12月の街中はイルミネーションが輝き、華やかである。
カフェ「セプタンブル」もクリスマスの飾り付けがされ、碧人と健人はサンタの帽子を被っていた。ただ帽子を被っただけなのに「一年に一度の兄弟、サンタ帽姿」ということで、一緒に写真を撮ってもらう客も多い。
今日はクリスマスイブ。恋人や家族と過ごす人も多いが、「セプタンブル」で彼ら兄弟と過ごしたいといった熱狂的ファンもいる。
「きゃー! もう一生忘れられないイブになりました♡ ありがとうございます!」
兄弟と写真を撮った女子大生達が騒いでいる。
「そう言ってもらえて嬉しいな。素敵なクリスマスを過ごしてね」と健人が笑顔になる。
そしてキッチンにて。
「明日のクリスマスは全体的に外出する人が増えるからな、うちも稼ぎ時だ」と碧人。
「兄貴、ケーキ一緒に食べような」
「フフ……いいね」
「さてそろそろ閉店の準備っと……」
もう閉まる時間だというのに、1人の男子大学生が入って来た。目に涙を浮かべて俯いている。
「あの、今日はもう閉店でして」と碧人が言うと、その大学生は顔を上げる。
色白で黒目が大きく、艶やかな黒髪。潤ませた目元から涙が頬を伝う。その姿に碧人はすぐに心を動かされた。
「健人、ちょっとだけいてもらってもいいか?」
「構わないよ」
「どうぞ」と碧人が彼を席に座らせる。
誰もいない店内で俯いたまま座っている彼。何となくこのまま帰す訳にもいかないような気がする兄弟である。
碧人は、
「何か飲む?」とメニューを見せた。
「じゃあ‥‥ほうじ茶ラテ‥‥ください」
その大学生がゆっくりと話し出した。
「かしこまりました」と碧人が準備する。
大学生が碧人と健人の方をじっと見ていた。
「す‥‥すみません‥‥」
「いいんだよ、君が少しでも安心できるなら僕も嬉しいから」と碧人が言う。
うわぁ、優しくて落ち着いた大人の男性だ……と大学生は感じた。
※※※
「お待たせしました。ほうじ茶ラテです。寒かっただろう? ゆっくりあったまるんだ」
碧人がそう言ってほうじ茶ラテをテーブルに置く。
閉店間際に来た僕に申し訳ないよ……
そう思いながら、大学生がほうじ茶ラテを口に含ませる。温かくてほっとする……涙も徐々におさまってきそうだ。
「あの……ありがとうございます。こんなところに美味しいカフェがあるなんて……」
そう言われた兄弟はヒソヒソと話す。
「けっこうこの地域では有名な兄弟なのに俺達のこと知らないのか、兄貴」
「そうだな、意外と知らない人もいるんだな、健人」
「うっ……」
ほうじ茶ラテで温まったはずなのに、大学生からは涙が滝のように溢れ出した。
「おっと大丈夫か? 辛かったんだな。もう客もいないから泣いても大丈夫だ」と碧人が言う。
「ごめんなさい……ハァ……ハァ……」
「よしよし……落ち着こうか」
碧人が優しく背中をさすってくれた。
どうしてだろう。綺麗な目をしていているのに、今にも壊れてしまいそうだからなのか。僕は彼から目が離せない……
そう感じた碧人が大学生に言う。
「僕で良かったら……話聞こうか?」
「えっ……でも……」
「兄貴は何でも聞いてくれるよ」と健人も言う。そして、
「こんなに泣いている君をこのまま放っておけないから」と碧人。
「……」
この人達になら話してもいいかな、と思いながら彼は話し出した。
「今日のクリスマスイブに……フラれました」
「えっ……それは悲しいね。イブの日にそんなことって……」と健人が驚く。
「そうだな……それは泣きたくなる」と碧人も言う。
「知らなかった。僕は付き合っていたつもりなのに……向こうはただ僕のことをからかっていただけだったんだ。大学のサークル内のみんなにも知れ渡ってたみたいで……僕って変なんだよ。気持ち悪がられるのも当然だよ」
碧人と健人は黙って大学生の話を聞いていた。
「それは酷いな。俺だったら耐えられないや」と健人。
「君が本気になって好きになったというのに……その気持ちを踏みにじるなんて、辛かったな」と碧人。
「うぅ……」
「それに君は変じゃないさ。人生で誰かを好きになることは尊いことなんだよ。恋愛しようと思っても……だんだん難しくなってくる。相手のことを大事に思っていた君は……気持ち悪くも何ともないさ」
「え……」
大学生が思う。そんなこと……生まれてはじめて言われた……初対面の自分をこんなに励ましてくれるなんて……この人……気になるなぁ……
「君……名前は?」
「
「ゆきなりくんか……ゆきくんって呼んでもいいかい? 僕は碧人でこっちは弟の健人。兄弟でこのカフェを経営しているんだ」
「碧人さんと健人さん……こんな僕に……ありがとうございます」
「いいんだよ、いつでもおいで。待ってるから……」と碧人が言って幸成をぐっと抱き寄せた。
え……あお兄……?
兄が幸成をハグする姿を見て、違和感を覚えた健人。
何故今日初めて会った人に……?
しかも「ゆきくん」だなんて‥‥馴れ馴れしすぎないか……?
そう思いながら表情が固まってしまい何も言えない健人である。
「ありがとうございました」
「またね、ゆきくん」と碧人は手を振って幸成を見送った。
家に帰った兄弟。早速健人が後ろから抱きつく。
「あお兄、ゆきくんに優しすぎるよ……ハグまでして。俺、寂しかった」
「ケン……妬いてるの?」
「あお兄が……俺以外の男にって思っただけで辛いよ……俺だって泣きそうだったんだから……」
「ごめんよ、ケン。何だかゆきくんを放っておけなくてつい……大学生って夢がまだあると思うからさ。元気になってほしくて」
「俺、あお兄のお客さんに優しいところ……好き……だけど……俺のこともちゃんと見てくれなきゃ……嫌だから……」
「わかってるよ。ケンは僕のたった1人の弟……そばにいてもらわなきゃ困る……」
碧人はそう言って健人にキスをした。