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第24話 少年と戦国武将

 夏休みが終わり、2学期が始まる。

「おっはよー♪ 自由研究やった? あたしの戦国武将ノートブック見てー!」

綾菜あやなちゃんすごーい!」

 早速自作のノートブックを見せる綾菜。他の皆も自由研究を見せ合って騒いでいたが、そうしている間に担任の先生が教室に来た。


「今日からこのクラスに新しい仲間が入ります!」

 そう言って1人の少年を紹介した。髪がサラサラで切れ長の瞳。美しい顔立ちとオーラはまるで王子様のよう。その雰囲気にクラス中の女子達がザワザワしている。

「……わたるです。よろしくお願いします」

「では渉くんは綾菜ちゃんの隣の席に」

 綾菜の隣の席に渉がやって来る。その瞳は綾菜をとらえて逃がさない。渉に見つめられると何も話せなくなりそうだ。


「よろしく。綾ちゃん」と渉。

「あ……綾ちゃん?」

 いきなり綾ちゃんと呼ばれて驚く綾菜。すると渉はニヤリと笑い小声で言う。

「フフ……『綾』の方がいいか?」

「えっ……」


 その「綾」という呼び方、切れ長で鋭い目力、小学生とは思えないタダならぬ男性の色気。綾菜は勘づく。渉は夢で見た最恐武将の「渉様」かもしれないと。そして渉は自分のことに気づいているのだろうか。全てを見透かすようなその瞳。少しでも誤魔化せば何をされるかわからない。

「あ……綾ちゃんでいいよ。よろしくね、渉くん」

 どうにか渉に挨拶ができた綾菜であった。


 翌日に自由研究が多目的室に展示され、学活の時間にクラスの皆で見に行った。

「綾ちゃん、君は戦国武将が好きなの?」と渉。

「うん! 憧れているの」

「そうなんだ。僕も歴史が好きなんだ」

「え! 渉くんも?」綾菜の目がキラキラしている。

「ああ、この武将はさ……」

 そこから渉と綾菜は戦国武将の話で盛り上がる。まことが引っ越した今、綾菜と歴史のマニアックな話ができる同級生はいなくなった。そのため渉とここまで話せることが嬉しく感じる綾菜であった。


「で……綾ちゃんはこの武将が好きなんだ。似顔絵も説明も丁寧だ」

 母親と同様に渉にも一番好きな武将を言い当てられた。

「うん……この武将は人の心を分かってくれるところが好きなの」

 綾菜は「誠様」を思い出しながら言う。

「そっか……僕はこの武将かな」

 渉が示した武将は……まさに夢の中の「渉様」……最恐の武将であった。それを聞いた綾菜はますます渉のことが気になってしまう。

 まさか……本当に渉くんは「渉様」なの……?


「この武将は圧倒的な強さがあるからね。新しい世の中を作ろうとした……僕の憧れさ」

「そうだね、この武将は独特だよね」

 すると渉が綾菜の耳元でこっそり囁く。

「綾ちゃんにも……この武将を好きになってもらいたいな」

 ドキッとする綾菜。渉の美しいその瞳に吸い込まれそうになる。

 この緊張感は、あの渉様と一緒だ……


 それから渉はあっという間にクラスの人気者となった。王子様のようにかっこいい見た目と優しさで女子達の人気ナンバーワン。そして英語が堪能でスポーツも得意。男子からの信頼も厚く、とくに勝則かつのりは渉と気が合ったのかすぐに仲良くなっていた。

 ただ、彼が最も気にしているのは綾菜のことだった。歴史の話が出来るからだけではない。綾菜がお気に入りなのか、何かと話しかけに来るのだ。


 綾菜は渉が「渉様」のような気がしていたが、すでに夢の中では自分は「誠様」の元に戻っている。それでも少し不安だった。

 渉がまるで自分を誘うかのよう……そして自分も渉と仲良くなりつつある。夢と現実は違うはずなのに何故かまた「渉様」にとらわれるのではないかと考えてしまったのだ。



 ※※※



 渉は思い出していた。少し前からある夢を見るようになったことを。夢の中で自分は最恐と呼ばれる武将となっていた。

「俺は自分の目で見たことしか信じない! この世を変える!」

 そう言いながら走り回っていた夢が最初だった。その後は家の当主となり領土を拡大しようとしていたが、ある武将に侵入される。


「相手軍は数万、我が軍はせいぜい数千軍……」

 明らかに相手方が数では有利であるが、渉はひとまず休息した。

「こんな時に休息とは……何かお考えがあるのだろうか」

 兵士達が話すが、自分達も休息することとした。


 そしていよいよ相手軍が近づいて来た時に渉は兵士達に言う。

「いざ、出陣だ!」

 渉の速さに追いつこうと兵士達も必死についてゆく。

「よく聞け! 相手軍は長旅で疲れ切っておる! それにひきかえ我々は休息も取っており、たった今出陣したばかりだ! 少数だからといって恐れるでない!」

 その覇気ある渉の勢いに兵士達も団結する。

「天は我らに味方する! やれ!」


 周りの人を惹きつける姿。誰もがついて行きたいと思う強さ。いずれ全てを手に入れそうなその戦力で相手軍を圧倒する。

 天は渉の軍に味方したのだろうか。風雨が相手軍に向かって降りかかった影響もあり、渉の軍は少ない数であったにも関わらず、勢いで相手を討ったのであった。

「もっと上へゆける……我の力で新しい世の中を作る!」


 新しい世の中を作るために異国からの文化も受け入れた渉。今、自分のいる国が全てではなく世界はさらに広いことに気づく。

「いつか世界を見てみたい……この目で……」

 そしてそのためにまずは自国の天下統一を目標に掲げた渉。自分に反抗する者は容赦しない。欲しいものは全て手に入れる……そう考えていた時に出会ったのがとらえた姫君の「綾」であった。

 美しいと感じて一目で気に入った渉。必ず正室にしようと思ったものの、誠の軍の元に戻って行った彼女。しかし彼は簡単には諦めない。



 そんな渉も綾菜達同様に、半日ほど目を覚まさなかったことがあり、病院に搬送された。その時にデイルームで綾菜の姿を見てすぐに「綾」だと分かった。まさか転校先で同じクラスになれるとは思わなかったが、これも天が自分に味方したからなのだろうか。

 必ず夢の世界で「綾」を手に入れる。そしてこの現実世界でも……綾菜と出来るだけ近づきたい。どうしても綾菜から目が離せなくなってしまった。


 また、渉は偶然親に連れて行かれたネイティブの教師がいる英会話スクールで努力し、今ではネイティブ並みに英語を話せる。夢の中で「世界を見てみたい……」と思ったことがきっかけとなり、英語を頑張るようになったのだ。

「渉くん、すごいね」と綾菜に言われると喜びを隠せない。


「綾ちゃんは本当に可愛いね」

「えっ?」

「可愛い上に歴史にも詳しい。君のこと……もっと知りたいな」

「渉くんだって英語得意でかっこいいよ」

「フフ……」

 今のところ綾菜との仲は良好。この調子で綾菜も「綾」も……自分のもの。

 そう思いながら、渉は綾菜をじっと見つめていた。



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