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沈黙の回廊と真実の扉

 一週間後、陽介は装備を整え、新たな配信を開始した。この間に彼は同盟から受け取った「増幅器」の使い方を練習し、自分の能力の新たな可能性を探っていた。

「今日はちょっと特別な配信です。新しい装備でダンジョン6階に挑戦します」

 視聴者はすぐに反応し、チャットが盛り上がった。

「おっ! 新装備?」

「6階って、まだ誰も公開配信で到達してないよね?」

「ガイドさん、無理はしないでね」

 陽介は慎重に準備を整えながら、視聴者に説明した。

「新しい探索用グローブを手に入れました。これにより、より効率的に移動できるようになりました」

 実際には「増幅器」のことだが、一般的な装備として紹介した。これは凛からのアドバイスだった。

 彼は廃墟に入り、いつものようにダンジョンの入口を開いた。1階から5階までは慣れた道のりとなっていた。「守護者の結晶」を使い、5階の水晶の部屋まで一気に移動する。

「水晶の部屋から、6階への入口を探します」

 彼は部屋の中央に立ち、守護者を呼び出した。

「守護者よ、現れてください」

 空間が歪み、水晶の守護者が姿を現した。

「再び来たか、探索者よ」

「6階への道を開いてください」

 守護者はうなずき、空間に新たな扉を作り出した。

「進むがいい。だが警告しておく。6階には『沈黙の回廊』がある。そこでは通信も能力も制限される」

「理解しました」

 陽介は扉に近づき、深呼吸をした。6階は未知の領域だ。

「視聴者の皆さん、これから先は通信が不安定になるかもしれません。もし配信が途切れても、戻ってきたら再開しますので」

 彼は扉を開け、中に入った。そこは暗い通路で、足元には黒い液体が薄く広がっていた。壁には謎の文字が刻まれている。

「ここが6階……『沈黙の回廊』ですか」

 彼は慎重に進んだ。不思議なことに、この場所には全く音が響かない。彼の足音も、声も、すべてが吸収されてしまうようだ。

「奇妙な場所です。まるで……」

 突然、通信が途切れた。画面がノイズで乱れ、音声も途切れ途切れになる。

「視聴者の皆さん、聞こえますか?」

 反応は得られなかった。チャットも止まっているようだ。彼は予想通り通信が遮断されたことを理解した。

「仕方ない、続けよう」

 彼は配信が途切れていることを確認した後、増幅器を作動させた。指輪を捻ると、すぐに体に力が漲るのを感じる。

「よし、これで少しは安心だ」

 彼は暗い回廊を進んでいった。壁に刻まれた文字を観察すると、それらは彼が見たことのない言語だった。しかし不思議なことに、じっと見ていると意味が分かるような気がする。

「これは……警告?」

 壁には「禁忌の領域」「帰れ」「死が待つ」などの警告が刻まれているようだった。

 さらに進むと、回廊は広い空間へと開けた。そこには巨大な石像が立ち並んでいた。人間の形をしているが、顔は奇妙に歪んでいる。

「なんだこれは……」

 彼が空間の中央まで来ると、突然石像の目が光り始めた。赤い光が陽介を照らし、まるで彼を分析しているかのようだ。

「侵入者を確認。種別:人間。能力:時間操作系。目的:……不明」

 機械的な声が響いた。どうやらこの場所は侵入者を自動的にスキャンするシステムがあるようだ。

「私はただの探索者です。敵意はありません」

 陽介は念のため、そう宣言した。すると石像の目の色が赤から青に変わった。

「探索者確認。制限付きアクセスを許可」

 空間の奥に新たな通路が開いた。どうやら通過を許可されたようだ。

「ありがとう……」

 彼は新たな通路へと進んだ。そこはさらに広い空間で、中央には巨大な水晶の塔が立っていた。塔は天井まで伸び、青い光を放っている。

「これが6階の中心か……」

 塔の周りを歩いてみると、入口らしきものが見つかった。彼は恐る恐る中に入った。

 内部は想像以上に広く、まるで別世界のようだった。壁も床も天井も、すべてが計算し尽くされたような幾何学的なデザインで構成されている。

「なんてことだ……これは……」

 彼の目の前に巨大なホログラムのような映像が浮かび上がった。それは地球全体を捉えた映像で、世界各地にある108のダンジョンの位置が光点で示されていた。

「情報センターか?」

 彼が近づくと、映像は変化し、彼の「キー」に反応して情報が表示された。それは彼のダンジョン、つまり東京のダンジョンに関する詳細なデータだ。

「驚異的なシステムだ……」

 さらに彼が進むと、中央に円形のプラットフォームがあった。その上に立つと、周囲に光の壁が現れ、彼を囲んだ。

「バイオスキャン完了。適合者確認。データベースへのアクセスを許可」

 機械的な声が響き、プラットフォームから複数のホログラムスクリーンが現れた。それらは彼の思考に反応するように、様々な情報を表示した。

「これは……政府の極秘情報?」

 スクリーンには政府の内部文書が表示されていた。「異界接触プロジェクト」「適合者管理計画」「ダンジョン制御システム」など、彼が知らなかった計画の存在が明らかになっていた。

「やはり凛さんの言っていたことは本当だったのか……」

 彼はできる限り情報を記憶しようとした。しかし量が多すぎて、すべてを頭に入れることは不可能だ。彼はふと思いついて、スマートフォンを取り出した。配信は途切れているが、カメラ機能は使えるかもしれない。

「撮影しておこう」

 彼が撮影を始めると、突然警報音が鳴り響いた。

「不正なデータ抽出を検出。セキュリティシステム作動」

「やばい!」

 彼は急いでスマートフォンをしまい、プラットフォームから飛び降りた。周囲の光の壁が赤く変わり、警戒態勢に入ったようだ。

「侵入者排除プロトコル発動」

 塔の内部から複数の機械的な存在が現れた。それらは人型をしているが、明らかに機械だ。全身が黒い金属で覆われ、頭部には赤い光が輝いている。

「撤退しなければ」

 陽介は出口へと走った。しかし機械の警備兵たちは彼を追いかけてきた。一体が彼の前に立ちはだかった。

「増幅器を使うしかない」

 彼は増幅器を最大出力にし、能力を発動した。周囲の時間が極端に遅くなり、機械の動きも鈍くなった。彼はそのスキを突いて、警備兵の間をすり抜けた。

「これならいける!」

 彼は出口に向かって全力で走った。しかし、増幅器の効果にも限界がある。30秒ほどで能力が弱まり始め、機械たちの動きが徐々に速くなってきた。

「まだだ……あと少し!」

 彼は最後の力を振り絞って出口に飛び込んだ。回廊へと戻ると、後ろで扉が閉まり、追っ手を遮断した。

「危なかった……」

 彼は息を切らせながら、回廊を戻る。増幅器の効果は完全に切れ、体も疲労感でいっぱいだった。

 回廊を抜けると、通信が復活した。配信画面には視聴者からの心配するコメントが溢れていた。

「ガイドさん、大丈夫?」

「突然切れて心配した!」

「何があったの?」

 陽介は深呼吸をして、カメラに向かって話した。

「すみません、通信が途切れてしまいました。『沈黙の回廊』と呼ばれる場所で、電波が通じなかったようです」

 彼は実際に見たものの一部を話した。水晶の塔のことや、ホログラム映像のことなど。しかし、政府の秘密計画や、警備兵との戦闘については話さなかった。

「残念ながら奥には進めず、引き返してきました。今日はここまでにしておきます」

 配信を終えると、彼はすぐに凛に連絡を取った。暗号化メッセンジャーを使って、ダンジョンで見つけた情報について報告した。

『6階の情報センターで政府の秘密計画に関する文書を発見。写真撮影は不可。警備システムに追われた。』


 数分後、凛から返信があった。

『よくやった。明日、通常の場所で会いましょう。詳細を聞かせて。』

 陽介はアパートに戻り、ベッドに倒れ込んだ。今日の発見は彼の予想をはるかに超えるものだった。政府が国民に隠している計画の存在。ダンジョンと政府の密接な関係。

「なぜ彼らはこれを隠しているんだ?」

 彼は考え込んだ。もし政府が最初から異界の存在を知っていたとすれば、亀裂の出現は偶然ではない可能性がある。それは世界規模の陰謀を意味する。

「真実を知る必要がある……」

 彼はそう決意し、次の日を待った。

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