2.
(――この『犬』は僕を狙っている)
『犬』と対峙しながら
生徒玄関で遭遇したときも『犬』は
如月のほうが動くのが少し早かったというだけで、タイミングが悪ければ、一階から二階に駆け上がっている最中に背中から奇襲を受けていたかもしれない。
「
これまた品理に対して言ったのと同じことを言う。
「う――うん!」
今いる東側の階段付近から、校舎の中央にある階段まで駆けていくのを確認して、それから目の前にいる『犬』に集中する。
(
三年A組の教室はちょうど今いる真上にある。すぐそこにある階段を駆け上がればすぐだけど、目の前には『犬』がいる。かなり危険だけど、ちょっと無茶するのはどうだろうかと考えてやめる。それで三階にいなかったら無駄足もいいところだ。
ポケットの中にはスマートフォンはない。教室に置いたままの鞄の中に、電源をオフにしたスマートフォンが入っている。
それが手元にあれば連絡は取れる。二年A組の教室はすぐそこだ――ほんの数歩下がってしまえば、教室の扉がある。
こうして『犬』に睨まれた状態だが、回収さえできれば……。
(これは魔法で間違いないとして、そもそもこれは――どういう魔法なんだ?)
如月はその『犬』を見る。
『犬』もこちらを見ている。
その『犬』の口元が歪むように――まるで
「
「え?」
がちがち、と歯を打ち鳴らしながら、その『犬』は
それを聞いた瞬間、如月は困惑して、思わず聞き返した。その――何を言っているかわかるはずのない言葉を聞いた瞬間、如月はこの『犬』に対して思った。
こう思った。
と。
目の前にいる得体の知れない『何か』を見て――『犬』だと思っている生き物を見て、如月はそう思った。あまりにも、人間からかけ離れた姿をしているのに――あの『犬』を見て人間だと思った。
(まさか⁉ これは――そういう魔法なのか⁉)
『犬』は動いた。
それに合わせて、如月は一番近くにある二年A組の教室に飛び込んだ。
引き戸になっている扉を勢いよく開け放つ。教室内に飛び込んだ如月はそのまま
教室の奥に逃げるのではなく、廊下のほうを向く。
強引に開けられた反動で戻ってくる。その扉に向かって飛び込むようにして体当たりをした。
学校の教室にある扉は外れやすいように設計されている場合が多い。外れやすいということは元にも戻しやすいということである。
如月の体当たりで、その扉ごと倒れる。
廊下側で、教室内に突っ込んで来ようとしていた『犬』の鼻っ柱に――如月の全体重が乗せられた扉が直撃する。
強い衝撃。確実に『犬』にぶつかった手応えを感じた。
そのとき、
「…………っ!」
と、如月は嫌な予感がした。
咄嗟に身体を捩じって横に跳んだ。
まさしく、その瞬間だった。
『犬』はその
扉は粉々に破壊され、木片が飛び散る。
「…………っ」
如月は床の上を転がって、受け身を取って立ち上がる。
そのまま、『犬』のほうを見ずに走り出す。
どくん、どくん、どくん、どくん……と心拍数が上がっていく。恐怖心も感じているし、焦りも感じている。だけど、気持ちはすごく落ち着いている。
とても冷静だ。
取り乱している気持ちが平静になっていく。
(この『犬』は周りに対して危害を加える気配はない)
教室から顔を覗かせるようにして見ている生徒や、廊下で距離を取りながら見ている生徒もいるが、これらに対しての関心はないように見える。だけど、自ら攻撃をしていないだけで、巻き込まれる場合においてはその限りではないはずだ。
生徒の数が少ないのが幸いだ。
(とにかく今は蒔絵さんと合流しないと……!)
如月は三年生の教室がある三階を目指す。
二年A組の教室を離れ、二年B組の前を走り抜けて、男子トイレの前と、女子トイレの前を走り去り、中央階段に差しかかった。
きゅっ! と、リノリウムの床と上靴が擦れた音が鳴る。
中央階段のところには姫子の姿は見えない。
下に逃げてくれていることを祈る。もし、三階に逃げていたら、逃げるように促しておいて『犬』をそのまま連れて行くことになってしまう。
「…………っ」
『犬』が、その四つの足でこちらに迫ってきている。
二年B組の前を走り抜けて、男子トイレの前を走っている。そのまま女子トイレの前に差しかかったときだった。
女子トイレの中から謳囲姫子が飛び出してきた。
「謳囲さん!」
姫子は――如月と『犬』のあいだに割って入ってきた。
姫子の手にはデッキブラシが握られていて、それを思いっきり振り被って――フルスイングで『犬』の頭を弾き飛ばした。
かーん、と。
(中央階段から逃げたはずじゃ――)
いや、違うのか。
確かに中央階段に逃げ込むところまでは見た。だけど、教室の前で揉めているあいだに戻ってきて、女子トイレの中に隠れていたんだ。
奇襲を仕掛けるために、待ち伏せしていたのか。
「■■……」
と、『犬』は
だけど、それは呻き声ではなかった。
なんたって『犬』は――その頭部に直撃したかに見えたデッキブラシに、口を大きく開いて喰らいついていたのだから。
「なん…………っ!」
音を立ててブラシを固定している木材の部分に亀裂が走っていく。
「!」
そこで如月は気づく。
『犬』のような見た目をしていた頭部が、
頭部は突き出したような形状に変形し、目の位置も頭部の両側に変わっている。口の幅が広くなっていて、
まるで
これは
動物に魔法をかけて追跡させていたり、動物に魔法をかけて変形させたりするのではなく、
「な、なななな……っ」
「謳囲さん!」
ばきんっ‼ と、激しい音を立てて、デッキブラシの先端は砕け散った。