翌日、陽介はいつものカフェで凛と落ち合った。彼は昨日の探索で見たものについて、詳細に説明した。
「情報センターの中には世界地図があって、108のダンジョンの位置が示されていました。それと政府の内部文書も見ました。『異界接触プロジェクト』など、政府が事前に準備していたことを示す証拠です」
凛は真剣な表情で聞いていた。
「よくやったわ。これは貴重な情報よ」
「凛さん、政府は最初から異界の存在を知っていたんですか? 亀裂の出現も計画的だったのでしょうか?」
凛は少し考え、慎重に言葉を選んだ。
「完全には知らなかったと思うわ。でも、ある程度は予測していた。だからこそ『異界接触プロジェクト』のような計画があったの」
「では亀裂の出現は?」
「それは……偶然と計画が混ざり合ったものね。政府は異界との接触を試みていたけど、全世界で同時に亀裂が出現するとは予想していなかったはず」
陽介はさらに疑問を投げかけた。
「なぜ政府はこれを隠すんですか? パニックを避けるためだけでしょうか?」
「主にはね。でも他にも理由がある。一つは国際的な優位性を確保するため。異界からの技術や力を独占したい。もう一つは、計画の失敗を隠すためよ」
「失敗?」
「ええ。彼らが予想していたのは、制御された小規模な接触だったはず。でも実際には全世界で亀裂が出現し、異形生物が現れた。彼らのコントロールを超えた事態になってしまったのよ」
陽介は頭を整理しようとした。情報が多すぎて、何が真実か判断するのが難しい。
「では、私たちは何をすべきなのでしょう?」
「まず、もっと証拠を集める必要があるわ。具体的には、中央管理施設への接続方法を突き止めること。そのためには108のキーが必要」
「キーとは、私が持っているようなダンジョンの入場キーのことですか?」
「それとは別物よ。中央管理施設へのアクセスキーはもっと特別なもの。各ダンジョンの最深部に隠されているわ」
「そのキーを集めるのが同盟の目的なんですね」
「そうよ。現在、私たちは17個のキーを確保している。まだまだ先は長いけど」
二人は会話を続けながら、次の行動計画を立てた。陽介は通常の配信活動を続けながら、同盟のために情報収集をすることになった。特に、東京のダンジョンの深層部に関する情報が求められていた。
「それと、あなたのアプリについてもっと知りたいわ」
凛は陽介のスマートフォンを見つめた。
「実は使い方がまだ完全に分かっていなくて……」
「見せてもらえる?」
陽介はスマートフォンを渡した。凛はアプリを操作し、隠された機能を探った。
「これは……特殊なアクセス権を持っているわね。通常の探索者アプリよりも高度な機能がある」
「どういうことですか?」
「普通のアプリは基本的な地図作成と敵情報の登録しかできない。でもこれは、ダンジョンのシステムそのものにアクセスできる可能性があるわ」
彼女は画面をいくつかタップし、隠しメニューを表示させた。
「ほら、ここに『システムアクセス』という項目がある。これは特別よ」
「どうやって見つけたんですか?」
「私も似たようなアプリを研究していたから。でも実際に使うには特別な権限が必要みたい」
凛はアプリをさらに調査し、いくつかの設定を変更した。
「これで少し機能が拡張されたはず。次回の探索で試してみて」
彼女はスマートフォンを返し、次の計画について話し始めた。
「来週、同盟の重要なミーティングがあるわ。あなたも参加してほしい」
「どんなミーティングですか?」
「全国から主要メンバーが集まる定例会議よ。新しい情報の共有や、今後の戦略を決めるための重要な場なの」
「参加します」
陽介は快諾した。彼は同盟のことをもっと知りたかった。特に他のメンバーがどんな人たちなのか興味があった。
「良かった。それと、ミーティングまでにもう一つお願いがあるわ」
「何でしょうか?」
「ダンジョンの特殊な場所を調査してほしいの。具体的には、4階にある『記憶の間』という場所よ」
「4階に?でも私は全フロアを探索したはずですが……」
「それは通常の探索ルートには現れない隠し部屋なの。最近発見されたばかり。アプリを使えば見つけられるはず」
凛はメモ帳に簡単な地図を描き、陽介に渡した。
「こことここを繋ぐ隠し通路があるわ。アプリで壁をスキャンすれば見つかるはず」
「分かりました。調査します」
彼らは別れる前に、緊急時の連絡手段を再確認した。
「何か問題があったら、すぐに連絡して。それと、政府の人間に近づかれたら警戒して」
「政府の人間って分かるんですか?」
「彼らは普通、自分から名乗りはしないわ。でも、あなたの配信や活動に異常な関心を示す人物には注意して」
陽介はうなずき、その日の会合を終えた。彼はアパートに戻り、翌日の探索に備えた。アプリの新機能を試し、「記憶の間」を探索する計画を立てた。
「これで一歩、真実に近づける」
彼はそう思いながら、明日の配信内容を考えた。まだ視聴者には同盟のことを明かせないが、探索自体は配信する予定だった。
その夜、彼は奇妙な夢を見た。水晶の守護者が彼に語りかけ、警告しているような夢だった。
「危険に近づきすぎるな……真実は時に、知りたくないものだ……」
彼は冷や汗をかいて目を覚ました。時計を見ると、午前3時だった。
「単なる夢か……」
彼は水を飲み、再び眠りについた。しかし心の中では、これから自分が歩む道について不安が渦巻いていた。
翌日、陽介は配信の準備を整えた。今日は「記憶の間」の探索を計画していた。
「今日は4階の未探索エリアを調査します」
配信を開始すると、すぐに視聴者が集まってきた。
「4階にまだ未探索エリアがあるの?」
「ガイドさん、最近どんどん冒険的になってきたね」
「応援してるよ!」
陽介は快調にダンジョンの入口まで移動し、中に入った。いつものように1階から上へと進んでいく。
4階に到着すると、遠野陽介は凛から教えられた場所へと向かった。それは通常のルートからは少し外れた場所で、これまでの配信では訪れたことがなかった。
「今日は特別な場所を探索してみます。最近、他の探索者から聞いた情報によると、この辺りに隠し部屋があるらしいんです」
彼は視聴者に対して自然に説明した。同盟のことは言えないが、少なくとも嘘はつきたくなかった。
視聴者のコメントは興奮気味だった。
「隠し部屋!?」
「どうやって見つけるの?」
「ガイドさん、情報通だね!」
陽介は凛が指定した場所まで来ると、アプリを起動した。昨日凛が調整してくれた新機能を使い、壁をスキャンする。
「このアプリの特殊機能で壁の向こう側を調べてみます」
スマートフォンの画面に奇妙な波形が表示され、壁の一部が異なる色で示された。
「ここですね」
陽介は壁の特定の箇所に手を当てた。すると、彼の指が壁をすり抜けるように沈み込んだ。
「不思議だ……見た目は普通の壁なのに」
彼は恐る恐る体全体を壁に押し込んだ。すると、まるでゼリーのような感触と共に、彼は壁の向こう側へと通り抜けた。
「うわっ!」
想像以上の感覚に、思わず声が漏れた。壁の向こう側は薄暗い通路になっていた。壁にはうっすらと光る模様が描かれている。
「皆さん、見えていますか?壁を通り抜けて、隠し通路に入りました」
コメント欄は沸騰していた。
「すごい! 本当に通り抜けた!」
「この場所、公式ガイドには載ってないよね?」
「ガイドさん、詳しいね! どうやってこの場所を知ったの?」
最後の質問に陽介は少し考えて答えた。
「他の探索者から情報をもらったんです。みんなで情報共有することで、もっと多くのことが分かるんじゃないかと思って」
彼は通路を進んでいった。通路は徐々に曲がりながら下っていき、まるで迷路のようだった。アプリの地図機能を使って進路を確認する。
「順調ですね。あとしばらく進めば『記憶の間』に着くはずです」
「記憶の間?」と視聴者が尋ねた。
「はい、この隠し部屋の名前らしいです。何があるのか、私も楽しみです」
さらに数分進むと、通路の先に大きな扉が見えてきた。扉には「記憶」を意味する古代文字が刻まれている。
「到着しました。これが『記憶の間』の入口です」
彼は慎重に扉に近づいた。扉には鍵穴らしきものはなく、中央に手のひらを置くための窪みがあるだけだった。
「手を置いてみます」
彼が窪みに手のひらを当てると、扉全体が青く光り始めた。そして静かに開いていく。
「開きました!」
扉の向こうは広い円形の部屋だった。部屋の中央には水晶のような柱が立ち、天井まで伸びている。柱の周りには複数の小さな台座が円を描いて配置されていた。
「これが『記憶の間』……」
彼は恐る恐る中に入った。部屋に入ると、扉が自動的に閉まった。室内の照明は柱からの青い光だけだ。
「どうやら、ここは何かの儀式を行う場所のようですね」
彼が中央の柱に近づくと、柱が反応して光が強くなった。
「試しに触れてみます」
柱に触れた瞬間、部屋全体が眩い光に包まれた。そして陽介の意識が一瞬遠のいた。
「!」
光が収まると、彼の周りの景色が変わっていた。彼はもはやダンジョンの中にいるのではなく、見知らぬ研究施設のようなところにいた。
「ここは……どこだ?」
しかし自分の体は透明で、まるでホログラムのようだった。彼は周囲を見回した。白衣を着た科学者たちが忙しそうに作業している。壁には「異界接触プロジェクト・フェーズ1」と書かれた看板がある。
「これは……過去の記憶?」
彼はすぐに理解した。この部屋は文字通り「記憶の間」なのだ。過去の出来事を映し出す場所。しかも通常の記録映像ではなく、まるでその場に立ち会っているかのような体験ができる。
科学者たちは大きな装置の周りに集まっていた。装置からは異様なエネルギーが放出されているようだ。
「予定通り、異界へのゲートを開きます」
指揮を執る科学者がそう言い、スイッチを入れた。すると装置から強烈な光が放たれ、空間が歪み始めた。まるでダンジョンの入口が開く瞬間のようだ。
「これが最初の亀裂……?」
陽介は目の前で繰り広げられる歴史的瞬間に息を呑んだ。これは政府の秘密プロジェクトだったのだ。彼らは意図的に異界へのゲートを開いていた。
しかし、何かがおかしい。装置のエネルギー出力が制御できないほど高まっている。警報が鳴り響き、科学者たちがパニックになり始めた。
「エネルギー制御不能!シャットダウンせよ!」
しかし遅すぎた。装置から爆発的なエネルギーが放出され、研究施設全体が揺れ始めた。そして突然、視界が暗転した。
次に映し出されたのは、世界各地で同時多発的に亀裂が発生する様子だった。ニューヨーク、ロンドン、東京、北京……全ての主要都市に亀裂が広がっていく。
「まさか……一つの実験の失敗が、世界的な事態を引き起こしたのか」
陽介は衝撃を受けた。これが凛の言っていた「計画の失敗」だったのだ。
映像はさらに変わり、緊急会議を行う政府高官たちの姿が映し出された。彼らは事態の収拾について議論していた。
「これは絶対に公表できない。パニックを避けるためにも、自然現象として発表する」
「しかし、これだけの規模の事態を隠し通せるのか?」
「選択肢はない。責任問題に発展すれば、私たちは終わりだ」
彼らは真実を隠すことを決定した。そして「適合者管理計画」という新たなプロジェクトを立ち上げることになった。
「適合者と呼ばれる特殊能力者を見つけ出し、ダンジョン探索に活用する。彼らの能力を研究し、最終的には異界の力を制御するための鍵とする」
陽介は唖然とした。自分たち適合者は、単なる政府の実験台だったのか。
映像が再び変わり、水晶の守護者と政府高官との会談の場面が映し出された。これは凛が写真で見せてくれたものと同じ場面だ。
「我々は共存の道を探っている。あなた方の協力が必要だ」
「人間よ、あなた方の無知が招いた災厄だ。しかし我々もこの状況を望んではいない」
守護者と政府は何らかの協定を結んでいるようだった。しかし詳細は明らかにされないまま、映像は再び暗転した。
そして最後に映し出されたのは、「影の探索者同盟」の創設の瞬間だった。政府の隠蔽工作に気づいた一部の科学者や適合者たちが、真実を明らかにするために立ち上げた組織だった。
「政府の嘘を暴き、真実を人々に伝えなければならない」
設立者の一人がそう宣言する姿が映し出された。その人物は年配の男性で、凛に少し面影が似ていた。
「もしかして……凛さんの父親?」
陽介は初めて目にする人物に思わずつぶやいた。
映像はそこで終わり、部屋に光が満ちた。陽介は再び「記憶の間」に戻っていた。
「これが……真実なのか」
彼は震える手で柱から離れた。視聴者からのコメントに気づき、配信がずっと続いていたことを思い出した。
「ガイドさん、大丈夫?」
「何が起きたの?突然動かなくなって」
「画面が青く光って、何も見えなかったよ」
幸いなことに、視聴者には「記憶の間」で彼が見た映像は映っていなかったようだ。彼は深呼吸をして、カメラに向かって話した。
「すみません、何か奇妙な現象が起きたようです。私は……ビジョンのようなものを見ました。詳細は……まだ整理できていません」
彼は具体的な内容には触れずに説明した。これは配信で話せるような内容ではない。
「とりあえず、これで今日の探索は終わりにします。また明日、別の場所を探索します」
彼は急いで「記憶の間」を後にし、来た道を戻って4階の通常エリアに出た。配信を終えると、すぐに凛に連絡を取った。
『「記憶の間」で重大な発見あり。政府の秘密プロジェクトが亀裂の原因。あなたのお父さんらしき人物も映像に。至急会話が必要。』
数分後、凛から返信があった。
『今から行くわ。待っていて。』
陽介はアパートで凛を待った。約1時間後、彼女は息を切らせて到着した。
「何を見たの? 全部話して」
陽介は「記憶の間」で見たことを詳細に説明した。政府の実験、亀裂の発生、隠蔽工作、そして同盟の設立について。
「それで、最後に映し出された人物があなたのお父さんではないかと思ったんです。年配の男性で、あなたに少し面影が似ていました」
凛は複雑な表情を浮かべた。
「そう……父は元々、異界接触プロジェクトの主任科学者だったの。でも実験の失敗後、政府の隠蔽工作に反対して組織を追われたわ。そして同盟を設立した」
「今はどこに?」
凛は悲しげに首を振った。
「3年前に失踪したわ。政府に捕まったのか、異界に取り残されたのか……分からない」
「だから凛さんが同盟で活動しているんですね」
「ええ。父の意志を継ぎ、真実を明らかにするために」
二人は静かに考えに沈んだ。陽介は新たな疑問を投げかけた。
「政府は本当に悪なんですか? 彼らも最初は良かれと思ってやったことで、失敗を隠そうとしただけなのかもしれない」
凛は鋭く反論した。
「最初の過ちは許せるとしても、その後の行動は許せないわ。彼らは自分たちの地位を守るために真実を隠し、適合者を利用している。さらには同盟のメンバーを秘密裏に拘束したり、時には……」
彼女は言葉を切った。陽介は彼女が言いたかったことを察した。
「命を狙うことも?」
「……ええ」
重い沈黙が二人を包んだ。
「来週のミーティングでは、あなたの発見を報告してほしいわ。これは重要な証拠よ」
「分かりました」
二人はその日の話し合いを終え、凛は帰っていった。陽介は一人、窓の外を眺めながら考え込んだ。
「真実は時に、知りたくないものだ……」
水晶の守護者の言葉が、今になって理解できた。