連中はどうあっても、僕らを排除するつもりのようだ。月面静止軌道上の警戒網を避けて、統和国軍艦隊とのランデブー予定地点に近づいても、僕らは敵艦隊の包囲作戦による追撃を受けていた。
「大丈夫、アールエ?」
「はい。んっ……大丈夫、です」
宙に浮いて眠りかかっている、アールエの肩に軽く触れる。全員口には出さないけど、疲弊が濃い。特に
燃料は十分だけど、弾薬の消耗も激しい。仕掛けてくる連中も万全では無いようだけど、グリントめ。
なりふり構わず、
「そろそろぉ、正念場ですかね……」
「なーに。弾が無くなったら、敵から奪うだけさね。敵さんも脅されてやってるのが見え見えだ。なんとかなるさ」
「俺の弾は半分で良い。少年。使え」
「いえ、でも、フライングロックさん……」
「逆だ。敵はお前たちを最優先で狙っている。我々の依頼内容も、お前の奪還と護衛。報酬の為に、犠牲と効率を考えているだけだ」
「……でもせめて、アールエをマドナグから」
「イヤです……」
「アールエ」
「邪魔ですか。それに、ここは
その通りだ。僕は何を甘えた事を、遠慮が一番良くないだろうに。疲労は思考を鈍化させる。少し、完全に息を抜くべきか。三分で良い。
「十五分後、また来ます。何か、大きいのも。味方もです」
「ようやくで……それにしても、すごいですよねぇ」
「だよねえ、的中率9割越え。まさに、戦場の告知天使様だ」
「そ、そんな……」
「そう言えば、なんとなく聞いていませんでしたが、アールエさんは、どこのご出身なのでしょうか?」
「えっ、ジンコウハイから連れてきたって……?」
「ジンコウハイ。地球のどこかかな?」
人工肺……人工胚……いや、まさかね。仮にそうだとしても、今は黙っておくべきだ。みんな黙ってくれているのかも知れない。
「
「ですかね。タイミングは艦におまかせします。……そろそろですね」
「了解。ハッチ解放……なんだ、アレは?」
それは、メインモニターに表示された、倍率を上げた映像でも、異様な姿だった。
まず、手が無い。だが、肩は砲塔が二つと、翼のように側面に六つ、長い装甲が張り出している。足もマドナグの倍は大きい砲が二門。股の間に、巨大な基部がある。
そして、艦隊、
まるで機動兵器の部品で作られた、人の要素を削ぎ落とした、
肩の装甲二つが、動いた。
「スペクトル反応なし。月の機体か……?」
「っ……来ますッ!! 避けてぇえ!!!」
小さな光が無数に広がった後、メインモニター全面が、酷いデブリの中みたいに、物体表示で埋め尽くされて。
「──── 対宙域、多段頭ミサイルッ!?」
「くそっ、仮にもただの非武装艦一隻だぞ、なんて物持ち出して来やがるッ!!?」
「各機!! 迎撃をッ!!」
レーザーを射撃しながら、
「爆炎!?」
「くそったれ、
宇宙航行法で、禁止されている紅蓮の炎が。舐め上げるように、視界一杯に広がって巻き込まれかけた。野郎、
「私とアガシーが行きます!! あの巨体なら、取り付いてしまえば、援護をッ!!!」
「もらったッ!!!」
「ここかッ!?」
僕とフライングロックさんの大口径レーザーが、それぞれ腹部と脚部に命中。装甲は赤黒く赤熱している。効いてないわけじゃ無い、けど。
「固い!」
「構うな、味方が接近するまで……!?」
メインモニターから、異常警報。敵機二対の砲塔に、超高熱反応。渦巻くような巨大火球が、多段頭ミサイルと一緒に迫って来る。
「くそっ、良いように……!」
「いかん!? 総員、緊急脱出準備ッ!!!」
「か、回避ーーーッ!!!」
火炎砲。超高火球砲とでも言うのだろうか。レーザーで火球を迎撃しても、軽く穴が開くだけで止められない。手の打ちようも無く
「うわぁああああああああああッ!!!?」
「だ、ダメージコントロールぅううッ!!!」
「あぁ……!?」
基部の緊急脱出ポッドを射出して、
「引け、少年! その船はもう、持たん!!」
「よくも……!」
鳥のようにデブリを蹴り上げた
「よし、けど……!」
「この大きさじゃ!」
「アロー!!」
狂ったような挙動で、
「マドナグッ!!!」
抱きかかえるように
コックピットが光っている。これなら……!
「あっ……!」
「アロー君!!?」
疲労のせいか、足がペダルからズレた。マドナグのバランスが、
「えぇいッ!!!」
足に鋭い痛み。隣のアールエが、脚を長く伸ばしてフットペダルを、
蒼い炎から光波と、真紅のレーザー波が交差して、
今の、真紅のレーザー火線。
「生きてるかい。バカ息子!!」
「イルマさん!!?」
「あたしもいるよ! 消火は任せて、お兄ちゃん!!」
「でぁああああああああああッ!!!」
イルマさんのラクティス。先輩のウォカズ。カニンガムさん。スーズさん。リア。いや、僕のムク。僕の
「アロー様ッ!!」
「
「よくぞご無事で! 艦隊の一斉射で押し返します。各員、退避を開始して下さいませ!」
「主砲、副砲、
艦隊の火線が、
巻き込まれた
「ハァ……ありがとう、アールエ。君がいてくれて、本当に、本当に助かった」
「いえ……、ふぅ……」
目を閉じて、大きく息を吐き出す。足はまだ、疲れて上手く力が入らない。左拳を軽く掲げると、アールエは両手で優しく、でも少し怪訝そうな顔で、包んでくれる。
拳と拳を、合わせたかったんだけどな。
辛くも僕たちは、
◇◇◇
帰還シークエンスを自動操縦で行って、僕は九ヶ月ぶりに
不覚にも、帰ってきた実感で、少し泣けてくる。
「マドナグ、開けて! お兄ちゃんッ!!!」
「おう、帰ってきた。あー……帰ってきた。悪い、これしか声でないよ。ただいま」
「うん。……えへへ、うん。おかえりなさい、お兄ちゃん!!」
勝手にコックピットが開いて、ろくに前も見ず、リア……リアだよな。が、抱きついてくる。数秒、五秒くらい。リアがリアだとすぐに、思えなかった。
久々なのもあるけど、九ヶ月も会わないと女の子って、こんなに成長するんだね。成長期なんだから、当たり前かもだけど。
「…………?」
「何固まってるんだ、二人とも?」
「鏡、かと……?」
「思い、ました……」
確かに。横で見ている僕ですら、見つめ合った二人は生き写しで。同じパイロットスーツに袖を通しているから、余計に。
とりあえずマドナグから這い出て、無重力に慣れていないアールエに手を貸して、リアと一緒に四苦八苦しながら、
顔を出すと、アールエとリアを見つめて、みんなにぎょっと驚かれた。それはそうだ。特にイルマさんにとっては、いきなり娘が二人増えたように見えるのだから。
「お、思ってもいない土産だね。嫁にでもするのかい……?」
「生命の恩人で、
車椅子型宇宙服で近づかれて、パイロットスーツの袖を引っ張られた。それだけで少し、よろけてしまう。帰って来たんだ。本当に。
「ああ。良く、本当に良くぞ帰ってきた。お腹空いてないかい、身体は?」
「大丈夫だよ。色々話さないと、ね……」
「良いさ、隣の子も寝ちまってる。後はマドナグのデータで知るから、もう寝ちまいな」
「え、でも……」
「どうせ救助と片付けを引き継げないと、移動できんよ。リア、連れてっておやり」
「はーい!」
休んで良いと言われて、身体が傾いた。自分で把握できないほど、疲れ果てていたようだ。リアに連れられて生返事を返しながら、本当に久しぶりの自室で、泥のように眠りにつく。
目を覚まして習慣のまま、大あくびしながらシャワーを浴びる。時刻を確認すると、十五時間近く眠っていて、腹の虫が盛大に鳴りひびく。
とにかく腹に何か入れたくて、部屋を出よう。
「……三人揃って、何してるの?」
部屋の入口の前で背を向けて、アールエが手にしている端末を一心不乱に食い入るほど、熱心に見つめるノアとリア。
表示されているのは、半裸の僕だった。
「ぎょわぁあああああああッ!!?」
声をかけると、ノアはとてもお嬢様とは思えない。驚いた様子で端末を背に隠し始めた。その反応には、何か見てはいけないものを目撃してしまったような、気まずさが漂っていて。
僕の腹も呑気に、ぐぅと鳴った。
◇◇◇
たっぷりと食事を取った後でも、ノアはまだ机に顔を伏せている。どうやら、僕の隠し撮りを見てしまったことが、彼女の心をまだ乱しているようだ。
「お兄ちゃん。まだ何か食べる?」
「いや、もう良いよ」
下手人はマドナグだった。彼に乗って放浪した時間は一日二日ではないし、着替えとかプライベートな記録も、いざという時の為に僕は許可してたけど、まさかそういう事に疎いアールエから流出するとは思ってもみなかった。
事実、アールエ本人は、欠片も気にせず黙々と食事を続けている。と言うかこの子、本当に良く食べるんだよね。やはり成長しても戦闘能力の差の原因は、そこか。
「……何か、変態な事考えてない、お兄ちゃん?」
「ナニも変態な事は考えて無いね。考えてたとしても男として健全な事だろうとも。だいたい、いかがわしい事してたのはどっちさ」
「アァアぁあ〜……!」
脚を椅子の下でバタバタさせてる。可愛くて面白いなぁ、ノアは。リアですら少し顔が赤い程度なのに。
「うぅ……こ。コホン。アロー……アロー、様」
「なんだい、ノア?」
「この度は本当に、我が国の不埒者が、取り返しのつかない罪を……、更には恥の上塗りをぉ、どのような処罰でも……」
「へぇ、ノアは僕に、罰して欲しいんだぁあ?」
「お兄ちゃん?」
リアの鋭い視線が本気で痛い。一対一の時に言ってくれれば、しっぽりがっぽりできただろうに。いやでも、いくらなんでも言いづらいか、うん。
「気にしないでよ、下手人は捕まったんでしょ?」
「もう逮捕されたよ。今度裁判するって。ほぼ終身刑じゃないかな」
「じゃあ良いさ、ノアがやったわけでも無いし。別に気にしないよ。それに、さっき助けてもらわなかったら僕もマドナグも、アールエも危なかったんだからさ」
「そう言って頂けると……」
「すまないがそこは少し、私は承服しかねるぞ」
スーズさん達がやってきた。イルマさんも、カニンガムさんも、複雑そうな顔をしている。先輩は三人の様子に、少し落ち着かないようだ。
「それは、はい……」
「いや、インテリオル様を責めているわけじゃ無いんだ。ただ一つ、確認させて欲しい。本当に、大隊長、ヴァイス隊長を……」
「……はい。僕とアールエが、彼の最期に立ち会いました」
スーズさんは一言もなく、ため息をついた。彼の拳は硬く握られている。やりきれない思いを、少しでも噛み砕いているみたいに。
「会わせたかったな、そうなる、前に……」
「親しかったんですか、スーズさん?」
「独立戦争の上官で、まだ私がお前くらいの時には、彼に放り込まれて直属の教官だったんだ。大隊長がいなければ、私は今ごろ……」
「この酒、キープしてたんだがね。あんたの写真付きでさ。知らないまま、勝手に戦って逝きやがって……」
イルマさんが机の上に、動画でしか見たこともないような古い酒瓶を置いた。僕の小さい頃の写真がくくりつけられていて、少し飲んだのか量が減っている。
「イルマさんも……?」
「私の心臓に、最初に名前を勝手に書きやがったのは、ヤツさ」
キリッ、キリッと蓋を開けて、トクトクトクとグラスに琥珀色の酒を注いで、三人は酒盛りを始める。全員示し合わせたように、一気飲みで飲み干して、暖まった酒臭い息を吐き出した。
「アローがこの船に乗る前に、あの野郎に帰りの足に、使われた事もあったっけね……」
「あった、あった。あー……?」
何か三人とも、いきなり時間が止まったみたいに、ピタリと急停止した。怪訝そうにリアとノアが顔を見合わせている。どうしたんだろうか。
「そう言えばあたし、あん時の運行代、事故のドサクサで貰って無い!」
「俺もだ。賭けの貸し、払って貰ってねえ!」
「私も。高い酒のオークションに、足りないからって、ははは……」
それから散々三人は、ロード・ヴァイスに対してあーだこーだと好き勝手に叫び始めた。厨房の職員さんも参加して、つまみが出てくる。
場はすっかり、場末の酒場の空気が漂い始めている。先輩もやってきて、リアの教育に良いような悪いような。
「最期に……ああ、いや、わかる。当ててやろうか、どうせどこまで行けるかだろ。この
「
「はい。だから私は、パイロットになりたいです。パイロットになって、
「だっはっはっははっ、ぜんぜん変わってねー!」
「あのクソヤロー。まぁた若いのに、ツバ付けやがってさー!」
「お、思い出したくない……! 変な汗が、訓練の度に、耳にしてぇえ……うっぷ!」
アールエの願いに、酒の入った三人の反応は様々だった。でもスーズさんだけは当時相当しごかれたのか、ちょっと吐きそうになって苦しそうに見える。
もう一杯飲んで、イルマさんが少し残った液体を見つめている。聞くか迷ったみたいに、でも結局、僕の方を向いてくれた。
「聞かせとくれよ、二人とも。地球の話を。ろくな土地じゃあ、なかったろうけどさ……」
「そうでも無いよ。大変なだけじゃ無かった。まずはね……」
僕は色々な事を、その日話した。みんな大人たちは酒を飲みながら、一喜一憂して過ごす。この時間は決して、哀しみだけを推し量って終わる時間じゃ無いと、僕たちは思えていた。
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今回のまとめ
辛く長い消耗戦で、アロー君大苦戦。とどめとばかりに大型機、襲来。
善戦するも、長時間の戦闘で、危うく窮地に陥るアローとマドナグ。アールエのサポートと、イルマの援護で窮地を脱した。
疲労の色が濃く、帰還してからドカ眠りするアロー。なぜか、目覚めるとノアとリアが、アールエから自身の生着替え動画を閲覧していた。
食堂で久々のメンバーと再会する。イルマを始め大人組はロード・ヴァイスを彼らなりのやり方で弔う。アローは、地球での出来事を語る。
◇
やっと帰還できましたね。さて、少しこれからの事をお話しようかと思います。
残り3話とエピローグ&スタッフロール1話となる構成なのですが、読了後の余韻を最優先いたしまして、ここから先のあとがきは、次回予告のみとさせて頂きます。あらかじめご了承頂きますよう、お願いいたします。
それに関連いたしまして、第二部構想を少しお話させていただければ。第二部からは主人公を交代いたしまして、また、新たなお話を綴らせていただければと思います。
ですが、予定ではアロー君も早い段階で必ず登場させるので、お楽しみに。
ただ、ご注意頂きたいのですが、公募用の調整を施した「撃墜王の流儀」第一部を別に公開するので、お間違えなきよう、よろしくお願いします。
◇
さて、あと1分だけお時間を下さい。面白かったと思ったり、続きに期待ができると思った方は、フォロー&★★★レビューで応援をお願いします!
以下その方法と、今回は「アロー」君と「ノア」さん「マドナグ」の一幕と、次回予告です。
PC版の場合は、次の手順です。
1・目次ページ下部の★123などと表示された、青い星と数字の項目をクリックする
2・作品ページにある「★で称える」の+(プラスアイコン)を押す
3・★を付与する。★★★3つだと、とても嬉しいです。実際に、泣くほど喜んだ事あります。
アプリ版の場合は、次の手順です。
1・レビュー項目を右スクロールする。
✻注)PC版のように、★123などと表示されたアイコンをタップしても動きません。ご注意下さい。
2・作品ページにある「★で称える」の+(プラスアイコン)を押す
3・★を付与する。★★★3つだと、とても嬉しいです。実際に、泣くほど喜んだ事あります。
アロー「やっと帰って来れたよ。ノア」
ノア「は、はい……ふふっ、お会いできたら、たくさんお話がしたかったのに、アロー様……」
アロー「二人っきりのときは、アローって呼んでよ。……寂しかったよ、ノア」
ノア「は、はい。あ、ア、……アロー」
アロー「(えへへっ、もう、しちゃう? みんなに内緒で)」
ノア「(も、もう! み、皆さん見てらっしゃいますから……!)」
アロー「そっか、じゃあ、皆さん。今回も応援よろしくお願いしますね〜👋」
ノア「👋よ、よろしくお願い……んっ……!」
マドナグ「👋(片腕のマニュピレーターで、二人を隠す)」
◇
決戦の時は近い。少年は味方を鼓舞するために、大人達からの提案を受け入れる。主義、主張が入り乱れた言葉と叫びに、兵たちは何を胸に感じるのか。
次回、「演説」……その足で立ち、連なれ。常に前進せよ。