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第5話 パト物語 ①

 ――それはおよそ水泳の後の数学の時間でもあれば、およそ睡魔の時間でもあった。昼休み前の時間であるとともに、空腹の時間でもあった。


 そういうわけで若き数学教師・半村はんむらの声は、皆にとって子守唄にしかならなかった。


「えー……つまりここのxには4を代入して……」


 教室中の者、誰も半村の話を聞いていない。


「yには5を……」


 すやすや、すぅすぅ……


「……目には目を……」


 ぐーぐー、ぐるるる……


「歯には歯を!」


 半村がチョークで黒板を強打した。

 皆、目を覚まし、半村を振り返った。


「……というわけで正解はマイナス5です。授業は以上。お連れ様でした!」


 ちょうどチャイムが鳴り、半村は急ぎ足で教室をあとにした。――


◇◇◇



「転生者ハンムラビ大王ですね??」


 クレオパトラが打ち込んだ文章を見て、篠田は確信に満ちた顔になる。


「おぉ、篠田、よく分かったな」


「いやわかるでしょ!!っていうかすごいですね、パトラさんの中学校どうなってるんですか!クレオパトラとハンムラビ大王いるとかすごすぎません? ハンムラビ大王!うわー、会ってみたいなぁ」


 クレオパトラは肩を下ろしふぅと息をつき、横に立つ興奮気味の篠田を見上げる。


「……お前はあの男の真の姿を知らないからそんな呑気なことが言えるのだ」


「え? 真の姿? ハンムラビ大王の?」


「そうだ。あの男……裏切りと謀略に満ちた、あの男……」


 ボソリと呟くクレオパトラに、篠田は頭を傾げる。


「ハンムラビ大王って……ハンムラビ法典を作った古代メソポタミアの、バビロンの王様ですよね? そんな悪どいことしてましたっけ」


 パトラは憎々しげに、パソコンの画面の「半村」の字を睨む。


「……ハンムラビがバビロン王であった時、古代メソポタミア世界は群雄割拠の時代であった。その中でハンムラビはマリという国と同盟を結び、マリ国から兵を借りた。しかし、ハンムラビは兵を長い間借りたまま返さなかった。……それからハンムラビは……何をしたと思う?」


「……まさか……」


「その兵を使い周りの国々を次々と滅ぼし、そして兵を貸してくれた同盟国マリにも侵攻し、それを徹底的に滅ぼした」


「ハンムラビーーー!!!」


「その時と同じように、あやつは……半村は……中学生であった私を……裏切ったのだ」


 パトラの放つ禍々しいオーラに、篠田はゴクリ。唾を飲む。


「あの男は……」


「パトラさん、無理して話さなくてもいいですよ」


「……いや。これは話さねばならぬ。あやつの悪行を世に広めねばならぬ」


 篠田が固唾を飲んで見守る横で、パトラは再び、キーボードを叩き出す。



◇◇◇


 ――教室を出て行った半村を追い、スーツの裾を掴む。

 人気のない廊下。半村は驚き、振り返る。

 私は年齢のわりに成熟した体を活用し、半村を誘った。


「ねぇ、せんせ? わたし……実は授業についていけなくて。放課後こっそり教えてくれない?」


 大抵の男はこれでなびく。体育教師なぞはこれですぐに落ちた。


 半村は…………

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