陽介のアパートは都内の古いマンションの4階にあった。ワンルームで狭く、家賃は安いが設備は古い。しかしインターネット回線だけは彼のこだわりで高速光回線を引いていた。
「さあ、準備するか」
彼は部屋に戻るとすぐにノートパソコンを起動し、配信準備に取り掛かった。幸い、以前から趣味でゲーム配信をしていたので、必要な機材は揃っていた。
ウェブカメラ、マイク、配信ソフト……。彼は手際よく機材をセットアップしていく。
「で、どうやって配信しようか……」
単に廃墟のダンジョンに入って探索するだけでは視聴者は集まらないだろう。何か独自の切り口が必要だ。
「そうだ、僕の異能と探知アプリを使えば、他の配信者には見えない世界が見られる」
彼はしばらく考え込み、配信のコンセプトを練っていった。タイトルは「見えない世界の案内人」。特殊な視点でダンジョンの秘密に迫るという切り口だ。
「よし、これでいこう」
彼は配信サイトにアカウントを作成し、プロフィールを設定した。配信者名は「ガイド」。顔出しはせず、声だけの配信にすることにした。
準備は整った。明日の配信に向けて、陽介は必要な装備を揃えることにした。財布の中身を確認すると、残りは5000円ほど。これで何とか最低限の装備を揃えなければならない。
ホームセンターで懐中電灯、軍手、ロープ、ナイフなどの基本装備を購入した。あまりにも貧相だが、今はこれが精一杯だ。強力な異能を持つ配信者たちは専用の防護服や高級装備を身につけているが、陽介にはそんな余裕はない。
翌朝、陽介は早起きして廃墟に向かった。昨日探索したのは氷山の一角に過ぎない。もっと深く探ることで、視聴者を魅了する映像が撮れるはずだ。
公園に着くと、彼は周囲を警戒しながら廃墟に近づいた。昨日と同じ入り口から中に入り、奥の部屋まで進む。亀裂は消えたままだったが、スマートフォンのアプリを起動すると、壁に青い光の筋が浮かび上がった。
「これを追えばいいのか……」
彼はアプリが示す方向に従い、壁の一部を押した。すると昨日とは違う場所に隠し扉が現れ、暗い通路が姿を現した。
「よし、配信開始だ」
彼はノートパソコンを取り出し、ポケットWi-Fiでインターネットに接続。配信サイトにログインすると、新規配信のセットアップを行った。
「こんにちは、ガイドです。今日は特殊な方法で発見した未登録ダンジョンの探索を配信します」
彼は緊張した声で話し始めた。最初の視聴者はわずか2人。期待していなかったとはいえ、少なさに少し凹む。
「まずは僕がどうやってこのダンジョンを見つけたかをお話しします」
彼は昨日の出来事を簡潔に説明し、自分が手に入れた特殊なアプリについて語った。ただし異能については触れなかった。まだ誰にも知られたくなかったからだ。
「このアプリを使うと、通常は見えないダンジョンのエネルギーの流れが見えるんです」
スマートフォンの画面をカメラに向けて見せると、青い筋が壁を覆っている様子が映し出された。この独自の視点に、視聴者数がゆっくりと増え始めた。10人、20人、そして30人へ。
「それでは探索を始めます」
彼は懐中電灯を手に、新たに見つけた通路へと足を踏み入れた。通路は狭く、天井は低い。壁には奇妙な文様が刻まれている。
「これはなんだろう……古代文字?」
彼がスマートフォンのカメラで文様を映すと、アプリが反応し、文字の翻訳のようなものが画面に表示された。
「『進む者よ、試練に挑め』……これはダンジョンからの挑戦状?」
視聴者数が50人を超えた。チャットも活発に動き始める。
「初めて見るダンジョンだ」
「このアプリどうやって手に入れたの?」
「政府に報告しないの?」
彼はチャットに目を通しながらも、探索を続けた。通路はやがて大きな部屋へと繋がっていた。そこには昨日見たゴーレムとは異なる生物が待ち構えていた。
それは人間のような形をしているが、全身が透き通った水晶で作られているようだった。そして陽介が入室すると、その生物はゆっくりと顔を上げた。
「あ、あれは……クリスタルマン?」
ダンジョン配信の常連視聴者のコメントによれば、それは「水晶の番人」と呼ばれる中級異形の一種だという。攻撃力はそれほど高くないが、防御力が非常に高い厄介な相手だ。
「どうしよう……引き返す?」
チャットでは様々な意見が飛び交った。
「逃げろ!」
「いや、観察してくれ」
「その能力で何とかならない?」
陽介は一瞬躊躇ったが、左手の甲を見つめた。まだ異能のことは公表していないが、この状況ではそれを使うしかないだろう。
「実は……もう一つ言ってなかったことがあります」
彼は深呼吸し、左手の甲を視聴者に見せた。赤い刺青が浮かび上がり、淡く光る。
「僕、実は昨日異能に目覚めたんです」
視聴者数が一気に100人を超えた。
「どんな能力?」
「スゴい! 見せてくれ!」
「新米適合者だ!」
彼は左手を前に突き出し、異能を発動させた。刺青から赤い光線が放たれ、クリスタルマンに命中する。すると予想通り、クリスタルマンの動きが極端に遅くなった。
「僕の能力は……時間減速です。相手の時間だけを一時的に遅くできます」
彼はスローモーションで動くクリスタルマンの横を素早く通り抜け、部屋の奥へと進んだ。能力の効果時間は約10秒。その間に安全な位置まで移動できた。
視聴者からは驚きと称賛のコメントが殺到した。
「おお! 時間操作系か!」
「珍しい能力だな」
「派手さはないけど実用的じゃん」
部屋の奥には石の台座があり、その上には昨日見たような水晶があった。
「これは昨日のと同じようなものですね。データが入っているようです」
彼が水晶に触れると、また青い光がスマートフォンに流れ込んだ。アプリを確認すると、ダンジョンの地図がさらに広がっていた。
「なるほど、こうやってダンジョンの地図を広げていくんですね」
探索を続けていると、新たな部屋や通路、そして罠や宝箱のような仕掛けを発見した。彼の時間減速能力は戦闘よりも、こうした探索や罠回避に適していることがわかった。
配信は2時間ほど続き、最終的に視聴者数は500人を超えていた。予想以上の反響に、陽介は心から嬉しく思った。
「今日はここまでにします。また明日、さらに奥へと探索していきますので、ぜひご視聴ください」
配信を終了すると、彼はどっと疲れが出た。しかし同時に大きな達成感も感じていた。初めての配信で500人もの視聴者を集め、投げ銭も数千円入っていた。
「これなら……続けていける」
彼は希望を胸に、廃墟から自宅へと戻った。
その夜、陽介はスマートフォンのアプリをさらに詳しく調査した。ダンジョンの地図だけでなく、遭遇した異形のデータベースや、採取した資源の情報なども記録されているようだった。
「これは宝の山だ……」
彼はこのアプリの全機能を把握するため、深夜まで調査を続けた。そして一つの機能に気づいた。アプリには「レア度スキャン」という機能があり、ダンジョン内の希少資源の位置を示すことができるのだ。
「これを使えば……より価値の高い資源を効率的に回収できる」
翌日からの配信戦略を練りながら、陽介は眠りについた。明日からは「ダンジョン配信者」としての本格的な活動が始まる。彼の新たな人生の幕開けだった。