「ネット小説ではずっと『転生モノ』が定番中の定番なんです。でも定番人気だからこそ、味付けが難しい。手を変え技を変え、転生モノをみんな書いてきたわけですが……でもパトラさんは実際に転生した人間!リアリティある転生モノが書けるんじゃないですか? パトラさん、試しに書いてみませんか?」
「わたしが?書くのか?何を書くのだ?」
「パトラさんは前世の記憶がある。それを生かして倉井晴奈さんとして生きてきたわけでしょう? そういう経験を書けばいいんですよ! 読者の求めていることとかは一旦置いておいて、好きなように書いてみましょう!」
篠田がワードを開き、椅子を立つ。座って座って!とクレオパトラを座らせる。
クレオパトラは戸惑いながらも腰掛けて、キーボードに両手を置き、まっさらな画面を見つめる。
そして篠田が見守る中ゆっくりカタカタと、キーボードを叩きはじめた。
――怒りを歌え、女神よ。プトレマイオスの子クレオパトラの、世を滅ぼすまでの、激しい怒りを。――
「……うーん。ちょっとホメロスすぎるかなぁ」
「私の時代の物語といえば『イリアス』と『オデュッセイア』だった。かのアレクサンドロス大王もホメロスの愛読者であった」
「そうですか。まぁ、まずは書いてみることが大事ですよね。校正は後にしましょう!さ、次は? なんで激しく怒ってるんです?」
クレオパトラはしばし考えて、またキーボードを叩き出す。
――あれは中学三年生の時であった。すでに私の美貌は完成されており、大人たちをも惑わした。教師とて例外ではなかった。あの数学教師、まだ大学を出たばかりの若造ではあるが、磨けば男前になりそうなウブな男。私はそやつに目をつけた。――
「……ジャンル的には恋愛小説なのかなぁ。あんまり共感できなさそうですけど」
――だがその男には秘密があった。彼もまた、転生者であったのだ。――
「うそ!転生者まだいたんですか?!誰ですか?!」
「うるさい。今筆が乗ってきたところだ」
驚き大きな声をあげる篠田を、クレオパトラが横目で諌める。
そしてまた、キーボードを叩き出す。