火星軌道上エレベーター「マリナ」を巡る戦いは、僕たちの陣営が勝利で幕を閉じた。
朗報としては、ソンブレロ師団はすぐに撤退したようだ。人質として捕らえられていたノアのお父さんは、無事見つかったらしい。報告では、連絡船ですぐこちらに向かって来てくれている。
ただ、二度に渡る大規模な戦闘の影響で、ダイモスもフォボスも大きく崩壊し、軍事基地として機能を回復するのに、数ヶ月以上時間がかかるらしい。
突入した陸戦隊の活躍で制圧した、軌道上エレベーター内で一度火星に降りるしか、
下船する多くの負傷兵を乗せた病院船が去っても、曳航している
「お兄ちゃーん。何か、忘れてなーいー?」
交代の宙域パトロールを終えて、自室で小休憩を取ろうとしたら、後ろからリアがひょこひょこ付いてきて、甘ったるい猫なで声で、後ろから首元に抱きついてきた。
ふむ。そう言えば約束してたっけな。むふふ。なら、あの手で行こうか。
「何か……ああ。帰ってきたら一回、子作りエッチしようって?」
「こ、ここっ、子づくぅ!!? ちがっ、いやっ……違わな……ち、まだ、まだ、違うもんんん!!!?」
「リア……」
「あっ……」
少し強引に、バタバタ暴れ始めたリアを押さえつけて、じっと目を合わせる。彼女は唇を突き出して、目をぎゅぎゅっとつむり始めた。我が
「んっ、ちゅっ、んんっ、んっ」
「ちょやめっ、待って、待ってぇえ、まっててばぁあ!!?」
「いやだ。やーだーよー」
目を閉じたまま隙だらけな体勢のリアに、頬、肩、耳や髪、手先や胸元に、何度も勢いよく軽いキスの雨を降らせてやる。恥ずかしかったのか、またバタバタ暴れて防ごうとしたので、その防ごうとした腕ごと何度もキスを重ねる。
「やめ、やめるぉおおおお!!! いい加減にしてよ!? このロリコンアニキィイ!!!」
「失礼な! 僕は生涯リアコンだゾッ!!」
耐えきれなくなったのか、悲鳴交じりに涙目で、思いっきり押し付けるように蹴飛ばされた。相変わらず良い脚持ってやがる。僕も満足だ。
「たくさんたくさん物量で愛してるぞぉお、リィアァア……!」
「むぅうう……! 絶対バカにしてるでしょ!?」
「いや、本心だぞ。今のリアコン発言と、
「………………バカ、バカバカお兄ちゃん。べ、べーだ!」
思いっきりおどけて愛してると言ってやると、あっかんべーして彼女は部屋から逃げて行った。ちょっと涙目だったけど、まあ良いだろう。ずっとニマニマ笑ってたし。
む、呼び出し音。イルマさんか。
「アロー。シデン。休んでいるところ悪いが、少し良いか?」
「どうしたの、イルマさん?」
「ドルムの損傷が思ったより酷いようでね。向こうのライアン艦長の願いで、ノアと父上のジョナサン氏を、こっちに避難させて欲しいと言って来た。休んだ後で構わないから、顔合わせに食堂に来てくれるかい?」
「わかったよ、じゃ、後で食堂でね」
4時間ほど眠り、僕は少し眠そうに起きてきた先輩と、食堂へと向かった。
◇◇◇
食堂にはイルマさんとノア、カニンガムさんと、黒服の男性に守られた、壮年で体格の良い男性が談笑している。ノアと目が合うと、小さくお辞儀してくれた。
「やあ、君たちが、流れ星様さまか!」
「流れ星……?」
「あははっ、ノア……さんが、気に入ったみたいでしてね、先輩。お元気そうで何よりです、インテリオル外交委員」
「うむ。連絡船ごと捕獲された時はもう駄目かと思ったが、迅速な救援のおかげで九死に一生を得た。素晴らしい行動に、大いに感謝する!」
ガッチリ両手で、思いっきり手を握られた。声の大きな人だ。でも目元はノアによく似ている気がする。親子だから当たり前か。
「それで、おそらく
「そうだ、イルマ殿。どうせ捕虜の収監を予定している艦隊の一部は、このまま統和国に向かうつもりだ。ドルムの修理に大きく時間がかかる以上、何度も世話になって申し訳ないが、どうだろうか?」
「そうだねぇ……。悪くは無いが、安くもできませんよ。なにせ我が社も会社ですので?」
「だよなぁ、スーズのヤツも片足吹っ飛んじまって、再生治療中だものな」
「言い分は出すとも。もちろん今までの分も合わせて、出させて頂きたい! ……連絡船の中でしか過ごして居ないが、封鎖連盟の動向は怪しい。一刻も早く本国で対策に講じたいのだ」
「まあ、そこは私共も同感です」
「それに、我が国のデータベースならばあの大型機のデータも、何かしらあるかも知れん!」
「大型機。マドナグのことですか?」
「ああ。歴史は我が国の方が古いからな。国家研究機関にも二十メートル級のデータは多い。きっと何か見つかるだろう!」
それは助かる。世界一と言って良い技術大国のデータから調べて貰えるなら、きっとマドナグの事も何かしらわかるだろうし、この繋がりは、純粋なビジネスチャンスとしても大きい。やったね。
「と、言うわけで儲け話だ。短くしか下船もさせてやれないで悪いが、稼いで良いかい?」
「稼げる時に稼げ。が、社訓だもん。それに、一度は行って見たかったものね、統和国」
「はい。歓迎をお約束いたしますわ。皆様」
それからすぐに僕たちは、他の艦と共に軌道上エレベーターを使って火星に降りる事になり、僕は生まれて初めての、本物の大地へと向かう事になった。
◇◇◇
太陽光が暖かい。乾いたような、緑の匂いが濃い。宇宙を見るとデブリの流れ星や、小さなフォボスを見ることができる。
火星。人類が初めて自らの手で、惑星改造を成し遂げた星。見渡す限りの赤銅色の大地に、僕は初めて足を踏み降ろしている。
「あ、ご覧下さいませ、アローさま。鳥の群れですわ」
ノアに促されて遠くを見ると、何羽も鳥が自由に青空を飛んでいる。ここは軌道上エレベーター直下の街「イスナマ」で、展望台エリアだからよく見える。大きな鳥で、真っ白くて、初めて見る鳥だった。
「おー……あんなに放し飼いにしてるって、すごいね。どこで飼ってるんだろう?」
「あ、いえ、あれは野生の鳥でございますわ」
「へー、ヤセイて鳥なんだ。食べたら美味しいのかな?」
「いえ、そう言う意味でも無く……!」
どうしたんだろうか。意味が違う、何が。あの鳥の名前はヤセイって鳥なんじゃないの。そもそもヤセイってなんだろう。鳥の意味が違う。鳥。ヤセイ。飛べる生き物。
「あれはまさか、食べられる鳥じゃ、無い……?」
「食べる事から離れようよ、お兄ちゃん。それに、野生って言うのは馴染みがないかもだけど、自然に生まれて来る事だよ」
リアが僕の左腕に抱きつきながら教えてくれる。自然に生まれて来る。じゃあ人と同じように、コロニーとかと違って勝手に増えるのか。管理しなくて大丈夫なのかな。だって勝手に増えるなら、そこら中あの鳥だらけになってしまう、ような。
「ん?」
無言で反対側の右腕をノアに抱きつかれた。たわわ、大きなたわわが当たる。でもリアの手前……なんだリアお前、その勝ち誇ったような小憎たらしい得意げなツラ。
「ふっふーんあたし、この前お兄ちゃんにぃ、キッス、してもらったもんねぇ?」
「…………へぇ。本当ですか。アローさま?」
「それは、そのー……」
なんだろう。すっごい冷たい剣幕でノアに問われている。僕を挟んでバチバチ火花が散ってる気さえする。というか二人とも、思いっきり腕を引っ張り合わないで欲しい。結構痛いんだけど。
「おやおやおや。ずいぶんと両手に花ですね。でも真ん中の彼が苦しそうなので、そのあたりにしておかないと、真ん中から裂けてしまいますよ、美しいお姫様たち?」
何か、口元や目元まで覆うフルフェイスの
スラっとして背は高く、ジャケットに陸戦隊のような胸当てを付けて、顔を覆っているのもあるけど、声も姿も中性的で、男性か女性か判別できない。
「私、昔から太陽とは仲が悪くてですね、この
「あ、そうなんですね。これは失礼を、……あなたは?」
「しがない通りすがりですよ。今日は久々の休暇で、見晴らしの良いここで気分転換というヤツです。野鳥や流れ星をご覧になるなら、これがオススメですよ」
仮面の人はバッグから、双眼鏡を手渡してくれた。表情はまったく見えないが、声の調子から陽気に話しかけてくれている。受け取って促されるまま鳥を見てみる。
「あ、ハート型になってる……」
「え、どれどれ見せて!」
リアに双眼鏡をかっさらわれた。大きな水たまりの上に浮いていた白い鳥は、長い首を寄り添って仲睦まじそうに、スィーっと優雅に水上を泳いでいる。
「わー……品があって、キレイ……」
「火星国の国鳥ですからね。紅白で、おめでたいというヤツですか」
「穏やかですねぇ……」
あの鳥を見ていると、とても穏やかな時間が流れている気がする。上でついこの間まで、戦争なんてしていなかったみたいに。
「上と下では世界が違うような物ですよ。昔からここはそうなんです」
「詳しいのですね?」
「ここが故郷なので、もっとも、過ごしたのは地表の反対側で、そこでもあの鳥はよく食べてましたね。ここのレストランでも、必ずメニューがありますよ」
「へぇー……やっぱり、美味しそうですね」
仮面の人から一周して双眼鏡が回ってきたので、あらためて上も見てみる。軌道上エレベーターはやはり巨大で。それこそまるでコロニーやローゼスの主柱が、そのまま突き刺さっているみたいだ。
「あれ、エレベーターからもなにか、蒼い光が伸びてる……?」
細くてちょっとよく見えないが、落ちてくる流れ星……正確には大気圏突入しているデブリに向かって、蒼く輝く細長い光が伸びている。なんだろう。
「目が良いですね。対空網が大きいと判断したデブリは、ああやって高出力レーザーで焼き払うんですよ。地表に落ちてきたら、危ないですからね」
「ああ。なるほど……」
おそらくほとんどが、二度に渡る戦闘の残骸なのだろうけど。展望台から見る巡り落ちる星々は、それを忘れさて、美しい。
「願って見たらいかがです?」
「願い。なんです、それは?」
「おや、知りませんか。人はいつだって、流れ星にお願いを託す物なんですよ。火星でもそこは変わりませんでした」
「そうなんですね。知りませんでした。じゃあ、あなたは何を願うんですか?」
「私? 私ですか……」
リアに双眼鏡を手渡して、ひっくり返りそうなので背中を支えてやる。仮面の人は、蒼く輝く炎に消えていく流れ星を見つめて、呟いた。
「勝利、ですかね。たとえ勝利者など居なくても、勝たないと力を、強いと示せない。……あなたがはどうです?」
「僕? 願いか……」
いや、なんでそこで二人とも黙って、僕の顔をじっくり見ますか。仮面の人もなんか笑ってるみたいじゃんか。恥ずかしい。そうだな……。
「未来と幸せ、かな。僕はこの子やイルマさん……あー母親を守るために、今の職に就いたので」
「なるほど、それは重要ですね。おっと、失礼」
端末の呼び出し音。仮面の人は誰かから通話がかかって来たようだ。「先ほど確認させて頂きました」「やっぱり、面白い子たちですよ」「その契約についての更新は、以降はお断りで願います」など、ビジネスマンらしい丁寧で端的な口調で会話している。
どうやら仕事先からの電話のようで、一分もせず仮面の人は通話を終えた。
「お仕事先ですか?」
「ええ、私。こういう者でして……」
電子名刺アプリで示された内容は、僕やリアが良く観戦している
名前欄はニック・シードル。不審な点は見当たらない。妙な仮面を除いてだけど。
「せっかくですし、SNSでも交換しませんか?」
「ナンパですか?」
「ナンパになっちゃいますね、いかがです?」
まあ別に良いんじゃないだろうか。プロの
「あー……僕たち船乗り生活なので、あまり返信できないかもしれませんけど、良いですか?」
船乗りでは、その場所固有のデータリンクでしか一時的に繋がれない。SNSで連絡先を交換しても、相手に連絡をすぐに返せるかどうかは、かなり稀になってしまうかもしれない。
「構いませんよ。データリンクがあれば、繋がれるでしょ?」
「そうですね。じゃあこれが僕のになります」
全員で同じSNSで繋がった。彼の登録ネームは「仮面枠」さん……ギャグなのだろうか。トップの写真も何かのイベントなのか、得意げに親指を立てて、
更新内容も、
時計塔の音だろうか。鐘の音が聞こえる。
「おっと、お時間ですね。また、お会いしましょう。……素敵な流れ星くん」
キザったらしく二本指を振って、ニックさんは去って行った。おどけた仕草に、少しノアが吹き出すように笑っている。
「あの人、強いよ」
「そうか?」
「うん。私より、ずっと強い」
リアがこういうのも珍しい。僕の知っているパイロットで、彼女にここまで言わせるのは、たった一人しか思い浮かばない。
「いや、プロ技士だし、まさかな……」
もう一度、彼の見つめていた青空を見上げて見る。偶然か。蒼く輝く炎は、流れ星たちに灯っていなかった。
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今回のまとめ。
本 性 発 覚。
だから言ったんですよ。アロー君は「だが奴は、……ハジケた」するって。罪作りめ。本気だけど、求められても行為は当然しませんよ。しませんとも。……しないよね?
一行は統和国へ向かう算段を付けつつ、一度火星の地へ。アロー君。初めて本物の重力下です。
白鳥。好きでして、めぐりあいです。果たして謎の仮面さんの正体は……?
そこっ、バレバレとか言わない!
今回のお歌。
勝利者などいないー。戦いにつかれはてー。
蒼く輝くほーのおーでー、この星空を、覆い尽くすときーまでー♪
yes my sweet, yes my sweetest〜♪
(あぁ愛しい人、あぁ最愛の人)
I wanna get back where you were〜♪
(貴方がいたあの場所へ、戻りたいよ)
だれもひとりではー、生きぃられないー♪
アロー君もなんだかんだ抱えてる物があるので、一見冷静なようでもホイホイ刺激すれば、そりゃ相応の事になるわけですよ。むしろ他の男だったら、火傷じゃすみませんぜ旦那、と言った具合です。
まあ、真性のリアコンであることに、疑いようもなければ、ブレようもないんですが。
ちなみに、彼はそれ以上に、イルマコンでもあります。イルマさんは男女として付き合うかとか、真剣に少しでも言っちゃうと3秒くらいで恋人になります。リアちゃんはそこのところ良くわかっているので、常にめちゃくちゃ焦っていて、そりゃ気が気じゃない訳ですよ。うーん、この脳焼き家族。
そして、デート回。なんか余計なのも顔出しましたが。両手に花とはうらやましい。
流れ星。なかなか肉眼では見たことがないですね。視界いっぱいの雷なら経験あるのですが。
さて、あと1分だけお時間を下さい。面白かったと思ったり、続きに期待ができると思った方は、フォロー&★★★レビューで応援をお願いします!
以下その方法と、いつもの主人公「アロー」君と今回は「リア」ちゃん、「マドナグ」の一言と、次回予告です。
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3・★を付与する。★★★3つだと、とても嬉しいです。実際に、泣くほど喜んだ事あります。
アロー「生の臭いって、結構すごいんだな」
リア「ローゼスとか、そんなに臭いは濃くないもんね。水辺は近づけなさそう」
アロー「ホンモノノウミってでっかい川も臭いすごいらしいぞ。どこなんだろうな。じゃ、今回も応援よろしくお願いしますね〜👋(ふりふり)」
リア「ホンモノノウミ。いつか嗅いでみたいね。よろしく〜👋(ふりふり)」
マドナグ「🛡️(なんとなく盾を構える)」
次回、次の戦闘のために、訓練に明け暮れるアローたち。実験を交え、実戦的に行うそれは、激しい物であった。そんな中、ノアはあることをアローに相談しに来る。
次回、「身勝手」……恋する乙女の戸惑いは、時に罪作り。