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第5話 「貴婦人」

 最初よりも小さくなった青い光が一つ。尾を引いて遠ざかっていく。もっと小さい、星粒のような五つの光も、尾を引いて遠ざかっていく。


「潮時ですね。追って来るなら、死力を尽くします。……また、お会いましょう」


 デブリを挟んで、僕たちと対峙していた敵機エスペランサが、反転して戦闘領域を離脱していく。


「追います!」


「止めておけ」


「カニンガムさん?」


「次も敵とは限らんだろう。それに、生かしておけば、慰謝料をぶんどれるかも知れん」


 カニンガムさんのムクが、味方艦ドルムの大きく陥没した装甲を、マニュピレーターで指さしている。僕もフットペダルから、足を離した。


 傭兵ランカーエースを含めた十機対四機の戦闘は、約半数の敵機を撃墜。駆逐艦三隻の内、二隻が中破撤退。一隻が大破炎上。僕らの勝利となった。


「初陣で、エースだな」


「え、なんです……?」


「義勇軍では、五つ墜とせば撃墜王エースだ。帰ったらイルマ様に星を六つ、メットかそいつの肩パーツに、描いて貰うと良い」


「スーズ。まだ愉快な遠足は終わって無いぞ。帰還するまでが、戦場だぜ」


 カニンガムさんが、ぐるりとムクの頭部だけ、コミカルに敵が去った方向に向けて、強がるような冗談めかした声で言ってくれた。


 もう、安全に離脱した母艦アルカナクラスも近い。帰還シークエンスをコンソールで指定して、押し込んだフットペダルを緩め始めた。


「すげえな、アロー。やっぱ先輩だわ……」


「何か、腑に落ちないようだな?」


「どうして、止まらなかったんでしょうか……?」


 気になるのは敵艦の最後の行動だ。なんというか、まるで人が乗っていないような、冷たい圧迫感を感じる。


 勝てないなら逃げるのは当然の行動だし、特攻するならするで、恨み言を広域通信で言い返してもおかしく無いのに。変だ。


「戦場ってのは、狂気の場所だ。正気を保てない奴から死んでく。理屈じゃねえのさ、と」


 カニンガムさんのムクが、通信オペレーターとやり取りをして、丁寧な操作でアルカナクラスに着艦した。続いてスーズさんが、次に先輩が少し几帳面に。


 艦内は、さっきの無茶なハンガー付きの旋回で荒れている。僕のマドナグは大きいので、ゆっくり何かにぶつけないように、最後はそっと歩いて、整備用のハンガーに彼を固定した。


「ふぅ……はぁああああああ……」


「全隊員の無事の帰還を祝す。よくやってくれた。一息ついてくれ」


 イルマさんの声。開いていた格納庫が閉じていく。空気の減圧が通常に戻って、僕はヘルメットを外した。


 お腹が盛大に鳴った。そう言えば目を覚ましてから、水だけで何も食べて無かった。


「お兄ちゃん!! マドナグ、開けなさい!!!」


 勝手にロックが外れて、コックピットハッチが開いていく。やっぱり意識というか、高性能な判断ができるAIが搭載されているのかな。彼を作った連中は、ユーモアが大好きなのかも知れない。


「お兄ちゃん!!!」


「はいはい、生きてるぞ。あー……、悪い。何か片手で食べられる物、持ってきてくれないか。整備も手伝わなきゃだし」


「う、うん。ハンバーガー持って来るね!!」


 腹が、減った……。抱きついて来たリアの顔を見て、ほっとしたのが余計に悪かったらしい。何か食べたくてたまらない。


 本当はあまりよくないんだけど、座席裏で見つけた保存食の封を破って、一つだけ口に放り込んだ。チゲさんが入れてくれた物だろう。後で補充しないとな。それにしても。


「マドナグ……君は一体、どこから来たんだい……?」


 僕が話しかけても、彼は反応してくれない。OSから立ち上げれば、会話式の応答もAIがしてくれるだけど、リアがしている事とは、根本的な何かが違う気がする。


 チゲさんがコックピットに登って来るまで、何度か話しかけてみたけれど、結局、彼が反応を示してくれる事は無かった。



◇◇◇



 統和国軍、第三師団艦隊所属重巡洋艦、つまり救援したドルムから、小型連絡船スペース・ランチがやってきた。


 統和国は小惑星帯アステロイド・ベルトに最も近いコロニー国家群だ。先進的な機械技術とAI技術により、世界で最も技術的に優れている先進国でもある。


 どんな人たちなんだろうか。専門用語とかで話されても、スラングがわかんない。ちょっとドキドキしてしまう。


 ──────────。


「あら、あなたが、あの流れ星さまでしょうか?」


 美しい大輪の花が、言葉を喋っている。


 違う、女性だ。千鳥格子飛ぶ鳥のような柄の上品な仕立てのツーピース服。胸元には国旗のマークか何かだろうか。紋章のようなネックレスをしている。


 まるで勝負でも挑まれているように、スラッとしたタイツに包まれた美脚で、膝上のスカートが翻っている。あれ、見えちゃうんじゃ無かろうか。つい目で追ってしまう。


 愛くるしい童顔に、少しいたずらっぽい不敵な表情を浮かべている。一度しか画像で見かけた事しか無いけれど、西洋絵画の油絵とか、こんな美人なのかもしれない。


 貴婦人レディ


 優美、優雅、上品、上流。そして崇美。彼の国の要人か何かとしか、思えない高貴な女性。年頃は僕と同じ16か17。もっと上かもだけど、リアみたいに13って事は無いだろう。


「えっと、僕は……」


「ふむ、失礼?」


 白い手袋に包まれたたおやかな指が、僕の頬に触れて、ごく自然な仕草で、顔と顔を合わせられた。めっちゃドキドキする。つい腰に手を回してしまったけれど、びっくりするほど引き締まってて細い。


 というか、たわわ、たわわが触れるか触れないの位置に。つい、視線をそらしてしまう。モデルとかと比べても、議論の余地が無いくらい美人で、ドキドキせざるおえない。


「え、えっと……?」


「ふふっ……愛らしいお顔。つい、お側に近づいてしまいそう」


「き、君は……イッタぁ!?」


 ビリッと背中に痛みが走った。振り返るとリアが僕の背中に張り付いて、両手で背中をつねって。すっごい不機嫌そうな顔で、頬を膨らませている。


「お兄ちゃん、デレデレしちゃってキモい。信じらんないッッ!!!」


「いきなりなにしやがんだ、お前ッ!! あ、こら逃げるな!!」


「べーだ!!」


 無重力エリアだから、一瞬で通路の向こう側に消えてしまう。リアは昔から僕が女の子と仲良くしてると、こういう時が良くある。まったく、後で叱らなければならない。


「はははっ、まあ、屑輪の宇宙そらにようこそ。インテリオル嬢。この度は災難だったね?」


「ええ。ご救援頂き、誠に感謝に堪えません。かのご高名な自由騎士ケンプファ様に、無事生きてお会いできて、光栄の至りですわ」


「ケンプファ?」


 イルマさんがちょっと照れたように、僕から目をそらした。妙に可愛い無防備な仕草に、不覚にもドキッとしてしまう。


「わ、若い頃の話さ。傭兵業やってたって、教えた事あっただろ?」


「……そうだっけ?」


「いけません、申し遅れました。わたくし、アーキ・インセプト統和国。外交委員であるジョナサン・ザオ・インテリオルのひとり娘。ノアヤナフ・ドルム・インテリオルと申します。今後ともよしなに。よろしければ、エスコートして頂けますか。素敵な流れ星さま」


「は、はい。喜んで……」


 腕をからめられて、また、たわわが当たりかけて、ドギマギしてしまう。重力ブロックに入った時に、何度か腕と足が一緒に出て歩いてしまって、彼女は弾むように笑ってくれていた。



◇◇◇



 イルマさんの取りまとめで今回の襲撃について、目撃者全員で、各都市へ報告のために、作戦室でミーティングを行う事になった。


「先に詫びて置こう。連中が封鎖連盟と確証が無かったので、混乱させないために、意図的に情報は伏せていた。……少し、心を強めに身構えて、コイツを見てくれ」


 いつになく真剣な表情で、いつも豪放なイルマさんが重々しく、部屋中央に備え付けられた、立体映像スクリーンを操作ている。


「コックピット……?」


 機器の配列に見覚えはない。僕以外にも何人か心当たりがないのか、みんな顔に疑問を浮かべている。


 機体RFのコックピットだけど、誰も乗っていない。パイロットスーツだけが、座席に投げ捨てられている。


「これは、証拠映像として、軍警が例のバイザー付き、ドルムのデータベースからの情報によると、エズと呼称があるらしい。……に、対して。アローが撃墜した直後に、撮影された映像だ」


 周囲がざわめき出した。どういう事だろうか。実弾で穴だらけにされた機体はともかく、押しつぶした機体はパイロットの身体が残っているはずだ。意味が、分からない。


「落ち着いて聞いて欲しいのだが、機体内のパイロットスーツからは、人体と思われる痕跡は、何一つ回収できなかったんだよ……」


「む、無人機……?」


「いや、シデン。それはほぼ無い。私、アロー、カニンガム、スーズ、そしてリアも、この機体から人の声を聞いている。それに……」


「そう、ですね……ベテランの意見として言わせて貰えれば。余程高度で、高級なAIでないと……」


 そう。僕もスーズさんと同意見だ。AIだけによる自動操縦なら、こっちの搭乗機AIが即座に判別して、対応や表示してくれるくらいに、動きがパターン化しているのが常識だ。


 その場合、グローム技術による思考性補助も得られない。だから、人が乗った機体なら、免許だけの素人が操縦しても。相対距離を詰めて、ほぼ勝ててしまう事が多い。


 利点がいくつか無いわけではないけど、すぐに判別できるパターン化した動きだけでは、純粋に勝てない。


 思考性補助付きに近い行動をAIにさせるには、それだけ大幅に費用がかかるし、機体中枢の演算能力も大幅に食う。普通、理由が存在しない。できるとすればそれは……。


「ライアン艦長。インテリオル嬢。ご説明を頼む」


「了解です。イルマ様に引き継ぎまして、1週間前の本艦の状況から、ご説明させていただこう」


 1週間前。ドルムは姉妹艦である重巡洋艦ガリルを中心とした艦隊と、いくつかの技術に関する調印や交渉のために、インテリオルさんの父親を含めた政府高官たち数名を乗せて、準惑星ケレスを目指して航行していた。


 ところが小惑星帯アストロイド・ベルトに入る直前で、封鎖連盟の所属戦艦。イーセ級艦隊に遭遇。何の警告もなく襲撃を受けた。


 これを受けて、ガリル艦隊はドルムの搭載機半数を引き連れて防衛。敵の布陣から、ドルムはそのまま囮となって、直接ケレスを目指す事に。


 辛くも離脱したが、ドルムは駆逐艦二隻に追いつかれて、交戦。勝利を収めるが、出撃した機体RFは残念ながら、すべて破損してしまっていた。


「我が艦内の技術者すべてに、捕獲した敵機エズの内部を調べて貰ったが、機体内の映像は、おそらく意図的に一体も残されておらず。さらに機体内と操縦ログを詳細に調査したが、我が国のような高度なAIは未搭載。何度調べても撃墜直前までは、人が操縦していたとしか、調査結果が出て来ない、と言う……」


 説明している壮年のライアン艦長も、堀の深い顔を歪めて、怪訝な顔を浮かべている。意味は理解できるけど、それじゃあまるで……。


「それじゃ何か? 撃墜されたらパイロットスーツだけ残して、宇宙そらに消えた。とでも……?」


「現状。そう申し上げるしか無いのですよね……」


「意味わかんないよぉ……!」


 僕の隣で黙って話を聞いていたリアが、涙目で痛いぐらい抱きついて来た。やっべ。彼女はこの手の話が大の苦手だ。イルマさんが今夜、トイレについて来て欲しいと言われてしまうかもしれない。


「何にしても不可解だからね。もうケレスも近い。そっちに顔出してアローがとした駆逐艦を中心に、軍から調査隊を派遣してもらう。今後はそんな所で宜しいかな?」


 全員がイルマさんの言葉に頷いた。だけど不可解極まりない。僕が撃墜したのは、本当に人が乗る船だったんだろうか。


「お、お兄ちゃん……」


 関係ないか。この宇宙の時代に、幽霊だろうが亡霊だろうが、不気味だろうが守れば良い。それに、亡霊とやらなら、こっちにも居る。


「大丈夫だリア。僕と亡霊マドナグが守るよ」


 安心させるために、彼女の顔を片手で胸元に引き寄せる。彼が居れば、生き残れる。そう、僕は自然に思えていた。




────────────────────────────────


 今回のまとめ。


 アロー君。偶発的な戦闘を含めて、6機撃墜し、名実ともに、撃墜王エースに。

 無事帰還。マドナグ君の正体不明っぷりに、アロー君は思いを馳せる。


 新ヒロイン様ご来訪。美脚系お嬢様ですよお嬢様。

 封鎖連盟。パイロットが敗北と共に消失。としか思えない現象が起きていると推測。真相は如何に。

 リアちゃんを守ると宣言。リアコン……リアちゃんコンプレックスの鑑ですね。



 計6機撃墜なので、アロー君はエースですね。普通のエースは5機撃墜すれば、十分以上にエースなんですよね。牛乳飲んで、部下の代わりに出撃して、勲章たくさんもらって、撃墜されても帰ってきたルーデウス閣下とかと比べてはいけない。


 …………たまに、現実のほうがバグってるから戦史ってすごい。


 最も、イルマ・コンツェルンのテストパイロットさん達は、みんなかなり腕前が良いので、小惑星帯最強のパラス軍に連なるほど評価されています。


 なので、新人でもかなり腕はいい方なのです。


 美脚で勝負。わが辞書に終生まで、綴りたい言葉です。元ネタはもちろんスーパーでロボットで、幽霊な機種の必殺技です。ショウト・ナウッ!!!



 あと1分だけお時間を下さい。面白かったと思ったり、続きに期待ができると思った方は、フォロー&★★★レビューで応援をお願いします!


 以下その方法と、いつもの主人公「アロー」君と今回はヒロインである「インテリオル」さん、「マドナグ」の一言と、次回予告です。


 PC版の場合は、次の手順です。


 1・目次ページ下部の★123などと表示された、青い星と数字の項目をクリックする

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 3・★を付与する。★★★3つだと、とても嬉しいです。実際に、泣いたほど喜んだ事あります。


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 3・★を付与する。★★★3つだと、とても嬉しいです。実際に、泣いたほど喜んだ事あります。


 アロー「インテリオルさんって、ロールフッドの免許は持っていますか?」


 インテ「あ、いえ、所持しておりませんが、通信オペレーター資格と、大学ではOSプログラムを少し、勉学させて頂いておりました」


 アロー「そうなんですね。すごい。では、今回も応援よろしくお願いしますね〜👋(ふりふり)」


 インテ「よしなに。で、ございます。うふふ。👋(ふりふり)」


 マドナグ「👋(なぜか無言のツインアイノイズ)」


 次回は、ものすごい訓練シーンからスタート。どこがものすごいかは、サプライズ的にヒミツで。

 アロー君も正式な入隊手続きへ。そこで目にしたものとは。


 次回「入隊」……輝く嵐は、愛にこそ気づくために、吹いている。

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