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9.ダイバーシティ・ワンダフル(6)


     9.


『ワンダフル』――犬の姿をした状態の吹抜ふきぬけみんかは三階にやってきた。

 瀞峡どろきょうから『三階に行った』とは聞いたが、そのあとにあのふたりがどんな行動を取ったかまではわからない。

(少なくとも、一階に逃げなかったのは運がいい)

 自分の追跡が上手くいかなかった場合のことに備えて、校舎の周りには仲間を配備していた。この三階に逃げるという選択が運なのか、はたまた読まれたのか……。

 どちらにしても、あのふたりは袋小路だ。

 東側にも中央にも西側にも階段はあるが、二階には降りたくないはずだ。

 二階には瀞峡がいるのだから。だったら、三階で時間を稼いで、こちらのタイムアップを狙いたいと考える……。

(まあ、この予想は外れていても別にいいんだけど)

 そう考えながら、どうするべきか考える。

 この三階に隠れて時間を潰そうという魂胆なのだとしたら、順番に潰していくのが最も効率がいいはずだ。

 だから、吹抜みんかは、すぐそこにあった教室に目をやった。

 この教室には何年何組とも書かれていない。『ワンダフル』の手は分厚く肥大化している。その指先を引っかけるようにして開けた。

 教室の中には机が一箇所に集められていて、椅子は倒れない程度の高さに積み上げられていた。空き教室として使っているのだろう。

「…………」

 と、吹抜みんかは見ながら、自分がかつて通っていた学校のことを思い出す。少しばかりレイアウトや構造は違うが、基本的にはどの学校も似たような空気感で似たような備品が扱われている。

 ほんの数年前のことを思い出して、少しだけ懐かしい気持ちになった。

(……この部屋で隠れられそうなところは、あそこか)

 並べられている机や積み上げられている椅子の下に隠れていなかったし、教卓の中にも隠れていなかった。そうなると、いよいよ掃除用具入れくらいしかない。

 ふたりも隠れられるか怪しいが、詰めれば入れないこともないか……。

(あるいは、このカーテンか)

 この空き教室のカーテンが閉め切られている。カーテンは床まで届いていないが、一応窓の淵にしがみついて隠れることも可能だとも思った。

(でも、まずは掃除用具入れからか)

 如月きさらぎ貴石きせきはあの女子と一緒に行動しているはずだ。足手まといがいるはずだ。だから、こうして順番にひとつずつ潰していくのが、一番相手を追い詰める方法だ。

 そんなときだった。

 ふわっ――と、カーテンが揺れた。

 掃除されていないカーテンに付着した埃が室内に舞う。

 ん? カーテンが揺れる? 風で?

「!」

 みんかはカーテンを開け放った。

 すると――

 がんっ! と、窓の外から音が聞こえた。みんかは身を乗り出す。

 校舎の外壁にある雨樋あまどいに掴まったり足場にしたりして、そのままよじり登るようにして這入はいっていく人の足が見えた。あのズボンと外靴は――あの少年のものだ。

 みんかは慌てて教室を飛び出した。

 教室の後ろにある扉を体当たりで突破し廊下に出る。すると、既に少年は廊下に出ていて、走り始めているところだった。

 慌てて四つの足で、少年の背中を追いかけ始める。

 そんな最中に、

(もうひとりの少女が――いない)

 ということにみんかが気づいた。

 気づいたけど、それは吹抜みんかにとって、どうでもいいことだ。

(目的は――あの少年だ)






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