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第20話 「決戦」

話し終わった後、レーツさんも、イルマさんも、周囲で聞いていた人たちも、ポカンとしている。何か、問題があっただろうか。


「あ、いえ。とっても良いと思います。では、編集に入りますね……!」


 レーツさんと編集を進めていると、エアロックの向こうからノアがやってきた。少し忙しそうにブツブツと呟きながら、大きな端末を操作している。


  彼女は本国の混乱のために九ヶ月間帰れず、その間に執筆した論文が注目を集め、軍と我が社の強い要望で、現在は、新しい兵器の開発チームの一員として活躍している。


「やぁ、ノア」


 声をかけて手を振ると、こっちに気づいてくれたようだ。なんだろう。熱中していた端末をふよふよと放り出して、喜びのあまり、ニマニマと口元を両手で覆っている、ような。


「なに、どうしたの?」


「っ…………る」


 か細い声で、顔を背けられた。前みたいにバスローブ着てるわけじゃないんだけど。そんなに気に入ったのかな、軍服。耳を済ませてみる。


「カッコいい。無理ぃぃ……」


 消え入りそうな声で、手の隙間から聞こえた。こういう所なんだよねぇ。ノアの本当の魅力は。嬉しかったので宙を遊泳して、ちゃんと覚えたエスコートの作法で、彼女の手を取る。


 今度は慌ててしまう事は無い。むしろ、ノアの方が、あの日に出会った僕みたいだね。


「なあ、さっきのアレ。もっと上に持ってかないか?」


「えっ。上ってどこに。イルマさん?」


「良いですね、掛け合ってみましょう!」


 レーツさんもノリノリで、止める人は特にいなかった。そして僕は、そんなつもりは特になかったのに。うっかり人類の戦史に、永久に名を残す事になってしまった。



◇◇◇



「これが、コンバットメンタル・センサー?」


  「そうですわ。リア様とメンタルパターンを調整している過程で生まれた、副産物のアプリでございます」


 マドナグに一緒に乗り込んだノアが、サブモニターを操作して、メインモニターに小さくアプリを表示させている。アプリ内の数字で、66を示している。


「マドナグさま自身の、戦闘高揚や興奮状態の有無を、ある程度数値化するアプリです。追従性の調整などの参考にできますし、艦のオペレーターからも観察が可能なのです」


「できるって聞いてたけど、すごいね。流石ノア」


 めちゃくちゃ嬉しそうに、またさっきと同じように彼女は黙ってしまう。そんなに僕に褒められるの好きなのかな。


「アールエの方は、順調?」


「むしろ、私たちスタッフの方が少し遅れているのが、現状でございます。すごい熱意と集中力ですの」


「間に合いそうかな?」


「彼女ともども間に合せますわ。必ず」


 アールエの熱意が、ノアたちも突き動かしているのかな。邪魔しても悪いので、アプリの詳しい説明だけ受けて、その日は彼女と別れた。


  そんな準備をしながら数日後。こちらから月面に攻撃を仕掛ける日がやってきた。先遣隊はすでに小競り合いを始め、月面全体の包囲網を完成させたと、僕たちは連絡を受けている。


 メインの作戦説明を終えて、僕たちパイロットは、各機体に既に乗り込んでいた。


「さて、正念場だ。もう一度各機出撃前に、再確認する。全員、傾注せよ」


「了解。いつでも、イルマさん」


「よし。作戦はコロニーレーザーを照射後。破壊した宙域を隙間無く進み、月面に急速降下。後に、お預かりした陸戦艇をすべて投下。彼ら陸戦隊が全施設を探索。制圧。必要があれば破壊、後に撤収するまで援護するのが、我々の作戦となる」


「揚陸艦である、母艦アルカナクラスの本領発揮というわけですな?」


「その通りだ、カニンガム。重巡洋艦ドルムを始め、護衛の艦艇も付くが、月の地下は深く。かつ、残りの施設は厄介な事に、コロニーレーザー射角の裏側。つまり、月の裏側に存在する」


「コロニーレーザーでの直接攻撃は、残念ながらできないんですよね?」


「そうだ、シデン。直接破壊が望めない以上。必要があれば、機体RF母艦アルカナクラスによる強襲揚陸に切り替える可能性もある。予想通り、グリントは自らを量産し、撃破報告も相次いでいる。確実に我々は奴を追い詰めている。今度こそケリをつけるぞ」


「了解。しつこくて、いっそ笑えてくるね。まったく」


 通信を公衆回線オープンチャンネルに繋ぐ。彼女は僕のムクを操縦して、味方への消化活動や、医療ポッドによる救援。無人機の撃退、陸戦艇の誘導を、今回は主に担当することになっている。


「お兄ちゃん。そっちはどう?」


「問題無いよ。マドナグの調子もね」


 僕が居ない八ヶ月の間に、イルマさんと初めて大喧嘩して認めさせたらしい。二人とも機体RFまで駆り出したと後になって聞かされて、女ってタフで怖いなと、今でも思う。


「それにしても反響すごいね。もう世界中でお兄ちゃんの名前を知らない人、いないんじゃない?」


「いやもう本当。演説のつもり無かったんだけどね。やる気になってくれて結構だけど」


 すれ違う別艦隊の短いデータリンクでも、僕の弁論が演説として、特に最後の「生きて、壊せ!!」が繰り返しスローガンとして響き渡っている。


 まるで、燃え残った物に、火をつけたみたいに。


「アロー、アロー……」


「アールエ。怖くは無いかい?」


「は、はい……。でも、行けます」


「無理しないで。カニンガムさんとスーズさんの後方でね。ここでは、みんなそうだったから」


「だな。なーに。デンのヤツよりよっぽどマシだ。あてにしてるぜ。な、チゲさん」


「おうともよ。今回は注文通り、全機弾は積載ペイロード一杯だ。逆に撃ちすぎて、銃身を焼くんじゃないぜ?」


「へいへい。……そろそろだぞ。アロー」


「来たぞ。コロニーレーザーだ。45秒後。両舷全速!!」


「了解。両舷全速準備ッ!!」


 徐々に加速を感じる。戦闘で起こるわずかな衝撃が、コックピットを震わせている。辛抱の時間だ。


「月面軌道衛星基地を通過! 周回軌道の高度以下に入ります!!」


「対宙監視班から報告! 十時方向、戦艦二、駆逐艦三です!!」


「すり抜ける!! 荷電粒子プラズマミサイル。三番まで、戦艦に照準!! 味方艦に付いて来いと入電!!」


「マイナスコンマ三。イルマ様!!」


「目潰しだぞ、良く狙え。撃てぇー!!」


 流石だ。このままだと一番乗りかも知れない。どうしても力が入るな。手のひらを前へ。手首を直角に、指を一本ずつ折って開く。深呼吸、よし。


「降下ポイント、確認ッ!!!」


「アンチレーザー爆雷準備!! 各機、発進後、三十秒援護射撃!!」


「各機カタパルト射線確認せよ。降下開始ッ!!」


「もう、手引きするまでもねえな。出る!!」


「スーズ。M006。出るぞ!!」


 カニンガムさんと、スーズさんが先に出る。開いた格納庫の向こう側。下から上へ撃ち出されるレーザー火線が多い。降りられるのかよと、思う。


「リア。留守番を頼む」


「さて、行きますか。シデン・ヘンリック。フルアサルト・ウォカズ。行きます!!」


「任せて。母艦アルカナクラスに、火は付けさせないよ」


停止アボート』と、赤く表示されていたアイコンが、ブザーを鳴らして『打ち上げランチ』へと、青く切り替わる。


「アロー様。必ず、生きて。……再会を願います」


 行こうか。決着を付けよう。マドナグ。みんな。


「リア、ノア。二人とも頼りにしてる。先に行くね、アールエ。……アロー機。フルロード・マドナグ。出しますッ!!」


 一瞬でカタパルトから飛び出す。下方12時方向。月で最も標高の高い、フォン・カルマン・クレーター基地が、まるで堅牢な長城のように、聳え立っている。


 先行射出された、アンチレーザー爆雷の範囲に入る。アールエの通信が、耳に入った。


「アールエ・サヨニ。リザイス。……行きます」


 初めて戦場に降り立つ彼女を意識して。僕らは決死の降下作戦を、開始していた。



◇◇◇



  予想通り、僕たちが最初に先陣を切った。敵基地の防衛設備からは、レーザーの光線が飛び交い、先日確認された五十メートル級機動兵器「アームレス」が三機、基地の周囲に確認できる。


 他にも拠点防衛用の艦から、今確認できるだけで、千機以上の機体と無人機が出撃している。味方艦ドルムが指揮する味方艦隊は、後方から押し寄せてきている。この場は一歩も引けない総力戦の激戦区へと、一変した。


「アームレスと艦がミサイルを撃ってくる! アールエ、できそう!?」


「はい。戦闘意欲感応器コンバットメンタル・センサー、各部発振器、正常。展開、開始します」


 メインモニターに小さく表示されたリザイスの背が、花ひらくように広がっていく。一見すると花か放熱板のような形状の背面装備は、リザイスの背から自立可動して、敵機と僕らの間に舞い始める。


「な、なんだ。撹乱金属片チャフ。いや……月に、花びら?」


「怯むな! 弾数たまかずで圧倒しろ!!」


「伝えなさい、フルール。……その身を斬り、咲くほどに」


 底冷えするほど無機質なアールエの声。圧迫感プレッシャー。同時に、小さな光が無数に広がっていく。500数以上の対宙域多段頭ミサイル。だけど。


「は、花火ぃ……?」


「きれい……綺麗だ……?」


 銀河に花咲くような光暈ハレーションが、僕らの戦場に、美しく芽吹めぶき、誇る。


「み、ミサイルが!?」


「なんでこっちに!? こ、コントロールが、利きませんッ!!?」


「なんで、なんでぇえ、うわぁああああ!!?」


 魚群のように、勢いよく群れを成していたミサイルが、宇宙そらに溺れている。狂ったようにS字やUターンを繰り返して衝突し、敵機と同士討ちを始めて。


「くそっ、レーザーだ! レーザーで、あの光の輪を焼き払え!!」


「だ、駄目です! レーザーが途中で、減衰していきます! 敵艦隊に届きません!!?」


「な、なんだと……?」


 コスモフルール・システム。


 あの光る輪の正体。それは、実体弾でも、光学レーザーでも、まして、重金属粒子ビームでも無い。


 電圧波形パルスだ。


 要は、子機で連続して連係発振させた、特殊で膨大な電圧波形パルスで、強力無比な電子戦攻撃EMPを、仕掛けているに過ぎない。


 理屈は単純だけど、効果は絶大だ。


 本来。小型無人子機の繊細なコントロールは、グローム環境下では、良好ではないのだけれど。


 ノア、リア、そして、アールエ自身が完成させた、完全な戦闘意欲感応器コンバットメンタル・センサーは、それを十分なまでに可能にする。


「どうして!? なんでぇえ!?」


「れ、レーダーが、死んだ!?」


 電圧波形パルスにさらされたセンサーは、当然。狂う。


  こちらのように後方で、十分な対策装備をしているならともかく。理論上周波数を合わせることで、最大出力のコロニーレーザーすら無効化する電圧波形パルスを、安っぽい半端な電子戦攻撃EMP対策装備で、防げるわけがない。


 この一時。戦場の女王は、彼女と玉座リザイスだ。


「モニターまで、ど、どうすれば……!?」


「く、来るんじゃ無かった、こんな戦場ッ!!」


「狼狽えるな! 周波数変調パターンを切り替えろ! 何してる早くし、あぁああああ!?」


 圧倒的だ、圧倒的に過ぎる。笑えてくるほどに。あの光の向こうで、爆発の向こうで、人が数多、死んで宇宙そらに溺れているのに。


「ふふふっ……あはははっ……はははははっ!!」


「わ、嗤ってる、嗤われてる、なんで!?」


 人型機動兵器の四肢が弾け飛び、惨めに赤熱したレーザー砲が暴発し、自分自身が撃ったミサイルに、酷く滑稽に追いかけられている。


 無人機も壊れたように、消えるレーザー射撃を繰り返している。アームレスも味方が邪魔で、良く動けていない。無様だ、無様過ぎる。


 屈辱を、存分にやり返して。なんて、なんて、……なんて。


 ──── 気持ちが、良い。


 爽快だ。背筋が震えるほど、気持ち良い。気恥ずかしささえ感じてしまう。


 笑っているアールエが、異常なわけじゃない。異常なのは、この無人機混じりの戦場そのもの。まして彼女は、連中に理不尽にも囚えれられていたんだ。異常な連中にやり返して、笑わないはずがない。笑えて来れない、はずがない。


 これは、ただの因果応報に過ぎない。それ以上でも、以下でも無い。おそらく本人は、欠片も意識していないのだろうけど。


 だからこそ、どこまでも純粋に、悪逆をく。


 彼女はやっと本当の意味で、産まれる事が出来たんだ。この戦場で、フルールと、自らの哄笑と共に。


「アールエ。少しは気が済んだ?」


「くふっ、はい。格納して、再充電に入ります。クククッ……はははははっ」


 その上で、呼びかけられれば冷徹に、冷酷に。人へと立ち帰れる。意識して恨ませていれば、きっとこうは至れない。余計な口出しをしなくて良かった。おかげで、彼女はパイロットとしても、兵士としても、人としても完成した。


 祝砲が必要だ。状況としても後ろが詰まっている。リアの教育にも悪いショーだけど、大混乱の内に、道を開けて頂こう。


「艦砲射撃と共に、荷電粒子砲を使う。各機、合わせてくれ!」


「了解!!」


 肩部プラズマミサイルポッド。改良型かいりょうがた特大質量支柱実体剣斧マス・クリーバー。レーザー・ガトリング付き大型パルス・シールド。


 そして、常温核融合炉ジェネレーター、直結式荷電粒子砲。これが、マドナグの追加装備。


 接続エネルギーバイパス良好。常温核融合炉、臨界。出力良好。チャージと共に、公衆回線オープンチャンネルで脅すか。その方が今だけは良い。


「聞け。逃げるなら、撃ちはしても追いはしない。だが、投降は一切容認しない。絶対にできない。理由は理解できるな?」


 グリントが自身を量産という、狂気に踏み切った以上。奴はどんな手段を使ってでも、生き残ろうとする可能性がある。


 それこそ、他人に外見を偽る程度ならまだ良い。場合によっては思いも依らない製品に、脳部品だけで化けている可能性も、十分に存在する。


 軍上層部は月を完全包囲した時点で、とっくに捕虜を取るという選択肢を諦めた。もう事態は、敵勢力の完全消去しか方法が無いと、断腸の思いで命令している。


「ここは、地獄か……」


「わ、わけも分からず、死んでたまるか……」


「くそっ、何が最強のランカーだよぉおッッ!!」


 あの日、初めて人をかき消してしまった、あの日。先輩は僕に、真っ先に嘘をついた。嘘をついて、気づかって見逃してくれたんだ。


 本当はわかってた。わかってたんじゃない。僕は知っていた。あそこをレーザーで焼き払われて、知っている人間に、犠牲が出ていない訳ないのに。


 迷子になって探しに来てくれた、イルマさん。

 幼稚園のみんなと忘れられない、公園の大冒険。

 お菓子をくれた心優しい。きっと職員の知らないおじさん。お姉さん。


 小さなリアが可愛くて可愛くて、初めてほっぺにキスした。あんまりリアがせがむから、初めてデートした、あの場所。

 リアが、リアがさ。大人になったらって……。


 もう、献花しか残っていない。……あの場所。


「僕らの時計塔おもいでを、故郷を、……返せ」


 エネルギーを物質化直前まで超圧縮して、巨大な光弾を発射する兵器が、一撃で密集していた300近い敵機を、飲み込むように消失させていく。


 お前たちは過ちを犯した。致命的なまでに、取り返しのつかないほどに、最低最悪で身勝手な事に。お前らが勝手に始めた物語せんそうだ。責任の清算を、今こそ求めよう。


 生きるか、もう。ブッ壊すかだ。





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 この頃、僕は思い出す。初めて君に出会った、あの日のことを。


 最終話「マドナグ」……忘れないよ。ずっと、その名は……。

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