C20と文字が塗装された、巨大な鉄の扉が
鉄の地下廻廊が、どこまでも寒々と続いている。
ようやくここまで漕ぎ着けた。ここまで来るのに、三週間もかかってしまった。
「では、
新調した隣の座席で、アールエが専用の
「了解。アールエ、始めてくれ」
「はい、宇宙への流通路を奪還するため、封鎖連盟に制圧された、バイコヌール宇宙港地下施設への侵入を図ります」
「当然、厳重な警備部隊が配備されており、やすやすと侵入できるような場所ではありません。 さらに施設内には、高性能なセキュリティも多数配備されています」
「調査の結果、最深部にある動力設備を破壊すれば、打ち上げ施設を損壊させず、セキュリティを無力化できることが判明いたしました」
「目標は二つ。 動力設備を破壊し、セキュリティを停止させること。 そして、敵警備部隊の全滅です。 両者を沈黙させた後、地上企業連の制圧部隊が最深部に突入します」
「今回は複数の
「もちろんです。手早く済ませましょう。アロー君」
「ああ。
「はい。一番乗りで他の連中の悔しがる顔を、拝みに行っちゃいましょう!」
そうだ、
僕には一刻の猶予もない。同時にグリント達からの奇襲に備え、いつでも万全に戦う為に。よく休み、体制を整え続けなければならない。
「始めよう。メインシステム、戦闘モード。始動」
深呼吸をして、マドナグを巡航モードから切り替える。人間サイズのテンキーを確認して、近づく。
指先のカメラに、メインモニターの一部を切り替える。小型マニュピレーターに僕の指先を同期させて、事前に教えられた暗証番号を打ち込み、認証。
モニターを戻し、新調した分厚い多構造シールドを構え、敵の攻撃に備える。
非常灯が明滅。ハッチが上昇して開いていく。
無機質な殺意を感じるほど、ゆっくりと。
逆脚警備機と、浮遊戦闘機。照準波も検知させず、一斉にガトリングとミサイルが、こっちに
「
「了解ッ……!!」
地面にシールドの先端を叩き込んで、衝撃に耐える。機体全体がギシギシ軋むけど、警報は無し。
にゅっと背後から突き出た、長い砲塔が、二つ。
「丸焼き、ですッ!!」
大爆音を左右二連射。計四連射響かせて、区画中が爆裂し、紅蓮の炎が情け容赦なく敵を舐め上げる。
エスペランサの肩部大口径グレネード・ランチャー。
「突入、開始ッ!!」
爆炎が収まらない内に、区画内へ。今なら熱感知は意味が無い。正面、クリア。天井、小型レーザー砲台、二機。
「そこぉっ!!」
反撃は無い。90mmマシンガンを連続発砲。弾幕が飲み込むように、逆さの砲台を完全破壊。爆炎が消えてから、各部の走査波をアクティブ。敵機は確認できない。
「C20、クリアです」
「こちら企業連オペレーター。了解した、速いな。E33へ向かってくれ」
アールエが結果を報告して、指示通りコンソールで、次のロードマップを表示してくれる。マシンガンのマガジンを交換して、新しい戦場へと進んだ。
◇◇◇
通信から、順調に各区画を制圧している報告が続く。もう陸戦隊も突入を開始している。敵機の増援も出ているけど、終わりが近い。
「アガシー、N44クリア」
「フライングロック、弾が尽きた。一時撤退する」
「くそっ、機体中破ッ!! 速く来てくれ!!」
「アガシー、S52へ。フライングロックと合流して護衛しろ、S05まだか?」
「こちらジョイス。S05の敵を撃破した」
「よし、残存部隊がW07に集まっている。最も先行しているカーヴォンと僚機は向かってくれ」
「了解……!」
「気を引き締めましょう。そろそろ敵の
「分かるのか、
「同族の勘ですよ、渡りは鼻が良いモノです」
W07と大きく文字が塗装された、これまでより大きな両開きのゲートが待ち構えている。天井も高く、150mはあるだろうか。おそらく、動力部と直通なせいかな。
「中は今までより、ずっと広範囲です。警戒を」
アールエの言葉に頷いて、ゲートの開閉作業を済ます。僕とマドナグは右に、
「いけない、戻ってッ!!?」
「アールエッ!!?」
照準波を検知、シールドで耐える。衝撃が少ない。上手い、違う。……罠かッ!!?
「爆発高度が高い!! 威圧か!?」
「熱源、だめ、金属反応まで、効きませんッ!!」
異常感知警報がうるさい。モニターもノイズが、今までで一番酷い。センサー類の近くで爆破させられ過ぎた。こんな、こんな単純な手で、目潰しを……!!
「準備砲撃です!! 次は狙われます!!」
「分かってるよッ!!」
「いいや、ギリギリ赤点だな」
「うっわぁああああ、がっ!!?」
「きゃあぁああッ……!?」
ほとんど視界が効かない中、ぬっ、と急に出てきた影が突撃してきた。とっさにマドナグが防いでくれたけど、壁まで吹っ飛ばされたのか。起き、あがらないと。
「甘い、
「くっ……僕ごと!!」
「撃ちます!!」
火線。エスペランサのレーザー弾幕が、マドナグと影を襲う。パルスの展開音。防がれたのか。
一か八か、光学センサーの周波数変調パターンをコードD2に。よし、モニターが回復。
あれはっ……!
右肩。盾を貫く、
目にする星の数は、大きく七つ。撃墜七十機以上。
歴戦の幽鬼。一本角の二十メートル
「思いっきりが良いな、今のは満点以上だ。アロー・……イルマ、と。カーヴォン。それに、マドナグと言ったか?」
「ロード・ヴァイス!! 貴殿まで永遠の生命とやらに、下ったか!?」
「まさか。
公衆回線で
寝物語にまで謳われた。
「何より、好きなように生きて、好きなように死ぬ。それが、儂ら傭兵の流儀だろう?」
「違いない。では傭兵らしく、目的を最優先させて頂くッ!!!」
エスペランサが戦車を蹴散らして、区画の奥に進んでいく。それしかない。動力部の破壊を遅らせるわけにはいかない。僕とアールエ、マドナグで、何とか足止めをしないと。
だけど、そんな「どうでも良い」こと、よりも。
「来い、流れ星とやらの少年」
ガツンと床に、
「この
見惚れた。本物と言う言葉しか出てこない。もう御託すら要らず。何かをただ解放して、噛みつこうとさえ。
コイツを「この手」だけで、倒したい。
「マドナグ。アールエ……」
「はいっ……!」
「今回は、邪魔をするな」
「速……」
フットペダルを、
「いぃいッッ!!!!」
海老反り反るマドナグと、
まだ撃つな、確実に読まれる。探れ、絶対に気取られるなッ!!
「総長ぉおッ!!!?」
「手出し無用! 出さば斬るッ!!」
「もらったぁああッ!!!」
部下に気を配った、0.1秒に満たない隙をついて、ロックオン無しで側頭部機関砲を。頭部センサーを無茶苦茶に。
ぐっ!? こっちのシールドと、ライフルを根元から。片手だけ、同時でなんて器用な、構わない! もう、向こうのメインカメラは、死んでいる!
「このヴィルベルムの目を潰すか。流石はイルマの秘蔵っ子、手強い……ならばッ!!」
「え、えぇえッ!!?」
「……ははっ!!!」
楽しい。笑うしかない。コックピットハッチを、自ら引きちぎりやがった。パイロットスーツまで丸見えで、サブモニターと有視界戦闘でやる気か。
イカれてやがる。重力下とは言え、レーザー粒子一つ、なんなら装備している剣の熱波。たとえ敵機を撃墜しても、爆発から出る破片だけで、高確率で死に至るのに。
「窮地こそ、真の戦士たる誉れ!! さぁ、
汗が滲む。息が詰まる。喉が渇く。目は、篝火のように眩すぎる彼を見つめて、まばたかない。
勝負所と、決める。
サブコンソールのスライドスイッチを弾く。左腕部に張り付いている武装が、蒼白で半透明で、水晶のような幅広い刀身に。
それをツインアイの前に掲げ、左に床ごと、一度だけ打ち払う。
「アロー……」
「ふははっ、パラスの黙礼とはっ。心から感謝する!!」
十秒、四つのフットペダルを駆使して、リーチを生かして何度も突き出す。上手い。なんて巧みに足を、リアでも比べ物にならない。
「良い詰めだが、単調ではなぁ!!」
探れ、冷静に。慎重に、集中こそを……ここだ。
四つのフットペダルを連続で。
詰めを変え、踏み構え、
「光波ッ……!!?」
入射角が……届け。届いてくれッ!!!
「あぁっ…………!?」
肩、一つ。右腕一本のみ。……浅いぃいッ!!!
「お見事!! ガフッ……では、返礼と行くぞぉおお!!」
「
青と赤の刃が鍔迫り、それる。死ぬ。それでも、遠い他人事のように、重心を前に。腕を、前へ。
「きゃぁああああああああッ!!!」
「ぐっ……!!!」
吹き飛ばされて、天井が見える。エアバック越しに、ダメージコントロール警報。どれか、切断されたのか。
まだ、まだだ。まだ続けたくて、しょうがないだろうがアロー・イルマッッ……!
「
「な、何、を……?」
「主よ……イル……ふっ……、無い、な……」
僕らを突き飛ばした
ヴィルベルムの全身からは、火の手が上がって、突き刺した腕は、手首ごと破損して。
◇◇◇
モニターの中では、リアとノアが辛気臭い顔をして、涙目で僕に会いたいと何度も訴えている。リアは、らしくなくハンカチを握りしめて、まるで葬式か何かみたいに。
「また、見てるの……?」
シャワー室から歩いて来たのは、ネグリジェ姿のアールエ。背伸びしたみたいにスケスケのやつで、服に着られているみたいで、つい、笑えてしまう。
「やな感じ……」
「ごめんごめん。でも、大事な
情勢は色々と変化している。ニックこと、
封鎖連盟は、大幅な体力低下や、負傷と同時に人が消失する技術。グレア厶を使っている。それを影で主導したのは、ソンブレロ師団だ。
封鎖されているはずの月から、様々な技術が漏洩した結果。ソンブレロ師団や、封鎖連盟の兵達は、データバンクである月の
製造した肉体に記憶を転写や並列化していて、事実上、不死身であるとされている。
グリントは卑劣極まりない事にその特権を餌に、永遠の生命を謳って、封鎖連盟そのものを誑かしている。
だけど、ロード・ヴァイスは、取り引き次第で不死を手にできるのに、一切求めなかった。今なら分かる。きっと傭兵であり続ける彼なりの、流儀だったのだろうと。
「ごめんね。あの時、身勝手に付き合わせてさ」
「いえ、驚いて。すごくて、すごく、その……」
ロード・ヴァイスとの戦闘が終わったあと、アールエは様々な感情がない混ざって、しゃくりあげて泣き崩れていた。
気持ちは分かる。それだけあの一戦は、別格中の別格だった。きっとどんな勲章を大国から頂いても、どんな偉人に称賛されても、たとえ歴史に名を、永遠に刻めたとしても。
……届きようが、ない。
まるで、刻の涙でも、垣間見てしまったようだ。
眩しかった。ただただ、ひたすら眩しかったんだ。人に終わりはあると、忘れてしまうくらいに。あの
なんでだろうか。これは、未練なんだろうか。
一度で良い。たった一瞬、目が合うだけで良かったんだ。彼に、リアに会って欲しかった。殺してしまった相手なのに。
身勝手だ。身勝手だって分かっている。
心の底から勝ちたいのに、心の底から勝ちたくなかった。きっとこれまでも、これからも、あんな機会はあり得ない。
僕は、マドナグに、もう……。
「アロー」
ハッとする。骨がギシギシ言うくらい、アールエに強く抱きしめられていたのに。
「女の子に、大恥をかかせちゃう気ですか……?」
「それ、服もだけど、ニックの野郎が全部吹き込んだんでしょ?」
「バレましたか……」
「あの野郎……」
アイツなりの呑気な励ましか。呑気で素直に誘惑してくるアールエにも、カチンと来て。
それ以上に救われる。
「まったく。たった三週間で毒されちゃってさ。あんなに無口だったのに……」
「静かな方が、好き……?」
「右手貸すから、膝枕、して……」
ピッタリと合わさった太ももに、多少強引に顔をねじ込ませる。本当はいけないかも知れないけど、今だけは甘えたい。
胸の奥。燃え残った炎は、火がついて。たとえどんな事をしても、一生消えてくれそうに無かった。
◇
少年と少女は笑う傭兵に導かれて、人類史で初めて、宇宙へ到達した地へと訪れる。そこで語られる内容とは?
次回、「宇宙」……そして人は、彼らは、