8.
その翌日のことである。
放課後、
「…………」
と、生徒玄関を出たところから中庭を眺めている。
如月の周りを下校していく生徒が通り過ぎていく。テスト期間なので部活動も一時的にお休みになっている。普段よりも帰宅する生徒が多い。
下校する生徒たちの話し声や足音が聞こえる中で、如月は何もせず中庭を見ている。
既に死体は回収されているので、どれだけ見ていても死体がそこにあるわけではない。なので、特に意味のないことをしている。
何を考えるわけでもなく、ただじっと見つめているだけ。
「何してるのっ?」
と、そんな雑踏の中で足を止めた生徒がいたらしく、如月に声をかけてきた。
振り向くと――クラスメイトの
左右の耳の後ろで髪を束ねている女の子。小学校から一緒だが、ほとんど話したことがない。いや、それどころか彼女が誰かと話しているところだって、あまり見たことがない。
小学校の頃からとにかく成績が良くて優等生。一方で物静かなというか、無口というか、まあ、そういう印象の女の子である。
「あ、え、いや……」
そんな品理に話しかけられたことにびっくりした。
思わずしどろもどろになる。
「ええっと……、なんか気になることがあって……」
「気になること?」
不思議そうに品理は眉をひそめる。
「なになに? この代わり映えしない中庭に何かがあるの?」
「いえ、特に……」
適当にはぐらかすでもなく、言葉を詰まらせて品理から目を逸らした。
『代わり映えしないこの中庭に死体があったんだよ』なんて、言わない。
なんたってあの死体が発見されたことは表沙汰にはなっていないのだから。
魔法に関係する事件は、公表されることはない。……
「ふーん?」
「そういえば、お昼休憩もここに来てたよね?」
おっと、よく見ているな。
隠れていたわけじゃないにしても、そういうのを言い当てられるのはびっくりする。
「それで気になってたから声かけたんだけどさ。ずーっと中庭なんか眺めてて、退屈じゃないの?」
「退屈なのがいいんですよ。こうして何も考えないでぼうっとしているのが」
「変なの」
くすくす、と品理は笑った。
品理里見。この子がこんなふうに笑ったり喋ったりする人とは知らなかった。
優等生の彼女は黙々と授業を受けていて、学校が終わったら、いつも塾に行く――一年生のときも、なんだったら小学生の頃からそんな感じだった。
意外な一面だ。こんなふうに人と話す子だったのか。
「ねえ、如月くん――私がもしも転校するとしたら、どうする?」
「え?」
いきなりの話題に大きな声が出てしまった。
「転校するんですか?」
「もしもの話よ。夏休みを明けたら私はいなくなっていたら、どうする?」
「どうするって言われましても……」
そんなこと聞かれてもなあ……。
考えたことなんてないし、初対面ではないにしても話すのが初めての相手だからなあ。
「うーん、そうですね、それは寂しくなりますね」
「うっそだー」
どうにか捻り出した返答に、品理は愉快そうに笑った。
「如月くん、私とろくに喋ったことないじゃん」
「いや、そうじゃなくて……品理さんの友達は寂しいと思うんじゃないですか。そういう意味です」
「どんな嫌味よ、それ」
品理はもっと笑った。
「私に仲のいい友達なんていないよ」
「いないってことはないでしょ」
「見たことある? 私が誰かと仲良くしているところを」
「……うん、まあ、……ないですね。でも、それは学校の中での話であって」
「私たち学生にとって学校は社会だよ」
品理は言う。
「一日の半分をここで暮らしているんだから。学校の様子が私の普段の様子だよ。そりゃ塾にも通っているけどさ。塾なんて勉強をするところなんだから」
「まあ、そうですね」
「それにね、たとえ私に友達がいたとしても、友達なんて一瞬だよ」
「一瞬?」
「友達じゃなくなるのって」
品理はスカートのポケットからスマートフォンを取り出した。
「『一生友達だよ』とか『ずっと友達だよ』なんて、そんなのはほんの一瞬だけ。昔なら『手紙書くよ』なんて言ったかもしれないけど、最近じゃスマホがあるからね」
こんこん、と背面部分を指で叩く。
「これでつながっているからいつでも連絡が取れる。でも、連絡なんてすぐに来なくなる。そりゃそうだよね。どこかに行った友達だった奴と話すことなんて、だんだんなくなってくる。転校したほうもそっちで違う人間関係ができるんだから、前に友達だった奴と話すことなんて、なくなって当然よね」
いったいどうしてこんな話を突然始めたのか、如月にはわからない。
自嘲するように話す品理は、
「そんなものよ。友達なんて、そんなもの」
と、冷たい表情で吐き捨てるように言った。
少しの沈黙。
「……僕も」
如月は目線を少し落として言う。
「僕もそう思いますよ……」
とは言ったものの、如月の感じたことのあるものと品理が言っていることとは少し違う。それを理解した上で、如月は頷いた。
如月の周りでは、人がよく死んでいく。
あの人も、あの子も、彼も彼女とあの人もあの子もあの人もあの人も――死んだ。
友達だった人も死んだ。
友達だった人が死んだ――はずなのに。
なのに――いつの間にか悲しくなくなって、寂しくなくなってしまう。
そんなことに心が慣れてしまう。
「……大丈夫?」
「え?」
「いや、すごい顔、してたから……」
「なんでもないですよ」
「ごめんね、こんな話しちゃって」
「大丈夫ですよ」
いろいろと思い出して、それが顔にまで出ていたみたいだ。どんな顔をしていたのかは知らないが、心配されるような顔をしていたのだろう。
でも、気になるのは、どうして品理はそんな話をしたのだろうか?
転校した経験でもあるのだろうかと思ったが、品理とは同じ小学校で、記憶が正しければ低学年の頃からいたはずだ。
となると、もしかして本当に転校するのか?
(だとしても、どうして僕に?)
疑問だ。
まあ、知り合いでもない、なんでもない人に話を聞いてもらいたいときとかあるし、そういうものだろう。
「如月くん」
品理は腕を中庭のある一点を指差して言う。
「さっきまで見てたの、あそこでしょ」
「…………!」
品理が指を差したところは、まさにあの死体があった桜の木のところだ。
「
じっとこちらを見詰める目。
この目から目を逸らさず、それでいて、できるだけ感情を押し殺して、気持ちを殺した上で、その目を見詰めながら、本当のことを言う。
「別に。
そう――いつも通り。
死体が目の前にあることなんていつものことだ。
死体を見つけることなんて――よくあることだ。
少なくとも、この如月
「……そっか。私の勘は外れだったわけね」
「勘?」
「『何かあったのかな?』って勘だよ」
わざとらしく品理は肩を
それからもう一度、中庭のほうを指差して、
「じゃあ、
と言った。
まさか別の死体でも見つかったのかと思ったが、違う。指は中庭のほうに向いているが、それよりも奥のほうを指し示している。
指差す方向を見る。
今自分たちがいる場所から、ちょうど反対側の位置に『それ』はいた。