夏休みが終わり、2学期が始まる。
「おっはよー♪ 自由研究やった? あたしの戦国武将ノートブック見てー!」
「
早速自作のノートブックを見せる綾菜。他の皆も自由研究を見せ合って騒いでいたが、そうしている間に担任の先生が教室に来た。
「今日からこのクラスに新しい仲間が入ります!」
そう言って1人の少年を紹介した。髪がサラサラで切れ長の瞳。美しい顔立ちとオーラはまるで王子様のよう。その雰囲気にクラス中の女子達がザワザワしている。
「……
「では渉くんは綾菜ちゃんの隣の席に」
綾菜の隣の席に渉がやって来る。その瞳は綾菜をとらえて逃がさない。渉に見つめられると何も話せなくなりそうだ。
「よろしく。綾ちゃん」と渉。
「あ……綾ちゃん?」
いきなり綾ちゃんと呼ばれて驚く綾菜。すると渉はニヤリと笑い小声で言う。
「フフ……『綾』の方がいいか?」
「えっ……」
その「綾」という呼び方、切れ長で鋭い目力、小学生とは思えないタダならぬ男性の色気。綾菜は勘づく。渉は夢で見た最恐武将の「渉様」かもしれないと。そして渉は自分のことに気づいているのだろうか。全てを見透かすようなその瞳。少しでも誤魔化せば何をされるかわからない。
「あ……綾ちゃんでいいよ。よろしくね、渉くん」
どうにか渉に挨拶ができた綾菜であった。
翌日に自由研究が多目的室に展示され、学活の時間にクラスの皆で見に行った。
「綾ちゃん、君は戦国武将が好きなの?」と渉。
「うん! 憧れているの」
「そうなんだ。僕も歴史が好きなんだ」
「え! 渉くんも?」綾菜の目がキラキラしている。
「ああ、この武将はさ……」
そこから渉と綾菜は戦国武将の話で盛り上がる。
「で……綾ちゃんはこの武将が好きなんだ。似顔絵も説明も丁寧だ」
母親と同様に渉にも一番好きな武将を言い当てられた。
「うん……この武将は人の心を分かってくれるところが好きなの」
綾菜は「誠様」を思い出しながら言う。
「そっか……僕はこの武将かな」
渉が示した武将は……まさに夢の中の「渉様」……最恐の武将であった。それを聞いた綾菜はますます渉のことが気になってしまう。
まさか……本当に渉くんは「渉様」なの……?
「この武将は圧倒的な強さがあるからね。新しい世の中を作ろうとした……僕の憧れさ」
「そうだね、この武将は独特だよね」
すると渉が綾菜の耳元でこっそり囁く。
「綾ちゃんにも……この武将を好きになってもらいたいな」
ドキッとする綾菜。渉の美しいその瞳に吸い込まれそうになる。
この緊張感は、あの渉様と一緒だ……
それから渉はあっという間にクラスの人気者となった。王子様のようにかっこいい見た目と優しさで女子達の人気ナンバーワン。そして英語が堪能でスポーツも得意。男子からの信頼も厚く、とくに
ただ、彼が最も気にしているのは綾菜のことだった。歴史の話が出来るからだけではない。綾菜がお気に入りなのか、何かと話しかけに来るのだ。
綾菜は渉が「渉様」のような気がしていたが、すでに夢の中では自分は「誠様」の元に戻っている。それでも少し不安だった。
渉がまるで自分を誘うかのよう……そして自分も渉と仲良くなりつつある。夢と現実は違うはずなのに何故かまた「渉様」にとらわれるのではないかと考えてしまったのだ。
※※※
渉は思い出していた。少し前からある夢を見るようになったことを。夢の中で自分は最恐と呼ばれる武将となっていた。
「俺は自分の目で見たことしか信じない! この世を変える!」
そう言いながら走り回っていた夢が最初だった。その後は家の当主となり領土を拡大しようとしていたが、ある武将に侵入される。
「相手軍は数万、我が軍はせいぜい数千軍……」
明らかに相手方が数では有利であるが、渉はひとまず休息した。
「こんな時に休息とは……何かお考えがあるのだろうか」
兵士達が話すが、自分達も休息することとした。
そしていよいよ相手軍が近づいて来た時に渉は兵士達に言う。
「いざ、出陣だ!」
渉の速さに追いつこうと兵士達も必死についてゆく。
「よく聞け! 相手軍は長旅で疲れ切っておる! それにひきかえ我々は休息も取っており、たった今出陣したばかりだ! 少数だからといって恐れるでない!」
その覇気ある渉の勢いに兵士達も団結する。
「天は我らに味方する! やれ!」
周りの人を惹きつける姿。誰もがついて行きたいと思う強さ。いずれ全てを手に入れそうなその戦力で相手軍を圧倒する。
天は渉の軍に味方したのだろうか。風雨が相手軍に向かって降りかかった影響もあり、渉の軍は少ない数であったにも関わらず、勢いで相手を討ったのであった。
「もっと上へゆける……我の力で新しい世の中を作る!」
新しい世の中を作るために異国からの文化も受け入れた渉。今、自分のいる国が全てではなく世界はさらに広いことに気づく。
「いつか世界を見てみたい……この目で……」
そしてそのためにまずは自国の天下統一を目標に掲げた渉。自分に反抗する者は容赦しない。欲しいものは全て手に入れる……そう考えていた時に出会ったのがとらえた姫君の「綾」であった。
美しいと感じて一目で気に入った渉。必ず正室にしようと思ったものの、誠の軍の元に戻って行った彼女。しかし彼は簡単には諦めない。
そんな渉も綾菜達同様に、半日ほど目を覚まさなかったことがあり、病院に搬送された。その時にデイルームで綾菜の姿を見てすぐに「綾」だと分かった。まさか転校先で同じクラスになれるとは思わなかったが、これも天が自分に味方したからなのだろうか。
必ず夢の世界で「綾」を手に入れる。そしてこの現実世界でも……綾菜と出来るだけ近づきたい。どうしても綾菜から目が離せなくなってしまった。
また、渉は偶然親に連れて行かれたネイティブの教師がいる英会話スクールで努力し、今ではネイティブ並みに英語を話せる。夢の中で「世界を見てみたい……」と思ったことがきっかけとなり、英語を頑張るようになったのだ。
「渉くん、すごいね」と綾菜に言われると喜びを隠せない。
「綾ちゃんは本当に可愛いね」
「えっ?」
「可愛い上に歴史にも詳しい。君のこと……もっと知りたいな」
「渉くんだって英語得意でかっこいいよ」
「フフ……」
今のところ綾菜との仲は良好。この調子で綾菜も「綾」も……自分のもの。
そう思いながら、渉は綾菜をじっと見つめていた。