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第16話 「流儀」

 C20と文字が塗装された、巨大な鉄の扉がそびえ立っている。道の幅はマドナグにも十分に広く、天井は高く、八十メートルは下らない。


 鉄の地下廻廊が、どこまでも寒々と続いている。


 ようやくここまで漕ぎ着けた。ここまで来るのに、三週間もかかってしまった。


「では、依頼ミッションを再度。確認させて頂きます……」


 新調した隣の座席で、アールエが専用の操作盤コンソールを操作して、僕らへの依頼ミッション内容を表示してくれた。


「了解。アールエ、始めてくれ」


「はい、宇宙への流通路を奪還するため、封鎖連盟に制圧された、バイコヌール宇宙港地下施設への侵入を図ります」


「当然、厳重な警備部隊が配備されており、やすやすと侵入できるような場所ではありません。 さらに施設内には、高性能なセキュリティも多数配備されています」


「調査の結果、最深部にある動力設備を破壊すれば、打ち上げ施設を損壊させず、セキュリティを無力化できることが判明いたしました」


「目標は二つ。 動力設備を破壊し、セキュリティを停止させること。 そして、敵警備部隊の全滅です。 両者を沈黙させた後、地上企業連の制圧部隊が最深部に突入します」


「今回は複数の傭兵ランカーエースと企業連は契約しています。挟撃により全ての敵勢力を一気に制圧。先方の企業連からは、二度目は無く。失敗は許されないと……」


「もちろんです。手早く済ませましょう。アロー君」


 せまい場所での地上戦用に、脚部を大型無限軌道ヘビー・キャタピラと、腕部を重機体ヘルムに換装し、重火器を積み込んだエスペランサが並び進む。


「ああ。前衛フロントは僕とアールエ、マドナグが。天上の低い場所と火力支援は任せるよ。傭兵カーヴォン


「はい。一番乗りで他の連中の悔しがる顔を、拝みに行っちゃいましょう!」


 そうだ、宇宙そらに急いで帰る為にも、失敗は許されない。

 僕には一刻の猶予もない。同時にグリント達からの奇襲に備え、いつでも万全に戦う為に。よく休み、体制を整え続けなければならない。


「始めよう。メインシステム、戦闘モード。始動」


 深呼吸をして、マドナグを巡航モードから切り替える。人間サイズのテンキーを確認して、近づく。


 指先のカメラに、メインモニターの一部を切り替える。小型マニュピレーターに僕の指先を同期させて、事前に教えられた暗証番号を打ち込み、認証。


 モニターを戻し、新調した分厚い多構造シールドを構え、敵の攻撃に備える。


 非常灯が明滅。ハッチが上昇して開いていく。

 無機質な殺意を感じるほど、ゆっくりと。


 逆脚警備機と、浮遊戦闘機。照準波も検知させず、一斉にガトリングとミサイルが、こっちに雪崩なだれ込む。


傭兵カーヴォンッ!!!」


「了解ッ……!!」


 地面にシールドの先端を叩き込んで、衝撃に耐える。機体全体がギシギシ軋むけど、警報は無し。


 にゅっと背後から突き出た、長い砲塔が、二つ。


「丸焼き、ですッ!!」


 大爆音を左右二連射。計四連射響かせて、区画中が爆裂し、紅蓮の炎が情け容赦なく敵を舐め上げる。


 エスペランサの肩部大口径グレネード・ランチャー。宇宙そらじゃ使うわけにはいかない、大破壊実弾兵装。


「突入、開始ッ!!」


 爆炎が収まらない内に、区画内へ。今なら熱感知は意味が無い。正面、クリア。天井、小型レーザー砲台、二機。


「そこぉっ!!」


 反撃は無い。90mmマシンガンを連続発砲。弾幕が飲み込むように、逆さの砲台を完全破壊。爆炎が消えてから、各部の走査波をアクティブ。敵機は確認できない。


「C20、クリアです」


「こちら企業連オペレーター。了解した、速いな。E33へ向かってくれ」


 アールエが結果を報告して、指示通りコンソールで、次のロードマップを表示してくれる。マシンガンのマガジンを交換して、新しい戦場へと進んだ。



◇◇◇



 通信から、順調に各区画を制圧している報告が続く。もう陸戦隊も突入を開始している。敵機の増援も出ているけど、終わりが近い。


「アガシー、N44クリア」


「フライングロック、弾が尽きた。一時撤退する」


「くそっ、機体中破ッ!! 速く来てくれ!!」


「アガシー、S52へ。フライングロックと合流して護衛しろ、S05まだか?」


「こちらジョイス。S05の敵を撃破した」


「よし、残存部隊がW07に集まっている。最も先行しているカーヴォンと僚機は向かってくれ」


「了解……!」


「気を引き締めましょう。そろそろ敵の傭兵ランカーエースが、出てくるはずです」


「分かるのか、傭兵カーヴォン?」


「同族の勘ですよ、渡りは鼻が良いモノです」


 W07と大きく文字が塗装された、これまでより大きな両開きのゲートが待ち構えている。天井も高く、150mはあるだろうか。おそらく、動力部と直通なせいかな。


「中は今までより、ずっと広範囲です。警戒を」


 アールエの言葉に頷いて、ゲートの開閉作業を済ます。僕とマドナグは右に、傭兵カーヴォンは左に陣取って、内部をマニュピレーターのカメラで確認。砲塔を向けた戦車が、たった三台。


 傭兵カーヴォンより先に、シールドを構えて踏み込む。


「いけない、戻ってッ!!?」


「アールエッ!!?」


 照準波を検知、シールドで耐える。衝撃が少ない。上手い、違う。……罠かッ!!?


「爆発高度が高い!! 威圧か!?」


「熱源、だめ、金属反応まで、効きませんッ!!」


 異常感知警報がうるさい。モニターもノイズが、今までで一番酷い。センサー類の近くで爆破させられ過ぎた。こんな、こんな単純な手で、目潰しを……!!


「準備砲撃です!! 次は狙われます!!」


「分かってるよッ!!」


「いいや、ギリギリ赤点だな」


「うっわぁああああ、がっ!!?」


「きゃあぁああッ……!?」


 ほとんど視界が効かない中、ぬっ、と急に出てきた影が突撃してきた。とっさにマドナグが防いでくれたけど、壁まで吹っ飛ばされたのか。起き、あがらないと。


「甘い、粗忽そこつだぞ!!」


「くっ……僕ごと!!」


「撃ちます!!」


 火線。エスペランサのレーザー弾幕が、マドナグと影を襲う。パルスの展開音。防がれたのか。


 一か八か、光学センサーの周波数変調パターンをコードD2に。よし、モニターが回復。


 あれはっ……!


 右肩。盾を貫く、つるぎのエンブレム。

 目にする星の数は、大きく七つ。撃墜七十機以上。

 歴戦の幽鬼。一本角の二十メートル級敵機RF。悠然と赤熱剣ヒート・ソードを構えている。


「思いっきりが良いな、今のは満点以上だ。アロー・……イルマ、と。カーヴォン。それに、マドナグと言ったか?」


「ロード・ヴァイス!! 貴殿まで永遠の生命とやらに、下ったか!?」


「まさか。小僧グリントそそのかされるほど、まっとうな戦場を生きちゃいないさ」


 公衆回線で傭兵カーヴォンが呼びかけた相手。最古参の粗製傭兵ビギニング・ランカーエース。パラス独立戦争の聖剣にして、大英雄。赤いつるぎの騎士ロード・ヴァイス……!


 寝物語にまで謳われた。宇宙そらの憧れ、そのもの。


「何より、好きなように生きて、好きなように死ぬ。それが、儂ら傭兵の流儀だろう?」


「違いない。では傭兵らしく、目的を最優先させて頂くッ!!!」


 エスペランサが戦車を蹴散らして、区画の奥に進んでいく。それしかない。動力部の破壊を遅らせるわけにはいかない。僕とアールエ、マドナグで、何とか足止めをしないと。


 だけど、そんな「どうでも良い」こと、よりも。


「来い、流れ星とやらの少年」


 ガツンと床に、赤熱剣ヒート・ソードを叩きつけて。機体が吐き出す大気まで熱を帯びて、世界が赤く赤く、灼熱色かれのいろに歪んでいく。


「この生き様で、戦争を教えてやる」


 ほとばしる威風。見ているだけで、ある日隕石でも落ちて、目の前がすべて消し飛んだような、極大の接圧プレッシャー


 見惚れた。本物と言う言葉しか出てこない。もう御託すら要らず。何かをただ解放して、噛みつこうとさえ。


 コイツを「この手」だけで、倒したい。


「マドナグ。アールエ……」


「はいっ……!」


「今回は、邪魔をするな」


「速……」


 フットペダルを、。初めてブチ抜く。赤熱剣ヒート・ソードを振りかぶる前に、機体マドナグの方が耐えられない出力スピードを、取ったッ!!!


「いぃいッッ!!!!」


 海老反り反るマドナグと、赤熱剣ヒート・ソードを振り下ろす直前の敵機が、互いに腕を抱え合ってガッチリ組み合う。戦車を1台巻き込んで、壁際まで一気に押し込む。


 まだ撃つな、確実に読まれる。探れ、絶対に気取られるなッ!!


「総長ぉおッ!!!?」


「手出し無用! 出さば斬るッ!!」


「もらったぁああッ!!!」


 部下に気を配った、0.1秒に満たない隙をついて、ロックオン無しで側頭部機関砲を。頭部センサーを無茶苦茶に。


 ぐっ!? こっちのシールドと、ライフルを根元から。片手だけ、同時でなんて器用な、構わない! もう、向こうのメインカメラは、死んでいる!


「このヴィルベルムの目を潰すか。流石はイルマの秘蔵っ子、手強い……ならばッ!!」


「え、えぇえッ!!?」


「……ははっ!!!」


 楽しい。笑うしかない。コックピットハッチを、自ら引きちぎりやがった。パイロットスーツまで丸見えで、サブモニターと有視界戦闘でやる気か。


 イカれてやがる。重力下とは言え、レーザー粒子一つ、なんなら装備している剣の熱波。たとえ敵機を撃墜しても、爆発から出る破片だけで、高確率で死に至るのに。


「窮地こそ、真の戦士たる誉れ!! さぁ、退で勝負と行こう、少年!!」


 汗が滲む。息が詰まる。喉が渇く。目は、篝火のように眩すぎる彼を見つめて、まばたかない。


 勝負所と、決める。


 サブコンソールのスライドスイッチを弾く。左腕部に張り付いている武装が、蒼白で半透明で、水晶のような幅広い刀身に。


 それをツインアイの前に掲げ、左に床ごと、一度だけ打ち払う。


「アロー……」


「ふははっ、パラスの黙礼とはっ。心から感謝する!!」


 十秒、四つのフットペダルを駆使して、リーチを生かして何度も突き出す。上手い。なんて巧みに足を、リアでも比べ物にならない。


「良い詰めだが、単調ではなぁ!!」


 探れ、冷静に。慎重に、集中こそを……ここだ。


 四つのフットペダルを連続で。左管制ひだりコントロールスティックの引金トリガーを、指先で押し込む。


 詰めを変え、踏み構え、本命ここ過負荷警告オーバーロード・ワーニング最大出力発動マキシマム・アウトプット


「光波ッ……!!?」


 入射角が……届け。届いてくれッ!!!


「あぁっ…………!?」


 肩、一つ。右腕一本のみ。……浅いぃいッ!!!


「お見事!! ガフッ……では、返礼と行くぞぉおお!!」


 敵機ヴィルベルムから警報音と、炎を纏った出力急上昇反応。残った片腕で、切っ先を向けて、突撃体制ッ!!?


手向たむけと受け取れぇい、少年ッ!!!」


 青と赤の刃が鍔迫り、それる。死ぬ。それでも、遠い他人事のように、重心を前に。腕を、前へ。 


「きゃぁああああああああッ!!!」


「ぐっ……!!!」


 吹き飛ばされて、天井が見える。エアバック越しに、ダメージコントロール警報。どれか、切断されたのか。


 まだ、まだだ。まだ続けたくて、しょうがないだろうがアロー・イルマッッ……!


少年アロー・イルマよ。人は、どこの宇宙そらまで行ける?」


「な、何、を……?」


「主よ……イル……ふっ……、無い、な……」


 僕らを突き飛ばした赤熱剣ヒート・ソードは、マドナグの右腕を切断。腕ごと壁に貼り付けにして。


 ヴィルベルムの全身からは、火の手が上がって、突き刺した腕は、手首ごと破損して。


 最後の神聖騎士ロード・ヴァイスは、管制コントロールスティックを握りしめ、腹部と頭部の半分を失い。今にも動き出しそうに。


 せない熱狂のまま、宇宙ぎんがだけを見つめて、事切れていた。



◇◇◇



 傭兵斡旋組織マーセナリーズ・コーテックスに割り当てられたホテルの外は、計画降雨が、予定通り降っている。


 モニターの中では、リアとノアが辛気臭い顔をして、涙目で僕に会いたいと何度も訴えている。リアは、らしくなくハンカチを握りしめて、まるで葬式か何かみたいに。


「また、見てるの……?」


 シャワー室から歩いて来たのは、ネグリジェ姿のアールエ。背伸びしたみたいにスケスケのやつで、服に着られているみたいで、つい、笑えてしまう。


「やな感じ……」


「ごめんごめん。でも、大事な義妹いもうとだからね。早く会いたいんだよ……」


 情勢は色々と変化している。ニックこと、傭兵カーヴォンと合流して、傭兵の仕事を手伝って、判明した事は多い。


 封鎖連盟は、大幅な体力低下や、負傷と同時に人が消失する技術。グレア厶を使っている。それを影で主導したのは、ソンブレロ師団だ。


 封鎖されているはずの月から、様々な技術が漏洩した結果。ソンブレロ師団や、封鎖連盟の兵達は、データバンクである月の古代遺跡テラフォーミングシステムを破壊しない限り。


 製造した肉体に記憶を転写や並列化していて、事実上、不死身であるとされている。


 グリントは卑劣極まりない事にその特権を餌に、永遠の生命を謳って、封鎖連盟そのものを誑かしている。


 だけど、ロード・ヴァイスは、取り引き次第で不死を手にできるのに、一切求めなかった。今なら分かる。きっと傭兵であり続ける彼なりの、流儀だったのだろうと。


「ごめんね。あの時、身勝手に付き合わせてさ」


「いえ、驚いて。すごくて、すごく、その……」


 ロード・ヴァイスとの戦闘が終わったあと、アールエは様々な感情がない混ざって、しゃくりあげて泣き崩れていた。


 気持ちは分かる。それだけあの一戦は、別格中の別格だった。きっとどんな勲章を大国から頂いても、どんな偉人に称賛されても、たとえ歴史に名を、永遠に刻めたとしても。


 ……届きようが、ない。


 まるで、刻の涙でも、垣間見てしまったようだ。


 眩しかった。ただただ、ひたすら眩しかったんだ。人に終わりはあると、忘れてしまうくらいに。あの時間たたかいが、一生続いて欲しいくらいに。


 なんでだろうか。これは、未練なんだろうか。

 一度で良い。たった一瞬、目が合うだけで良かったんだ。彼に、リアに会って欲しかった。殺してしまった相手なのに。


 身勝手だ。身勝手だって分かっている。


 心の底から勝ちたいのに、心の底から勝ちたくなかった。きっとこれまでも、これからも、あんな機会はあり得ない。

 僕は、マドナグに、もう……。


「アロー」


 ハッとする。骨がギシギシ言うくらい、アールエに強く抱きしめられていたのに。 


「女の子に、大恥をかかせちゃう気ですか……?」


「それ、服もだけど、ニックの野郎が全部吹き込んだんでしょ?」


「バレましたか……」


「あの野郎……」


 アイツなりの呑気な励ましか。呑気で素直に誘惑してくるアールエにも、カチンと来て。


 それ以上に救われる。しゃくだけど。


「まったく。たった三週間で毒されちゃってさ。あんなに無口だったのに……」


「静かな方が、好き……?」


「右手貸すから、膝枕、して……」


 ピッタリと合わさった太ももに、多少強引に顔をねじ込ませる。本当はいけないかも知れないけど、今だけは甘えたい。


 胸の奥。燃え残った炎は、火がついて。たとえどんな事をしても、一生消えてくれそうに無かった。





 少年と少女は笑う傭兵に導かれて、人類史で初めて、宇宙へ到達した地へと訪れる。そこで語られる内容とは?


 次回、「宇宙」……そして人は、彼らは、ときを越えた、何かを垣間見る。

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