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第8話 「開戦」

 先に事実だけを述べれば、地球圏と宇宙圏の両者は、本格的な武力衝突へと、発展した。


 星間宗教上の非交戦地帯である小惑星パラスが、封鎖連盟率いる地球圏艦隊と衝突。これをパラス防衛軍は、終始優勢に撃退。


 しかし、火星圏防衛軍は、宣戦布告と同時に封鎖連盟の大艦隊による奇襲を受け、辛くも撤退。


 そして、各地で同時多発した、各国要人暗殺。誘拐事件を、傭兵斡旋組織マーセナリーズ・コーテックスを離反した者たちが声明。


 元ランカーエース01ゼロワン、グリント・シーカー氏を中心とした彼らは、ソンブレロ師団を名乗り、火星軌道エレベーター「マリナ」を封鎖連盟と共に占拠した。


 これら四つの事態を重く見た統和国と各コロニー国家。パラス。ケレス。火星圏防衛軍。ローゼスを含む商業都市国家同盟。そして、傭兵斡旋組織マーセナリーズ・コーテックスは、星間航行第一安全保証条約に基づき、徹底抗戦を宣言。


 物量とパワー。限られた強者による戦争。


 再び、宇宙そらは揺れ動き、戦いの火蓋を切り落とそうとしていた。


「ベスタ、ジュノーも戦力を出すと表明した。これで、巻き込まれて無い場所は、木星圏より向こう側だけって事だ。くそったれぇ……」


  僕と先輩は電気自動車エレカに乗り込み、後部座席にはイルマさんが、各勢力の軍上層部との議会や、傘下企業との会談で、疲れ切った身体を横たえている。


「今日まで続く歴史的諍いさかいを終わらせるため、我々封鎖連盟はここに、敵勢力である他星圏に対しての、宣戦布告を……」


 車載テレビからは、先日宣言された、封鎖連盟代表からの宣戦布告が報じられている。


 内容は、まあ、よくある相手の歴史的汚点を蒸し返して、つらつらと自分たちの正当性を述べている。でも、敵である僕たちには、酒場の野次と大差がない。


 人は、過ちを繰り返す。


 要は相手の持っている物が欲しい。奪いたい。自分たちは正義だ。優劣をつけたい。お前たちは負けるべきだ。勝つのは我々だ。下らない事にそんな事を飽きもせず、繰り返している。


 僕たちの家であり、会社であるイルマ・コンツェルンは商業的なつながりも豊富で、戦力だってそれなりに保有している。戦争への準備は、まさに戦火に焼かれるように、忙しい。


「ちゅかれたぁぁ……もういっそのことぉ、私のこと女として抱けよぉ、アローぉぉ……」


「はいはい。前向きに考えてあげるから……」


「よーし、インテリオルちゃんのとこ、お手紙貰ったし、お見舞いくどぉー……」


「その前にちゃんとご飯食べて、5分で良いから寝てよ。その調子じゃ会えないよ?」


「むぅううううりぃいい、食べさせてぇぇ……」


「はいはい……」


「いやぁらしくぅぅ、マッサージしてぇぇ……」


「はいはい。ほら、食べて」


「抱けよぉぉ……むぐっ」


 連日この調子で、いい加減僕も先輩も慣れて来た。色っぽくガバッと胸元開けて、ブラもチラッと見えるけど、本人の態度で台無しになっている。もっとも、今日が予定では最終日だったから、そのせいもあるんだろうけど。


 とりあえず美味しいソラダイコンと、ジューシーなケレス鶏のお弁当セットを口に突っ込んで、寝そべっている腰を強めに揉んであげた。ガッチガチだ、疲れてるんだなぁ。


「ねえ、リアはどうするのさ?」


「連れてくっきゃねだろ。傭兵崩れどもがお偉いさんかっ攫った前例が目の前にある以上、いつ同じことしに来るか分かったもんじゃねえ。オレっち達自身で守るっきゃねえじゃん?」


「あー……傭兵ランカーエースは鼻が鋭い。ついでに言えばソンブレロ師団の連中だって、もうお客様なんだ。いつ忍び込んで来るか、ガチでわかったもんじゃないよぉ、おおう、そこそこぉ、もうちょい上ぇい」


「り、離反者なのに、ソンブレロ師団が雇うの。イルマさん?」


「お金を払えばリーズナブルにお客ぅさんだぞぉ。表向きは公表しないだろうがなぁ、絶対に雇ってるヤツいるって、賭けても良いぃ、もうちょい右ぃ」


「まぁ、いつでも移動できるように、機体RF搭載できる星間連絡船も購入した。物資の買い占めもOK。リアも対人射撃訓練してるし、いつでも戦線に行けるわけだが……」


「問題は、インテリオルさんか……」


  インテリオルさんの父、ジョナサン・ザオ・インテリオル氏は、依然として敵の捕虜になっている。彼は殺害を声明されてはいないが、現在どこに収監されているのかは、不明だ。


 インテリオルさんは、艦隊撃墜の映像を目にした直後にショックで気を失ってしまい、それ以来ずっと気落ちしている。


 各勢力の軍上層部は、火星の軌道エレベーター内に、人質として収監されている可能性が高いと予測していた。


「彼女も事情は変わんねえ。コロニーへのランデブー便は、火星圏を通らなけりゃならん。ここに残るより、前線に近づいた方が安全度が目に見えて高いとか、悪い冗談にも程があるぜ……」


「力が無ければ守れない、か」


 第三師団艦隊所属、重巡洋艦ドルムは、本国との交渉の末。僕達と同じ艦隊に一時的に編入される事になっている。


 ドルムが向こうで本国の艦隊と合流するには、ランデブーポイントが合わず、開戦に間に合わないと判断しての決定だった。


「寒い時代になってきちまったな。たくっ……!」


「どうすっかなぁぁ……」


「何が、イルマさん?」


「ぐぅ……んがっ」


 何か悩んでるみたいだけど、飲ませた睡眠ドリンクが効いたみたいだ。イルマさんは目もつむらず、ことりと眠り始めた。


 僕はまぶたを閉じてあげて、毛布をかけて、先輩は駐車場にエレカを停車させていた。



◇◇◇



 警備の女性たちに挨拶して、軽い身体検査を受けて、彼女の部屋のドアをノックした。返事は無く、部屋に入ると、彼女は端末を手に窓の向こうを眺めていた。


「やあ、元気そうだね。インテリオル嬢」


「皆さん……。はい、お陰様で……ごきげんよう、です」


「何を見ていたの、インテリオルさん?」


「先日大破した駆逐艦の調査記録です。もう、ご覧になりましたか?」


「まだだ、見せてくれるかい?」


 インテリオルさんは端末を操作して、モニターに調査記録を表示してくれた。僕の撃墜した艦内には、人間の死体は確認できなかったと表示されている。


「予想通り、だね……」


 火星圏やパラスを攻めた者たちも、捕虜は居るけど揃って口を閉ざしている。兵士が消失する原因は、未だ持ってどの勢力にも判明できていない。


「皆様に折り入って一つ、お願いがございます」


「良いよ。言ってご覧?」


「どうか、父の救出に皆様のお力を、お貸し下さいませんか……?」


 折り目正しく、深々と彼女は僕たちに頭を下げ、僕は目で問うイルマさんに、少しだけ頷いた。


「それは、ご自身で銃を手に取り干戈かんかを交え、お父上を奪還する。そう、認識しても?」


「はい。わたくしも、統和国の女です。屈辱と仲間の無念は、わたくし自ら。晴らさせて頂きます」


「良いよ、力を貸そう。こっから先は御同輩せんゆうだ。よろしく、ノアちゃん」


 砕けた調子でイルマさんは手を差し出した。僕も先輩も深く頷いて、賛同を示した。


「そうと決まれば、……悩んでたが、私も覚悟を決めよう。コイツを見てくれ」


「これは……?」


 イルマさんが古風な茶封筒から取り出したのは、複雑なグラフが書き込まれた、紙媒体の資料だった。


機体RFの操縦テレメトリーだ。そちらの第三師団艦隊を落としたヤツのな。無理言って傭兵斡旋組織マーセナリーズ・コーテックスに、資料を流して貰った」


「テレメトリーって、なんだ?」


「パフォーマンスの解析結果……この場合は、パイロット固有のバイタルサインに近く?」


「そう。連中のデータベースの中で、96%一致するデータは、過去に一人だけ。…………私の。リアの父親を死に追いやった、クソヤロウだよ」


「なっ……!?」


 添付された画像の元には、元ランカーエース01ゼロワン。人物名グリント・シーカー。搭乗機の十メートル級機体RFは、リベルタリアと書かれている。


 僕でも知っている。傭兵斡旋組織マーセナリーズ・コーテックスの離反者。ソンブレロ師団の頭目。顔画像には、明らかに機械を身体に埋め込んだ、異形の人物が映し出されている。


「リアに話すか話さないかは、任せる。でも可愛い娘なんだ。傷つけないように頼むよ」


「そりゃ、そうしますが。イルマ様……」


「重々承知いたしました。……この資料は、お借りしても?」


「全員。隅から隅まで頭に叩き込んだら燃やしてくれ。持ってるだけでもヤバいもんだ。今回は、あたしにとっても復讐になるかも知れない。その事を忘れんでくれれば、良い」


「うん……」


 顔を曇らせたイルマさんは、僕でも見たことのないような、冷たい表情をしている。インテリオルさんは、資料を厳重に電子鍵付きのアタッシュケースに保管した。


「……名前。もう、ノアとお呼び頂ければ幸いです。近しい方たちは、そうお呼びしますので」


「ん、分かった。ではまた、出発の時に……ノア」


「はい。皆様のご武運をお祈りいたします。ごきげんよう」


 僕たちはノアを後にして、部屋から退室した。再び身体検査を受けて、電気自動車エレカに乗り込む。


「アロー、シデン」


「なんスか?」


「強い子だ。守っておやり」


「もちろん。誰にもやらせやしませんよ」


「わかってる。必ず守り抜くよ」


 資料のヤツが出てくるかは不明だけど、ノアからは、少し危うい物を感じる。過去の因縁もあるけど、元より誰にも殺されるつもりは無いさ。



◇◇◇



 火星。地球圏では、軍神マルスと言う古い信仰対象だった、歴史上初めて人類が、テラフォーミングに完全成功した惑星。


 現在では地球での環境崩壊を反省し、地表は放牧的な大農産地であり、数多くの有名な観光地も、かつては備えていた歴史を持つ。


 時代が移り変わり、かつての旺盛は無くなり、今では鉱物資源や物資を軌道上エレベーターで送り出し、二つの軌道軍事衛星。ダイモスとフォボスを支えている。


〝では、もう一度各機搭乗前に、説明しよう。我々の担当はフォボスなわけだが。今回は、味方が軌道上エレベーター「マリナ」を取り戻すまでの支援となる〟


「一点突破後に、波状攻撃作戦と言うわけだね?」


「そうだアロー。本隊である勝手知ったる火星軍主力艦隊が先導し、一点突破で最も外周のダイモス。次にフォボスの順で蹂躙。しかる後に、殿をパラス防衛軍を中心にダイモスで、そして我々がフォボスを確保しつつ戦力を誘導・護衛。すべてを制圧する。と言うわけだ」


「中継点の確保か。退くにも押すにも厄介ではあるが、精強なパラスたちが、ケツ持ってくれんのは良いな」


「元パラスの民としては、そこんとこどーだい? スーズ?」


「古馴染みは、連中を許しはしないでしょうな。仮にも聖パラスの制宙権に銃を向けては……」


 カニンガムさんも、スーズさんも作戦には全面的に賛成のようだ。僕も外周を二つの軍事衛星で守られている火星に対しては、これしかないと思う。


「イルマ様。味方の傭兵ランカーエースは、ほぼ先導ですが、私たちの方にも……?」


 近距離レーザー通信で、ブリーフィングに参加していたノアが質問した。場合によっては裏切るかも知れない傭兵ランカーエースが近くに居るのであれば、気が気では無いだろう。


「我々の持ち場には居ない。居るとすれば警戒してくれ。戦史上、稀に見る作戦ではあるが、我々なら十分勝ち目のある戦だ。各位の奮戦に期待する」


「彼我の戦力比は、三対二以上……勝てる、とは思うんだけどな」


 敬礼を捧げ、みんなとブリーフィングルームから出る。案の定リアが聞き耳を立てていて、僕と目が合って、すぐにその場を一目散に逃げ出した。


「わっ……わわっ!?」


「こらっ……あんまり、引っ張られるような事を……!」


「言ってやるな、ずっと不安だったんだよ」


「だけど、先輩……」


「まあ、例の件もある。時間は無いが、もう少し言葉をかけてやれ、アロー」


 格納庫に急ぐ。パイロットスーツを着たリアが、マドナグの前で待っていた。腰には以前無かった、レーザー短銃を帯びている。


 それが、少しだけ哀しい。


「乗るって言っても、開けてくれないや。ははっ……」


「そりゃそうだろ。覚えてるか。それの使い方?」


「うん……訓練したし、使う時は絶対に躊躇わない。ためらえないよ……」


 パイロットスーツの表示から確認。まだ乗り込む前に、時間はある。……リアが喧嘩ではなく、相手に対して、殺害に繋がる行動ができない理由。当然だろう。


 彼女ほどのグローム能力やセンスを持つと、相手の痛みや、どこをどうすれば殺害できるか、すべて理解して、殺害に及べば100%確定するように感じてしまう。


 とても13歳のただの女の子に、耐えられて良い物じゃない。才能が、人を幸せにするとは限らない。ましてできるからこそ、酷く後悔を生み出しさいなまれる。厄介極まりない。


 だから僕ができる最大限の事で、彼女を励まそう。


「リア。帰ってきたら、昔みたいにキスしてやるよ」


 幼い頃の話だ。幸せだけしか知らなくて、小さなリアが可愛くて可愛くて仕方が無かったあの頃。僕は結構なキス魔で、友達やリアやのほっぺに、キスばかりしていた思い出がある。


 リアの顔が、一気に赤くなって。面白いな。


「ふ、ふわふわしてる……」


「そりゃ無重力だが……ま、心配するな。そろそろ時間だ。お前もしっかりな?」


「うん。ハンバーガー。また持ってくる……」


 頭から湯気でも出しそうなリアを見送って、マドナグに乗り込んで発進準備を整える。僕が操作する前に、ハッチが勝手に閉じていく。どうやら、マドナグも相当やる気のようだ。


「聞こえるかアロー」


「聞こえるよ。チゲさん」


「よし、今回はお前さんの注文通り、弁当と実体剣マテリアル・ブレード二本を用意した。投げやすいように多少加工もしてある。活用してくれ」


「了解。……今回もよろしくな。マドナグ」


 周波数を広域受信に。ノアから通信が入っている。


「アロー様。誠に勝手ながら、再び、流れ星のようなご活躍を、ご期待させていただきます。……ご武運を」


「了解。ありがとう。……ノア」


「各機、カタパルト射線再確認せよ。整備兵は退避急げ。射出、1分前!!」


 発進準備が完了すると同時に、先輩のムクがカタパルトに乗り込んだ。相変わらずチゲさんに離れるように言っている。


 宇宙そらの向こう。星粒のような輝きが見える。無人突撃艇の光だろうか。まだ、荷電粒子プラズマの輝きは見えない。


「シデン・ヘンリック。M008、行きます!!」


「進路クリア! アロー機! 発進どうぞ!!」


「了解。アロー機。マドナグ。出しますッ!!」


 ここに、かつては赤き星に立ち、天を支えた御柱を巡る戦いの幕が、切って落とされようとしていた。




────────────────────────────────



 今回のまとめ


 世はまさに、太陽系戦争時代。まあ、木星圏から向こうは、ノータッチですけが。遠すぎるから仕方ないね。


 支社長イルマさん。ダメダメイルマさんになる。中間管理職って辛いよね。めっちゃ交渉とか頑張った。わりと若年層には見せられない部分も多いので、無慈悲にカットカット。


 インテリオル嬢ことノア。戦って父を奪還する決意を抱く。

 実は昔キス魔で、今ではすっかりリアコンなアロー君。罪作りな男です。そういうトコだゾ。


 一行は火星へ。一点突破作戦の進路確保と護衛へ出撃。



 軍神マルスの下で。好きなガンダムの副題の一つです。F90の副題の一つでしたかね。確か。

あと、一点突破作戦も好きです。ビッテン突破とか、ロマンですよね……。


 戦闘航宙機どうしよっかな……。続編では絶対出そうと思うのですが、好みがギャプラン改とか、いっそビグロとかなんですよね。何かピンと来るような機体は、ないものか……。



 では、あと1分だけお時間を下さい。面白かったと思ったり、続きに期待ができると思った方は、フォロー&★★★レビューで応援をお願いします!


 以下その方法と、いつもの主人公「アロー」君と今回はインテリオル嬢あらため「ノア」さん「マドナグ」の一言と、次回予告です。


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 アロー「ドルムは通信オペレーター、多いんだっけ?」


 ノア「そうでございますね。5名様ほどお勤めしていまして、わたくしの担当は、船外戦力様への通信連絡でございます」


 アロー「頼りにしてるよ。では、今回も応援よろしくお願いしますね〜👋(ふりふり)」


 ノア「ふふっ、よしなに👋(ふりふり)」


 マドナグ「👋(無言の…………)」


 次回は、一点突破作戦へと雪崩込みます。兵は詭道なり、兵は拙速を貴ぶ。激戦区の中で、人々は、過ちを繰り返す。


 次回「狂走」……狂うは銃か、人か、戦場か。

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