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第2話 クリスマスイブの出会い

 12月の街中はイルミネーションが輝き、華やかである。

 カフェ「セプタンブル」もクリスマスの飾り付けがされ、碧人と健人はサンタの帽子を被っていた。ただ帽子を被っただけなのに「一年に一度の兄弟、サンタ帽姿」ということで、一緒に写真を撮ってもらう客も多い。


 今日はクリスマスイブ。恋人や家族と過ごす人も多いが、「セプタンブル」で彼ら兄弟と過ごしたいといった熱狂的ファンもいる。

「きゃー! もう一生忘れられないイブになりました♡ ありがとうございます!」

 兄弟と写真を撮った女子大生達が騒いでいる。

「そう言ってもらえて嬉しいな。素敵なクリスマスを過ごしてね」と健人が笑顔になる。


 そしてキッチンにて。

「明日のクリスマスは全体的に外出する人が増えるからな、うちも稼ぎ時だ」と碧人。

「兄貴、ケーキ一緒に食べような」

「フフ……いいね」

「さてそろそろ閉店の準備っと……」

 もう閉まる時間だというのに、1人の男子大学生が入って来た。目に涙を浮かべて俯いている。

「あの、今日はもう閉店でして」と碧人が言うと、その大学生は顔を上げる。


 色白で黒目が大きく、艶やかな黒髪。潤ませた目元から涙が頬を伝う。その姿に碧人はすぐに心を動かされた。

「健人、ちょっとだけいてもらってもいいか?」

「構わないよ」

「どうぞ」と碧人が彼を席に座らせる。

 誰もいない店内で俯いたまま座っている彼。何となくこのまま帰す訳にもいかないような気がする兄弟である。

 碧人は、

「何か飲む?」とメニューを見せた。


「じゃあ‥‥ほうじ茶ラテ‥‥ください」

 その大学生がゆっくりと話し出した。

「かしこまりました」と碧人が準備する。

 大学生が碧人と健人の方をじっと見ていた。

「す‥‥すみません‥‥」

「いいんだよ、君が少しでも安心できるなら僕も嬉しいから」と碧人が言う。


 うわぁ、優しくて落ち着いた大人の男性だ……と大学生は感じた。



 ※※※



「お待たせしました。ほうじ茶ラテです。寒かっただろう? ゆっくりあったまるんだ」

 碧人がそう言ってほうじ茶ラテをテーブルに置く。


 閉店間際に来た僕に申し訳ないよ……

 そう思いながら、大学生がほうじ茶ラテを口に含ませる。温かくてほっとする……涙も徐々におさまってきそうだ。

「あの……ありがとうございます。こんなところに美味しいカフェがあるなんて……」


 そう言われた兄弟はヒソヒソと話す。

「けっこうこの地域では有名な兄弟なのに俺達のこと知らないのか、兄貴」

「そうだな、意外と知らない人もいるんだな、健人」


「うっ……」

 ほうじ茶ラテで温まったはずなのに、大学生からは涙が滝のように溢れ出した。

「おっと大丈夫か? 辛かったんだな。もう客もいないから泣いても大丈夫だ」と碧人が言う。

「ごめんなさい……ハァ……ハァ……」

「よしよし……落ち着こうか」

 碧人が優しく背中をさすってくれた。


 どうしてだろう。綺麗な目をしていているのに、今にも壊れてしまいそうだからなのか。僕は彼から目が離せない……


 そう感じた碧人が大学生に言う。

「僕で良かったら……話聞こうか?」

「えっ……でも……」

「兄貴は何でも聞いてくれるよ」と健人も言う。そして、

「こんなに泣いている君をこのまま放っておけないから」と碧人。

「……」


 この人達になら話してもいいかな、と思いながら彼は話し出した。

「今日のクリスマスイブに……フラれました」

「えっ……それは悲しいね。イブの日にそんなことって……」と健人が驚く。

「そうだな……それは泣きたくなる」と碧人も言う。

「知らなかった。僕は付き合っていたつもりなのに……向こうはただ僕のことをからかっていただけだったんだ。大学のサークル内のみんなにも知れ渡ってたみたいで……僕って変なんだよ。気持ち悪がられるのも当然だよ」

 碧人と健人は黙って大学生の話を聞いていた。


「それは酷いな。俺だったら耐えられないや」と健人。

「君が本気になって好きになったというのに……その気持ちを踏みにじるなんて、辛かったな」と碧人。

「うぅ……」

「それに君は変じゃないさ。人生で誰かを好きになることは尊いことなんだよ。恋愛しようと思っても……だんだん難しくなってくる。相手のことを大事に思っていた君は……気持ち悪くも何ともないさ」

「え……」



 大学生が思う。そんなこと……生まれてはじめて言われた……初対面の自分をこんなに励ましてくれるなんて……この人……気になるなぁ……



「君……名前は?」

幸成ゆきなりです」

「ゆきなりくんか……ゆきくんって呼んでもいいかい? 僕は碧人でこっちは弟の健人。兄弟でこのカフェを経営しているんだ」

「碧人さんと健人さん……こんな僕に……ありがとうございます」

「いいんだよ、いつでもおいで。待ってるから……」と碧人が言って幸成をぐっと抱き寄せた。



 え……あお兄……?



 兄が幸成をハグする姿を見て、違和感を覚えた健人。


 何故今日初めて会った人に……?

 しかも「ゆきくん」だなんて‥‥馴れ馴れしすぎないか……?

 そう思いながら表情が固まってしまい何も言えない健人である。



「ありがとうございました」

「またね、ゆきくん」と碧人は手を振って幸成を見送った。


 家に帰った兄弟。早速健人が後ろから抱きつく。

「あお兄、ゆきくんに優しすぎるよ……ハグまでして。俺、寂しかった」

「ケン……妬いてるの?」

「あお兄が……俺以外の男にって思っただけで辛いよ……俺だって泣きそうだったんだから……」

「ごめんよ、ケン。何だかゆきくんを放っておけなくてつい……大学生って夢がまだあると思うからさ。元気になってほしくて」

「俺、あお兄のお客さんに優しいところ……好き……だけど……俺のこともちゃんと見てくれなきゃ……嫌だから……」

「わかってるよ。ケンは僕のたった1人の弟……そばにいてもらわなきゃ困る……」


 碧人はそう言って健人にキスをした。

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