10.
「――はあっ、はあっ」
空き教室から『犬』がいなくなった頃合いを見て、
「はあっ……、はあっ……、はあっ……、はあっ……」
と、
たった今――この数センチ先の距離に『犬』がいた。
それはわずかな光しか見えない掃除用具入れの中からでもわかった。口元を手で覆って息を押し殺していたけれど、身体の震えと、心臓の音でバレるんじゃないかと思った。
(き……
がちがちがちがち、と歯が震えている。
脳内で如月が言っていたことを思い出す。
『外壁にある雨樋を伝って隣の教室に移動する。そのときにわざと音と立てて、「犬」を空き教室から廊下のほうに
『きっとあの「犬」は廊下のすぐそこまで来ています。今からこの教室を飛び出して逃げようとしても「犬」には追いつかれます。近過ぎる……。だから、距離を取りたいんです』――とも言っていた。
こんな無茶なことがあるのか、と姫子は思った。
だけど、姫子は理解もしている――今、このまま如月と行動を一緒にすることは足手まといになるということを。
姫子は、ぎゅっと胸元で手を握り締めて考える。
(あの先輩と、あの『犬』は対峙していた。なのに、あの『犬』は私たちを追いかけてきた)
これが何を意味するのか。
あの子供が追いかけて来ないのはわかる。触れるだけであんな血まみれにしてしまう魔法が使えるにしても、子供だ。中学生である如月や姫子との身体能力の差は、その魔法では埋められない。だから――あの『犬』が抜擢された。
(あの『犬』が戦闘を終えて、手が空いていたからだ)
今の状況を考えて悲観する。ぶるぶる、と震えが止まらない。
(あの先輩は、負けたんだ……)
魔法使いだというあの先輩が負けたんだ。
この
このとき、彼女は――
とはいえ、そんなことが姫子にわかるはずがない。
姫子の込み上げてくる不安は止まらない。
『駆けつけてくる』と言っていた『委員会』だって、あとどれくらいで到着するかわからない。十分や三十分、もしかしたら一時間もかかるかもしれない。
(とてもじゃないけど、逃げ切れない……)
謳囲姫子は絶望していた。