現在、
小賢しい事に、グリントは横柄極まりない態度で、戦意高揚の為に、演説を繰り返しているらしい。
僕とマドナグは、各種メディアからの取材依頼が急増しているため、
部屋の外から、誰かが開閉のキーコードを打ち込んでいるようだ。念の為クローゼット内にスルリと隠れて、腰のレーザーブラスターを抜く。
「お兄ちゃん、朝だ……お兄ちゃん?」
リアが部屋に無防備に入って来た。レーザーブラスターを戻して、音を立てないように、背後から指一本で背中をつつく。
「動くな。そのまま両手をゆっくりと上げろ」
早口で、ドスの効いた声で言うと、リアは言う通りにゆっくり手を上げた。しめしめ。
「って、なんだ。お兄ちゃんじゃん」
「バレたか。でも、お前。なんでそんな格好してるのさ」
「ふっふん。可愛い?」
部屋に入って来たリアは、肩出しでミニスカな、白黒のメイド服を着用している。少し背伸びしたようなデザインの膝上スカートで、目に飛び込んでくる太ももから目が離せない。
「可愛いぞ。可愛すぎて他のどんな男にも、イルマさんにだって見せたくない。生涯僕だけが見てたい。生足最高。今度はニーハイを履いて欲しい。アールエより大きくない事を、いちいち気にしちゃってるのも素晴らしいの一言。指先から、齧るように全身をキスして、キスして、キスして、エッ……」
「またそうやって物量戦でぇえ、止めてよ!」
「リア。
「うー……そ、そっちこそ、なんで軍服なの?」
「僕とマドナグに取材が来るんだって。ほら、結果的にだけど、向かうところ実力者に勝って来ちゃったからさ」
戦局的にも優位で、ダメ押しの戦意高揚が上層部の狙いだ。数ヶ月前に近隣の統和国内で、離反者による混乱があったにせよ。それだけでこっちの戦力が揺らぐわけでもなく。
コロニーレーザーの直接照射で、決着がつけられなかったとは言え、月面制圧艦隊とソンブレロ師団の総合的な戦力比は、もはや三十対一にも満たない。
付き従う
もっとも、追い詰められたソンブレロ師団が、どんな手段に出るかは、少し見通せていない。
コロニーレーザー以上の「何か」を用意してくる可能性は十分にあるので、みんな油断だけはしていなかった。
「ふーん」
「気に入らないか?」
「そりゃSNSでも、流れ星の貴公子だの。流星の撃墜王様だの、好き勝手書いてくれちゃってさ。あたしだけの、お兄ちゃんなのにぃ……」
「そりゃ、世界中でお前の兄は、僕だけだが?」
「じ、じゃあ、ノアちゃんより、キレイ?」
「いや、ノアの綺麗さはそれこそ議論の予知ないし。ある意味、本人にとっても問題でしょ?」
「ある意味、問題……?」
「まあ、聞け。ほれ」
まだ時間は十分ある。僕は椅子を引いて、イオンドリンクのパックを冷蔵庫から取り出して、リアに手渡した。
「まず、大前提として。お前も十分綺麗だし、僕も心からそう思うけど、それでもノアは別格だってのは、分かるかな?」
「う、そ、それは……」
「まあ、認めなくても良い。僕が言いたいのはそこじゃない。要は綺麗すぎると、性的欲求は時に外れかねないって事だ」
「え、男の人って、そうなの……?」
「全員がそうじゃないけど、僕はそのタイプだ。先輩いわく。育成環境による個人差も大きいんだと。んで、次が本題なんだが、逆を想像してみろ」
「逆に、何を?」
「お前が今までの生涯、一番外見がカッコいい、綺麗だと思った男性を思い浮かべてみろ。極端に絶対的なまでに、ムラムラ来れるか?」
「んんー…………?」
少しは納得したようだ。直接接触や、言動で口説かれるならともかく、隔絶するほどの美の差を目の前にしても、個人の性癖にガッチリ噛み合うかは、別問題である事が多い。
「過ぎたるは及ばざるが如し。数は別だけどね。すぐ減らせるから。そっちはむしろ、本人にとっても厄介な、所有欲ってカテゴリーじゃないか?」
「なるほど。少し納得……したような、しないような、したくない、ような……?」
「ま、あくまで物の見方の一つだからな。でも感覚としては、少し伝わってくれたと思う」
「じゃあ、ノアちゃんの事どう思ってるの?」
「正直。綺麗かどうのこうのより、ドジっぽい間の悪さの方が、ずっと脳焼かれちゃわない?」
「うん、そっちで納得しかない……!」
決して要領が悪いわけでもなく、むしろ有能を絵に描いたようなノアだけど、妙に間の悪い印象がある。きっと彼女はそういう星と共に、生まれて来ちゃった娘なのだろうね。
端末が鳴った。取材に行かないと。
「軍服、似合っててカッコいいよ。頑張って」
「おう。行ってくる」
照れくさかったので、つい振り返らずに部屋を出てしまう。リアはあの鼻歌を愛らしく、機嫌良さそうに歌っていた。
◇◇◇
取材は格納庫の一部を片付けて、マドナグに乗り込める場所で、行う事になっている。インタビューの形式は編集すると、事前に説明を受けていた。
「どもども、今回取材させて頂く、フリージャーナリストのレーツ・リベルです!」
「はじめましてですね。アロー・イルマです。今日は、よろしくお願いします」
彼女は隣のイルマさんに許可を得つつ、周囲を撮影していた。快活な印象の明るい茶髪の女性だ。サポート用かペットメカなのか、機械で製作された小鳥のような物が肩の上に乗って、彼女の頭をついばんでいる。
「こちらこそ! マドナグ君ともども、ようやくお会いできましたね?」
「ですねぇ。SNS上だと、もう会ってますものね」
「直接見ると、やっぱり大きいですね。十八メートル……」
マドナグも彼女の声に反応して、ガコンと首を動かして、こちらを見ている。ツインアイからレーツさんの関連動画を、3D表示し始めた。
「あ、見て下さったんですね、ありがとうございます」
「現行機の倍近いからね。もう、始めるかい?」
「あ、はい。イルマ様。この子が撮影してくれるので、自然体で大丈夫です。では、よろしくお願いします!」
マドナグとの出会いから、その独自性について。今までの経緯と交えて、語れる範囲でいくつかの事を説明した。
「では、マドナグ君には、2万人の残留固有波系グロームデータが、累積している。と?」
「統和国で調べた研究者様方は、そう解析しています。名簿の中には、歴史上の偉人である旧世紀宇宙開発機構代表、ジーク・カリウス氏に連なる名前も。ただ、当時は何らかの原因で、本格的な起動化が達成できず、どこかに輸送して研究するつもりだったのでは、と」
「あたし達が見つけた船も、事故か何かにあったみたいに壊れてたからね。それで
「ふむ。では、現行機の骨子が作られていた少なく見積もっても、数百年前の機体ですか。でも、動いてますよね?」
「ええ。起動化に時間が必要だったのか、それともある程度、高グローム感応が行える人材が近くに必要だったのか。はっきりとは、まだ」
マドナグについてはブラックボックスも含めて、解明できていない事も多い。そもそも製作者達が意図して精神に近い物を持たせた可能性は低いと、統和国の研究者達は予測している。
「なるほど、では率直にお聞きしますが、SNSでは一部。失礼ながら、兵器に固有の意思に近い行動をさせることに、懐疑的な意見もございますが……?」
「味方に害を与えたり、何らかの能力が不足する。と言う意見も皆無なので、特に問題はないのかと。正直、助けられているのが現状です。マドナグがいなければ、僕はきっと生きていませんね」
「では、あなたにとってマドナグ君は、どのような機体でしょうか?」
「夢を託した、戦友……ですね。僕は無理でも、いつかマドナグは銀河の彼方へ。僕の代わりに到達して欲しいと、常に願っています」
「彼はでも、兵器。ですよね?」
「ええ。僕も出会った当初は、彼が「戦う為の
事実。マドナグは変化してきた。なんとなくだけど、僕が彼をただのAIや兵器として、道具として割り切って使用していたら、こうはならなかったんじゃないかと思う。
それが、何より光栄に感じて、誇らしい。
「まあ、そうですよね。では次は、アロー・イルマ氏個人について。戦争を、どう思われますか?」
「正直。さっさと終わってほしいですね。一社員としましても、義勇兵としても。長い目で見て経済的損失ですし、さらに人命が失われるとか最悪です」
「ふむ。では、人はなぜ、戦争をしてしまうと思いますか?」
「それしか
「それは、闘争そのものは、肯定すべきだと?」
「肯定では無く、必須です。いつか、そこを革新できる人類も生まれるかも知れませんが。……人は、戦いから、恐怖から、逃げ続ける事はできない。いっそ狂乱して叩きつけた方が、事態が好転することさえある。それらから目をそらしてごまかしたり、逃げ続けたりすれば……ふふっ。どこかの誰かのように、
思いっきり煽るつもりで、わざと皮肉げに笑って、宣言してやった。事情を知っているレーツさんも少し顔を引きつって、手元のメモに目を落としている。
「で、では……先ほど夢とおっしゃいましたが、それは、もしかして……?」
「ええ、はい。SNSでもお書きしましたが、彼の死亡はあまりにも惜しい。僕の好きな女性にさえ、会って欲しかったと、思ってしまうくらいに……」
「ロード・ヴァイスはなぜ、あの場で。不躾ながら……お尋ねしても、許されるでしょうか?」
「今思い返せば、頭部さえ傷を負わなければ、再生できる目算が高かったのかと。彼は逃げなかったんです。勝利を求めて、戦いに殉じた。後は口癖と、口に出すのを止めただけ、ですね」
「ふむ。私見ですが、私もそう印象を受けます。では最後に、これから同じ戦列に加わる人々に、コメントをお願いします」
「では、ここからは敬語を無しで、少々弁論を」
軽く咳払いを、喉の調子は悪くない。やるか。
「初めに言っておく。決着は、生きるか死ぬかでは無い。生きて、ブッ壊せ。だ」
初めに結論をまず出そう。きっと心に響く。
「我々は所詮寄せ集め。きっと隣の船どころか、隣の兵の顔も、知らない者も居る……星か泥を見つめて、必死に泥だけをかき分けて、中の星粒一つを探しているようなのが、残念ながら我々の現状だ。だが、連中が陰り。我々に確かに存在する事が一つだけ、ある」
呼吸を一つ。深く、深く。僕自身へと、告げる。
「それは、生そのものだ。…………自分自身に祈れ。誓え。常に問い正せ! 我々は嘘、弾圧、裏切りを決して忘れない! たとえ、この夢ではない現実で、理解を超えたものを目撃したとしても……!」
そうだ。彼と対峙したとき、僕は僕自身を鼓舞した。きっと兵士達にとっての骨子はここだ。他は、あり得ない。
「嘆くな、困難に向き合え! 我々の栄光はきっと多くの心を暖める……彼が灯し続けた。篝火のように!」
カミとやらよ。
もし本当に存在するのだったら……。
なぜ、僕と共に、ロードを殺した。
失礼ながら僕は、あなたがただ、それを傍観していた事実からが。本当に、本当に、本当に、心底なまでに、心許す事ができない。
「その足で立ち、共にあれ! 立ち続けろ、できなければ、死あるのみ! なすべきをなせ! 共に続け!!!」
星々に生きる流儀にかけて。
決着は人と継ぎ、連なる物たちがつける。
「生きて、ブッ壊せッ!!!!」
抗い続ける意志を、息、続ける歓びを。変わり続ける栄光を、篝火たるロードが愛したこの宇宙に、銀河に、打ち立て続けようじゃないか。
そうだろう。僕の
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少年の名は自らの叫びと共に、太陽系銀河に轟き、雌雄を決する時が来た。月面を舞台に繰り広げる戦場。ただ、彼らには、必勝の秘策が存在した。
次回、「決戦」……最悪はとうに過ぎ去り、もはや、