3.
足が八本ある
そこにコツや方法なんてない。人間の手が二本で、足が二本――これらを動かすのと何も変わらない。蜘蛛がどうやって手足を動かしているのかを理解したところで人間に真似できるわけはないし、それは蜘蛛にも言えることで――ここに差なんてない。
彼女の魔法『ダイバーシティ』は『肉体を組み替える』というものだ――身体の形状を自由自在に変形させられる魔法。
およそ生物で、彼女の想像が及ぶ範囲であればどんな形状にもなれるが、そのとき、必ず『人間』としてのある程度の状態を保ったままでいなければならない。あまりにも『人間』から離れ過ぎて、模した生物になり過ぎてしまうと、『人間』であるという自覚を失ってしまい、戻ってくることができなくなってしまう。
過去に一度、危ないときがあった。
それ以来、ある程度の『形態』を決めておいて魔法を使うようにしている。
たとえば、『犬』の化け物だと言われたあの四足歩行の姿も、あらかじめ吹抜みんかが設定した形態である。
名づけて『ダイバーシティ・ワンダフル』――吹抜みんかはそう呼んでいる。
身体の一部を変形させるとかではなく、全身ともなると、人間の頃にできていたことができなくなってしまう。
たとえば言葉。
何かを言葉を発したと
これは単純に出力方法の問題である。ハードウェアが違えば、対応するソフトウェアも違ってくる。
喋り方やイントネーションは人間の『言葉』の形を保っていたが、構造が違うから正しく出力できなかった。それほどまでに脳の構造までも変わってしまう。
名づけて『ダイバーシティ・トロピカル』。
突き出した頭部、両側にある目、広くなった口の幅と細かくて鋭い歯。犬のようだった頭部が、
ぎち、ぎちぎちぎちぎちぎちぎちぎちぎちがりがりがりがり……! と。
デッキブラシを噛み砕いた。
ばっ、びゅっ、ぺっ! と、口腔内に残った木片を唾液と一緒に吐き捨てて、異物感を拭えない喉の奥を鳴らしながら辺りを見る。
もう既にあの少年と、デッキブラシを振り回した少女はいない。
すぐそこにある階段に逃げていくのはきっちり見ている。頭が『鮫』で身体は『犬』の姿をしている、なんともキメラな吹抜みんかは動く。
その階段に向かって。
「…………」
すると、吹抜みんかの身体は再び変形を始める。
部位の一部が膨らむと別の部位が凹む。身体の構造が組み替えられていく。このとき、当然ではあるが、質量保存の法則は無視できない。大きくなり過ぎることはできないし、小さくなり過ぎることもできない。
三階に向かう階段を駆け上がるふたりの姿を捉えたとき、既に吹抜みんかの姿は変形を終えていた。
頭部は小さくて、目が大きい。身体は相変わらずの筋肉質だが、線が細い。『犬』――『ワンダフル』の姿に比べると毛並みがあるのと、ツンと尖がった耳が頭の上にある。
名づけて――『ダイバーシティ・マカロン』。
『犬』から『鮫』に変形した吹抜みんかが次に変形したのは――『猫』だった。