知りたがりますよね、如月さん」
「…………」
苦笑いを浮かべながら思井は言う。
「如月さんはいろいろと巻き込まれているって感じもしますけど、こういう振る舞いを見ていると、巻き込まれるべくして巻き込まれているって感じですね」
「気になるものは気になるんだよ。今から自分に降りかかってくるかもしれないわけだろ。だったらどんな些細なことでも知れることは知っておきたいんだ。自分のためだよ」
強めの口調で如月は言う。
「気にせず目を逸らしたほうがいいと思うんですけどね」
と、思井は意に介さない。
「別に如月さんが間違っているとは思いませんけど、ちょっと身を引くのも大事だと思いますよ、わたしは。違和感があったら、そういうのに気づいていないフリをする――そういうのも自分を守るための手段だと思うんですけどね」
「わざわざ嫌味を言いに来たの?」
「いえいえ、別に~」
口論になる覚悟をした上で噛みつきにいったが、思井には
言われたい放題に言われて、言い返しても手応えのない反応をされる。比較的温厚な性格ではある如月だが、明らかに
そんな様子を見て、楽しそうにしていた思井だったが、
「よいっしょっと」
と、ベンチから立ち上がって、こちらを見る。
「どちらかと言えば、忠告ですね」
見下ろす思井の表情に、笑みはなかった。
「わざわざ自分から危険に飛び込んでいくのは避けたほうがいいと思いますね、やっぱり。今まで無事だったからって次も無事で済む保証なんて誰もできないんですから。わたしたち『委員会』も、毎回駆けつけられるとは限らないんですから。あなたは――」
思井かるいは言う。
「――