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第15話 「地球」

 地球。人類に見捨てられた地。根腐れの地。価値の低い資源衛星なんて呼ばれている。太陽系第三惑星。


 もう誰も覚えていない数世紀前。平地人フラットランダーたちは、一部の支配者たちの独断で殲滅戦争を開始して、 地球をあらゆる面で汚染してしまった。


 現在では主に点在する資源基地と、降下したオービタルリングの一部とか、落下した古いコロニー跡地などで、人々が暮らしている。


 コックピットからモニター越しに見える景色は、どこまでも砂に埋もれた、崩れかけの廃墟。外気温は80℃近くて、大気成分に異常を示す場所も多い。


 一応封鎖連盟政府の公表では、一億人ほど住んでいるそうだけど、どこまで本当なのやら。


「この皺だらけの人は、なに?」


「僕も知らないけど、統和国の偉かった、裏切り者の人だろうね」


 小さなスクリーンに皺だらけの老人が映っていて、隣に座る彼女が見つめている。


 僕がなぜ、突然、地球で目を覚ましたのか。その手がかりはマドナグのデータベースを調査して、ある程度の経緯を推測できた。


 結論から言えば、統和国内でソンブレロ師団に組する裏切り者が出て、僕とマドナグはその離反者の手によって、手土産の一部として、利用されてしまっていた。


 事の経緯はこうだった。僕が医療ポッドに入って再生に専念している間に、ポッドごと人質に取られてしまって、マドナグも抵抗できず。


 その後、地球に輸送されて、僕らはずっとソンブレロ師団の地上軍に、研究物扱いされていたようだ。


「あっち、すごく怖い人たちが来ます」


「分かった。あの廃墟に隠れようか」


 きっちり5分後にロールRフッドFを運べそうな大型ヘリが、ローターを回転させて通り過ぎていく。


 出力のほとんどを落として、廃墟の影に隠れていた僕たちには、気が付かなかったようだ。


「ねえ、もう4回目だけど、どうして分かるんだい、アールエ?」


「なんとなく、怖い人は特に、です……」


 連中の狙いはこれなのかも知れない。浮き世離れした雰囲気があるけど、予知能力ってやつだろうか。


 彼女には、人間らしい名前が無い。ちゃんとした名前をプレゼントしたいけど、彼女は頑なに首を振った。何度提案してもそうで、妥協案として、アールエと呼ぶしかなかった。


「怖い人は、好きですか……?」


「まさか。好きになんて、一生なれそうに無いよ」


「そう……」


  彼女は口数が少ないようなので、たくさんの質問をするように促したところ、積極的に応じてくれている。見ず知らずの男と一緒だし、少しは安心してくれると良いのだけれど。


「…………?」


「何かあるの?」


「良いもの……?」


 廃墟の裏手に回ると、片足を破壊された二十メートル級の機体RFを発見した。周囲に実弾が飛んだ形跡も確認できる。


 各部の走査波をアクティブ。特に動く物は確認できない。念の為少し周囲を探索して、警戒しながら近づく。


「コックピットは空いてるね。やっぱり動かないか。僕は外に出るから、こっちを見ずに伏せて、息もハッチが閉まるまで止めてね?」


「はい。分かりました……」


 マドナグのコックピット内の近代化改修は、ケレスで済ませている。身体に触れても濡れないコックピット内のジェルは、ある程度の浮力を持っているし、不快感も無い。ちょっとした宇宙空間のようで、重力下の外気にも強い。


 念の為、一撃で機体RFの装甲も貫通する、レーザーブラスターを腰のホルダーに。チゲさんが面白がって入れていた物だけど、 ソンブレロ師団に押収されなかったのは、不幸中の幸いだった。


 予備のパイロットスーツはすでに着ている。破損が無いかをチェックして、外に出た。


「よし、使えそうな物は……と」


 廃棄された機体内には、密封された携行食料と、凝縮された水。予備のパイロットスーツと、その補修材。医薬品。密封された洗剤。持ち込めそうで、使えそうな部品。


「写真、か……」


 どうやら、封鎖連盟か、ソンブレロ師団の機体RFでは無いようだ。大きなホバー船を前に、若い男女が抱き合っている。


 それだけを残して、道具を持ち込んだ袋に詰めて、マドナグに再び乗り込んだ。



◇◇◇



 もう少し周囲を探索すると、機体RF用の銃器らしき物と、手斧のような武器が廃虚に突き刺さっていた。残弾数は分からないけど、緊急射撃装置トリガーは生きている。


 武装を兵装取付具パイロンに格納して、ありがたく使わせて貰おう。


 いざという時、素早く外に出るなら、パイロットスーツの方が危険が少ない。アールエに着てもらうために、袋から予備のパイロットスーツを取り出した。


「その……このパイロットスーツに着替えて貰いたいんだけど、良いかな?」


「はい。では着替えます」


「ちょっ……!?」


 すぐ隣で何のためらいもなく、彼女は服を脱いで着替え始めた。見てしまった。軟そうな太ももと、思ったよりずっと大きな胸を。と言うか、下着すら着けてない。


「なにか?」


「い、いや、大層ご立派な物を、お持ちで……」


 リアと同い年かと思ったけど、僕より年上かも知れない。何の恥じらいも文句も無く、あっという間に彼女は着替えてしまった。


 いきなりだったから罪悪感がものすごい。もう一回見たいけど今は忘れよう、忘れなきゃ。うん。


 後でマドナグからデータを。いや、残して置くとリアが怖い。ちゃんと別端末で残そう。マドナグにもちゃんと口止めしないと。


「ふぅ……手首の所で体型は調節できるからね」


 咳払いして座席について、マドナグに自動で進むようにコンソールを操作。怒っているリアの動画が、サブモニターに、勝手に表示され始めた。分かってるって、マドナグ。バレるようなヘマはしないよ。


「その……どこに、行くんですか?」


「僕らが輸送された宇宙港に、まずは戻ってみようと思う。上手く潜り込めれば良いんだけど……」


 現在地は、マドナグのデータベースに残された旧世紀の地図から「キリギス」と、遠い過去に呼ばれていた国の近く。中央アジア大陸の東南だ。


「北東に行けば、宇宙港があるらしいんだよ」


「私も……?」


「うん? ああ。宇宙そらまでついて来るかどうかは、君自身で決めると良いさ」


「自分、で……」


 やはりどこか、アンバランスな子なのかな。魅惑的でアンニュイな表情で、見つめているとつい、先ほどの事もあってドキッとしてしまう。


「じ、じゃあ、今何かしたいこととか……」


「したいこと?」


「うん。例えば、美味しい物が食べたい、とか。可愛い服が欲しい、とか……」


「手を……」


 毎晩、彼女が眠りにつくまでに、右手を貸している。愛おしそうに頬ずりされて、体温が伝わって。ほんの少しだけ柔らかい唇が、触れて。


「一人はもう、イヤです……」


「そっか……うん、じゃあ、一緒に居ようか」


「はい。えへ、へ……」


 困ったように笑った顔。下手な笑顔だったけど、何だかとても可愛らしくて、こっちも笑ってしまった。



◇◇◇



 昼食を取って軽く昼寝をして、またマドナグに歩いて貰って、廃墟が少なくなってきた頃。マドナグのセンサーに反応があった。


「何か、様子のおかしい人たちが……?」


「おかしい、人たち……?」


 なんだ、様子のおかしい人って。言っているアールエ自身も、すごく困惑している。こんなハッキリとした表情を、する子なんだってぐらいに。


「あっち、です、けど……」


「確認だけしようか、うん」


 何か危険だったら困る。反応のある方向に身を廃虚に隠しながら、マニュピレーターの先にあるカメラだけで見てみよう。


 地面を低速で移動している無限軌道脚部キャタピラの、十メートル級が三機。盾や装甲を張り付けた、粗雑なホバークルーザーを守るように砂漠を進んでいる。


「ん……?」


 見覚えのある形が、ホバークルーザー艦橋部の先に宙吊りにされている。フルフェイスの仮面。男性か女性か分からない身体つき。あれって。


「ニックさんんんっ!!?」


 わけが、分からない。思わず変な大声が出て、隣のアールエちゃんに、ビクッと猫みたいに驚かれた。


 あ、目が合っちゃった。


 何故かニックさんはこっちをじっと見ている。嘘だろ。見えてるのかよ。と言うか何で捕まってるの。バカなの。あれじゃ真っ先に、死にそうではある。


 口が大きく動いている。外部集音センサーの感度を上げるべきかな。


「焼肉、焼肉、焼肉、焼肉……」


「みなさん、焼ける肉は、あっちですよぉお!!.」


「焼肉!?」


 あの野郎。信じらんない。速攻で僕らを売りやがった。砲撃の雨が冗談みたいに、ヒュルルルルとか言って迫って来てるッ!?


「くそっ!! アールエ捕まってッ!!」


「は、はいッ!? きゃあああああッ!!」


 くっそたれ。僕とマドナグだけならともかく、アールエも居るんだぞ。崩れる廃墟を盾に爆撃されながら、彼女を多少強引に座らせて、ベルトをめる。


「焼肉ってなんだよ、もぉおおおおッ!!!」


 こっちは盾も無い、とにかく動き回らないと。相手は無限軌道脚部キャタピラ。細かい旋回運動は苦手だけど、とにかく地面の移動速度が、とてつもなく速い。


 見たところ十メートル級の中では重装甲だ。なら。


「上に飛ぶ、歯を食いしばれッ!!」


「ひゃっ………!!?」


 ペダルを徐々に踏み込む。反物質炉ジェネレーターが唸りを上げて、胸部の熱交換器ラジエーターが、機体の息吹を吐き出す。


 核熱エンジンが火を吹いて、マドナグが空を飛ぶ。空中に飛び上がる方がまだ良い、はず。ちょこまか逃げられて、下手に追いかけると簡単に爆撃されかねない。


「や、やきにく!?」


「やき、肉ぅ!!」


 高度400。下方から照準波。でもまったく届いていない。連中が狙う為に足を止めている。今だ。


「あぁあぁあああ〜!!!」


「当たれ!!」


 重力下のエレベーターで下るより、ずっと酷い落下で、アールエが絶叫を上げている。ロックオンと同時に、引き金を引く。


 推定90mmの実弾が火を吹いて、一機を穴だらけに。こちらもそこそこ被弾。


 撃墜、一機。


 中破相当で、パイロットは脱出ポッドで逃げたようだ。そのまま爆散する敵機をすり抜けて、ホバークルーザーに銃口を突きつけた。


「降参して全員出てきて地面に伏せろッ!!! でなければ、撃つ!!」


「や、やきにくぅう……」


「やきにく、やきにく」


 だから焼肉って、なんなんだよ。妙に古臭い宇宙服スペーススーツを着た十名くらいの人たちが、ゾロゾロ出てきてひざまずいて、地面に倒れていく。


 子供も居るのか、メット越しでも分かるくらい、すっごいキラキラした目で、マドナグを見つめている。敵機からも搭乗者が降りた。同じように地面に倒れてくれた。


「撃つ、んですか……?」


「本当に撃つつもりなら、もう撃ってるよ。それより、大丈夫?」


「は、はい……」


「えっと、もしかして、腰抜けちゃった?」


「た、立てないかも、です……」


 僕もシュミレーター以外だと重力下は初めてだし、膝が少しだけ笑っている。深呼吸、深呼吸。よし。外部スピーカーのスイッチを入れよう。


「で、こんな所で何マヌケに捕まってるんですか。ニックさん?」


「いやぁ、あなたの奪還を、母君であるイルマ様から依頼されて、気持ちよくお昼寝していたら、いつの間にか捕まっちゃいまして、アハハ……」


「なるほど。行こうか、アールエちゃん。放っておいた方が良さそうだ」


「え、でも……」


「まっ、ちょっと待って下さい!! あの時助けてあげたじゃないですか!? 何より、助けて下さいよぉッ!!」


 イラッと来たので、焼けた銃身を近づけてみる。ロープでぐるぐる巻きのニックさんは、熱そうに身をよじって、必死に逃げ出そうとしてやがる。


「だぁれが、焼肉だってぇ……?」


それこそ焼き肉にしてやろうか。まったく。


「アハハハ。ああ言わないと、彼ら、たまに反応しないんですよぉぉ……」


 足元の彼らも焼き肉って言葉に顔をあげてる。いや、本当に焼き肉って、なんなの。まあ、生命の恩人である事に変わりはない。


 遺恨はあったけど、SNSとのやり取りで憎めない人だというのも知っている。うさんくさい気もするけど。まったく、もう。


「だからって、あなたねえ……」


 仕方がないので、焼けた銃身を、吊られているロープに軽く押し付けて焼き切る。地面に悲鳴をあげて頭から砂に落ちたニックさんは、しばらくもがいて這い出てきて立ち上がった。


「必死だったんですよぉ。それに、真っ先に伝えて欲しいと、イルマ様から、伝言を……」


「あっそ。帰ってから聞くよ。じゃあね」


「──── グリント・シーカーは、生きている」


 思わず。管制コントロールスティックのトリガーを引いてしまう所だった。グリントが生きている。あり得ない。死んだ人間は生き返らない。


「すべて洗いざらい詳しく話せ。傭兵カーヴォン


「もちろん。私もグリントをこの世から排除したい、一人ですので……」


 一刻も早く宇宙そらに、帰らなければならない。無意識に握り締めていたスティックに、アールエが手を添えてくれる。


 深呼吸を意識して繰り返しても、一度鋭くなった心は、長い間、穏やかになってくれなかった。




────────────────────────────────


 今回のまとめ。

 アロー君おおよそ自分が地球にきてしまった経緯を、マドナグの記録データを閲覧して知る。統和国の裏切り者が関与していた。


 アールエちゃん。不思議な予知能力で危険を避ける。道中戦闘跡から、武器、道具をゲット。


 ニックのあんちくしょう事カーヴォン。まさかの簀巻きで登場。焼肉ってなんだよ。おいしいよね。うん。


 グリントシーカーは死亡していなかった。アロー君。一刻も早く宇宙へ帰ることを目指す。




 みんな大好き。様子のおかしい人(創作の登場人物に限る)。様子のおかしい仮面枠がいたって良いじゃない! え、結構多い? そうね!


 焼き肉が何かって? おいしいよね。最近焼き肉友達が、しゃぶしゃぶに宗旨変えしたんですよ。裏切り者め。おいしいよね! 私も宗旨変えしちゃいそう。


 本当はマドナグ君に、大型エアパックに養分レーザーで溶かして入れて、種を蒔いた畑とか背負って貰いたかったんですが、尺が無いので今回は無しです。第二部でやりたい!


 地球編のヒロインはアールエちゃんとなりました。無事アロー君は宇宙へ帰れるのか。察しの良い方は予想しているかも知れませんが、アストロノーツ・ロマン増々で綴るので、どうか地球編をご期待下さい!


 あ、それと、次回の宣伝とご挨拶は、控えさせて頂きます。なぜ、ですか? 


 余韻と仁義。そして、パイロットとしての幼年期の終わりへ、敬意を、が理由……ですね。


 さて、あと1分だけお時間を下さい。面白かったと思ったり、続きに期待ができると思った方は、フォロー&★★★レビューで応援をお願いします!


 以下その方法と、今回は「アロー」君と「RA−342」ちゃん、「ニック」さん、「マドナグ」の一幕と、次回予告です。


 PC版の場合は、次の手順です。


 1・目次ページ下部の★123などと表示された、青い星と数字の項目をクリックする

 2・作品ページにある「★で称える」の+(プラスアイコン)を押す

 3・★を付与する。★★★3つだと、とても嬉しいです。実際に、泣くほど喜んだ事あります。


 アプリ版の場合は、次の手順です。


 1・レビュー項目を右スクロールする。

✻注)PC版のように、★123などと表示されたアイコンをタップしても動きません。ご注意下さい。


 2・作品ページにある「★で称える」の+(プラスアイコン)を押す

 3・★を付与する。★★★3つだと、とても嬉しいです。実際に、泣くほど喜んだ事あります。


 アロー「つまり、僕たちにお前の僚機となれと?」


 ニック「はい。宇宙そらへ戻るにも、先立つ物が必要ですので、御社には正式に、交渉を終わらせております」


 アロー「なら僕に是非はないけど、アールエとマドナグは?」


 アールエ「い、良いです……?」


 マドナグ「(歴代の傭兵ランカーエースに着想を得たドキュメンタリードラマをツインアイから3D立体表示。内容は多少ミーハー)」


 ニック「ありがとうございます。では、依頼内容は、旧地下街の巨大蜘蛛退治、温泉街の覗き犯罪者捕縛、開発した実験生物コードネーム「アンナモノ」討伐。焼肉教としゃぶしゃぶ教の派閥争い仲裁……」


 アロー「なんでそんな、珍妙奇天烈なラインナップしかないんだよッ!!?」


 ニック「なーぜか私に回ってくる依頼って、地球や火星ではこんなのばかりでして。いえ、皆さん本当に困ってるんですよぉ?」


 アールエ「ぷふっ……くくっ……あははっ!」


 マドナグ「(とにかく爆笑するコメディアンの動画を、ツインアイから3D立体表示)」


 アロー「傭兵ランカーエース……傭兵ランカーエースのお仕事って、もっと、もっとこう……皆さん、応援よろしくお願いしまーす……👋」


 ニック「ハッハッハッハ、楽しく行きましょう楽しんで! 皆様よろしくお願いしまぁす!👋」



 流儀。それは、守るべき規範。

 流儀。それは、掛け替えなき、仁義。

 流儀。それは、生涯誇るべき心。


 次回「流儀」……出会い。時にそれだけで、悲劇、恐悦。永遠に忘れ得ぬ、絆。


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