「おいおい、もっと俺様を楽しませてくれよ。でも、もう無理か。そろそろ手足をもいでやろうかな。ひっひっひ」
ああ、魔族はどうしてこうも醜悪なのか。弱い者を一方的にいたぶって一体なにが楽しいというのだ。
たった今、俺の魂が飛び込んだこの少年は全身に深い傷を受け、激しい出血で瀕死の状態だ。それなのにまだ、魔族に立ち向かおうとしている。その勇気に俺は心が震えた。少年がギリギリの状態でなお握り続けていた小さな剣に俺は力を込めた。
目の前の魔族はひょろりと伸びた手足の先に鋭い爪を持ち、禍々しい姿は強そうに見えなくもないが、レベルは中の下といったところか。たいした魔力もなさそうだ。俺の手に掛かればこの小さな剣でも一瞬で勝負はつく。
「ヒール」
俺は小さくそうつぶやいて回復魔法を自分、いや少年の体にかけ、剣を握り直した。
「ん? まだ楽しませてくれるのかい。これだから人間は面白いね。魔王様が倒されたとはいえ、俺たち魔族がその辺にいるお前らに一瞬でも後れを取るはずがなかろうに。その根性は認めてやらんでもないが、弱すぎてもう飽きたぞ。まあ、俺に一太刀浴びせれば見逃してやってもいいとは言ったがな。もう無理だろ。お前をバラバラにした後は、村のやつらをゆっくりなぶりものにしてやろう」
「何をグダグダ語っている」
俺は少年の体を完全に支配し、瞬時に魔族に近づいてその腹に剣を軽く刺した。
「おっと」
魔族が飛びのいた。
「ははは。まだそんな力があったとは。ちょっと油断したか。一太刀なあ。まあ俺はかすり傷だから安心しろ。今切り刻んでやるからな」
そう言って魔族は俺、いや少年に向かって猛スピードで突っ込んできた。
「やはりクズだな」
俺が少年の声でそう言った瞬間、黒い魔族の体は外側から消滅を始めた。
「え? なんだこれは。おいお前、今何をした」
「お前のコアを突いた。あと数秒で終わる」
「な、な、なんだって!? 人間の分際でお……」
魔族は話し終わることなく消え去った。
(あ、あの……)
少年の声が頭に響いた。死にかけだったが、どうやら魂は離脱しなかったようだ。俺は彼の体の乗っ取りを企てたわけで、その意味では失敗ではあったが、むしろホッとしていた。
(ボクの中に……いるんですよね)
(ああ、すまない。緊急事態でな)
(はあ……)
(俺は剣士のアルノだ)
(あ、はい……)
(魔王を倒した勇者パーティーの一員だったんだがな)
(え? それではあなたはあの勇名轟く剣聖様……だからあいつを一撃で……)
(だが、濡れ衣を着せられて、ほんの少し前、処刑された)
(え!?)