「パトラさん、このサイトを読む人ってどんな人が多いかわかりますか?」
「インターネットで小説を読む人間か? 定年後の時間がある者とか、専業主婦が多いのではないか」
「それもありますけど。一番のボリュームゾーンは若い、働き盛りの男性です。日々社会にもまれ疲れ果てている彼らがここで求めているものは何だと思います? 難しい単語が並ぶ重苦しい小説?
そういうのを好む人はもちろんいますけど、大半はサクサクとテンポ良く読める、平易な文章で書かれた前向きな話を好みます。それをしっかり抑えないとこのインターネット小説戦国時代は勝ち残れません」
「篠田、お前は読み手のことばかり考えているな。書き手ならおのれの好きなもので勝負したらどうだ」
篠田はフーッと長い息をつく。
「その気持ちはもちろんありますけど。でも俺にはなんの肩書きもないんですよ。何者だかよくわからないヤツの、俺の好きなモノを詰め込んだ夢のハンバーガーです!って急に言われて、食べたいと思います? 同じ値段なら普通にマック行きません?
それと同じです。大量の小説の中からより多くの人に選んでもらうには、まず安心感を持ってもらわないと。ちゃんとあなたの求めているものがここにありますよ、って安心してもらわないと。読んでもらえないんです。
俺たちの最終目標はシェイクスピアの名声を超えることでしょう? そのためにはまず、読者の求めているものを提供できる話を書いて、一人でも多くの人に見てもらって、名前を売る。それが結果的に最短かなと思います。好きなものはそのあとで書けばいい。
とはいえ自分が好きなものじゃないと書き続けられないし。そこの塩梅が難しいですね」
クレオパトラは感心していた。この若者、なかなか考えているではないか。顔だけの男ではなかったのか。
政治の世界でもそうだった。交渉相手が何を求めているのか、それをよく知らなければならない。そして相手の欲望を満たすために、自分の使える武器はなにか。それも熟知せねばならない。
相手を知り、己を知れば戦に負けることはない――古代中国の兵法書にも書いてある。それは現代のネット小説にも通じるのか。
「……にしても、このランキングを見ていると人間の欲望がよくわかる気がします。女はシンデレラストーリーを好み、男は勇者やハーレムに憧れる。勧善懲悪も鉄板ですね。パトラさんの時代もそうでした?」
「そうだな。何千年経っても人間とは変わらないものだ」
クレオパトラはどこか遠い目をする。
「この一番大手の小説サイトは男性読者が多いみたいですけど、最近は女性向きの作品がランキング上位によくきています。ユーザー層が変わったのかな? そうそう、もともと女性読者に特化したサイトもあります。だからまずはどんな作品を、誰に向けて書くか。その人は何を求めているのか。そこをしっかり決めてから公開するサイトを選びましょう」
「……シェイクスピアのやつもそうやって書いたのだろうか」
「まぁ時代が違いますから。今は多様性の時代、人の趣味も好みも多様化してますけど、シェイクスピアの時代は娯楽も限られていましたからね。そこまで観客の好みを考える必要はなかったのかも。パトロンの機嫌をとることは大事だったと思いますが…………あ、そうだ!」
篠田がパァッと顔を輝かせ、クレオパトラを振り返る。名案をひらめいた!と顔に書いてある。