一週間後、陽介は影の探索者同盟のミーティングに参加するため、指定された場所へと向かった。それは都内の古いビルの地下にある秘密の施設だった。
凛の案内で彼は複雑なセキュリティシステムを通過し、会議室へと辿り着いた。部屋に入ると、約20人ほどのメンバーが既に集まっていた。様々な年齢層の人々がいて、彼らは真剣な表情で資料を検討している。
「みなさん、新しいメンバーを紹介します。配信者『ガイド』こと遠野陽介さんです」
凛が陽介を紹介すると、メンバーたちは彼に注目した。
「あなたが噂の配信者か。活躍は聞いているよ」
年配の男性が彼に声をかけた。
「初めまして。皆さんのような経験豊富な方々と比べると、まだまだ未熟ですが……」
「謙遜する必要はない。若い視点は貴重だ。それに、凛が認めた人物なら間違いない」
会議が始まり、各メンバーが最近の発見や活動について報告した。世界各地のダンジョンの状況、政府の動き、新たな適合者の発見など、様々な情報が共有された。
そして陽介の番になった。彼は「記憶の間」で見たことを詳細に報告した。会場は彼の話に静まり返った。
「これは重大な証拠だ。政府がダンジョン出現の直接的原因だったとなれば……」
「しかし、この情報をどう使うべきか。公表すれば社会的混乱は避けられない」
様々な意見が飛び交った。陽介は議論を聞きながら、同盟の真の目的について考えていた。彼らは単に政府を非難したいわけではなく、真実を明らかにし、より良い解決策を見つけたいと願っているようだった。
会議の終盤、同盟のリーダーである白髪の老人が立ち上がった。
「今日の報告を踏まえ、我々の当面の目標を確認したい。第一に、残りのキーの収集を急ぐこと。第二に、中央管理施設へのアクセス方法を解明すること。そして第三に、適合者たちに真実を伝え、できるだけ多くの協力者を募ることだ」
全員がうなずいた。リーダーは陽介に目を向けた。
「遠野くん、君の配信活動は特に重要だ。多くの適合者が君の配信を見ている。彼らに直接真実を伝えることはできないが、少しずつ疑問を投げかけ、考えるきっかけを与えてほしい」
「分かりました。できる限りのことをします」
会議が終わると、陽介は同盟のメンバーたちと交流した。彼らは様々な背景を持つ人々だった。元政府関係者、科学者、ジャーナリスト、そして彼のような適合者。しかし全員が共通の目的を持っていた。
「君のような若い適合者が加わってくれて嬉しいよ」
年配の女性が彼に声をかけた。彼女は元政府の研究者だった。
「まだ右も左も分からない状態ですが……」
「大丈夫、みんな最初はそうだった。でも真実を知ると、もう後戻りはできなくなるんだ」
彼女は優しく微笑んだ。
凛が彼のところに戻ってきた。
「どう? 圧倒されてない?」
「少し。でも、皆さんの熱意は伝わってきました」
「これから大変になるわ。政府もあなたの配信を注視するようになるはず。気をつけて」
「用心します」
帰り際、リーダーが陽介を呼び止めた。
「一つ頼みがある。あなたの配信の中で、特定の場所を探索してほしい」
リーダーは一枚の地図を彼に渡した。それはダンジョン7階の特定の場所を示していた。
「ここには『制御室』がある。そこで何が行われているのか、映像に収めてほしい」
「7階ですか……まだ誰も公開配信では到達していませんが」
「だからこそ価値がある。あなたなら可能だと思う」
陽介は地図を受け取り、うなずいた。これが彼の本格的な最初のミッションとなる。
翌日、陽介は特別な配信の準備をした。今日は7階への挑戦だ。彼は装備を万全にし、増幅器も完全充電した。
「今日は特別な配信です。ダンジョン7階に挑戦します」
配信を開始するとすぐに、視聴者が殺到した。7階に挑むという宣言は、多くの探索者の注目を集めたようだ。
「7階!? 誰も行ったことないよね?」
「ガイドさんすごい! でも無理はしないでね」
「ライブ配信で7階とか歴史的だね!」
陽介はコメントを見ながら、いつものように準備についての解説を行った。
「増幅装置の調整も完了しました。今日はできるだけ深くまで探索したいと思います」
彼はダンジョンの入口まで移動し、中に入った。1階から6階までは慣れた道のりとなっていた。「守護者の結晶」を使い、5階の水晶の部屋まで一気に移動する。
そこから6階へと進み、「沈黙の回廊」を通過した。前回と同様に配信は一時的に途切れたが、回廊を抜けるとすぐに復活した。
「無事、6階を通過しました。次は7階を目指します」
彼は水晶の塔の中央へと向かった。前回は警備システムに追われたが、今回はそれを避ける計画だ。彼はスマートフォンのアプリを使い、塔内の安全ルートを探った。
「このルートなら警報を作動させずに進めるはずです」
彼は慎重に塔の奥へと進んだ。塔の中央には巨大なエレベーターのような構造物があった。彼はそこに入り、7階へのアクセスを試みた。
「7階へ……」
エレベーターが動き始め、彼は深く息を吐いた。約1分後、扉が開き、7階へと到着した。
「来ました……ダンジョン7階です」
7階は想像以上に広大だった。天井が高く、まるで巨大な地下都市のようだ。建物らしき構造物が並び、道路のような通路が張り巡らされている。すべては青白い光に照らされていた。
「これは……都市?」
彼は恐る恐る一歩を踏み出した。リーダーから指定された場所を目指し、地図を確認しながら進む。視聴者のコメントは驚きと興奮に満ちていた。
「すごい! 未知の領域だ!」
「これって……文明の痕跡?」
「ガイドさん、本当に7階に来たんだね…」
彼は慎重に進みながら、周囲を観察した。建物の壁には見たことのない文字が刻まれている。それはどこかで見たような……そう、水晶の守護者が使う言語に似ていた。
「この文明は守護者と関係があるのかもしれません」
彼が指定された場所に近づくと、警戒すべき存在に気づいた。7階にも警備システムが存在するようだ。黒い金属製の人型ロボットが巡回している。
「警備ロボットですね。できるだけ接触は避けましょう」
彼は影に隠れながら進み、ロボットの巡回パターンを観察した。そして隙を見て、建物の間を素早く移動した。
「よし……あと少し」
地図によれば、目的地はもうすぐだ。巨大な円形の建物が見えてきた。それが「制御室」のはずだ。
「あれが目標です」
彼は建物に近づき、入口を探した。警備ロボットの巡回が少ない裏側に回り込み、小さな入口を見つけた。
「ここからアクセスします」
扉は半開きになっていた。彼は中に入り、暗い通路を進んだ。通路の先には広い円形の部屋があり、中央には巨大なホログラム投影装置が設置されていた。
「これが『制御室』……」
部屋には複数の操作パネルがあり、壁には大きなスクリーンが並んでいた。スクリーンには世界中のダンジョンの状況が映し出されていた。
「なんてことだ……ここからすべてのダンジョンを監視しているのか」
彼は慎重に中央の操作パネルに近づいた。それは彼の「キー」に反応し、起動した。
「アクセス権限確認。レベル3権限者を検出。制限付きアクセスを許可」
機械的な声が響き、画面上に様々な情報が表示された。「ダンジョン管理システム」「異形生物統制」「適合者データベース」などの項目があった。
「これは……」
彼は「適合者データベース」を開いてみた。そこには世界中の適合者の情報が記録されていた。能力の種類、強さ、探索履歴など、詳細なデータだ。彼自身の情報もあった。
「適合者:遠野陽介、能力:時間操作系(D+ランク)、危険度:低、監視レベル:3」
「監視されているのか……」
さらに彼は「ダンジョン管理システム」にアクセスした。そこには衝撃的な情報があった。ダンジョンは完全に人工的に制御されていたのだ。フロアの構成、出現する敵、さらには報酬として手に入る「アイテム」までもが、すべて計画的に設計されていた。
「まるでゲーム……いや、訓練施設のようだ」
彼は「異形生物統制」の項目も開いた。そこには異形生物の分類や能力、さらには彼らと「交渉」するための情報まであった。政府は異形生物と何らかの協定を結んでいるようだった。
「これはすべて記録しておかなければ」
彼はスマートフォンで画面を撮影し始めた。しかし突然、警報が鳴り響いた。
「不正アクセス検出。セキュリティレベル上昇」
「やばい!」
彼は急いで操作パネルから離れた。しかし遅すぎた。部屋の入口から複数の警備ロボットが入ってきた。
「侵入者を確保せよ」
「増幅器を使うしかない!」
彼は増幅器を最大出力にし、能力を発動した。周囲の時間が極端に遅くなり、ロボットの動きも鈍くなった。彼はその隙に別の出口を目指した。
「こっちだ!」
彼は非常口と思われる扉を見つけ、そこへと走った。扉を開けると、外に出る階段があった。彼は急いで階段を駆け上がった。
「どこに繋がっているんだ?」
階段を上り切ると、そこは7階の別の場所に出ていた。彼はすぐに隠れ場所を探し、建物の陰に身を潜めた。
「やばかった……」
増幅器の効果が切れ、彼は疲労感で息を切らせていた。しかし、危機は去っていなかった。周囲でアラームが鳴り響き、より多くの警備ロボットが集まってきていた。
「ここにいるのは危険だ。撤退しなければ」
彼は来た道を戻ることはできない。別のルートを探さなければならない。彼はアプリを使い、エスケープルートを検索した。
「6階への別の接続点があるはずだ…」
アプリによれば、7階の西側にもエレベーターがあるという。彼はそこを目指して移動を始めた。警備ロボットを避けながら、建物の陰を通って西側へと向かう。
「あと少し……」
彼がエレベーターに近づいたとき、突然前方に黒い影が現れた。それは警備ロボットではなく、黒いコートを着た人間だった。
「誰だ?」
人物は彼に向かって歩いてきた。近づくにつれ、その姿がはっきりと見えてきた。それは30代後半と思われる男性で、冷たい眼差しで陽介を見つめていた。
「遠野陽介。予想通り来たな」
男は彼の名前を知っていた。陽介は警戒しながら尋ねた。
「あなたは誰ですか?」
「私は政府特別対策室の佐藤だ。君のような不正アクセスを行う者を取り締まる部署の者だよ」
男は冷静に言った。その表情からは何の感情も読み取れない。
「特別対策室……」
陽介は動揺を隠せなかった。政府の存在は予想していたが、こんなにも早く接触するとは思っていなかった。
「君は許可なく7階に侵入し、機密情報にアクセスした。これは重大な違反行為だ」
佐藤は一歩ずつ陽介に近づいてきた。陽介は後ずさりしながら答えた。
「ダンジョンは公開されている場所です。適合者は自由に探索できるはずでは?」
「6階までならな。7階は特別許可が必要だ。それに、制御室へのアクセスは明らかな不正侵入だろう」
佐藤は内ポケットから何かを取り出した。それは小型の装置で、陽介の増幅器に似ていた。
「増幅装置?」
「ああ、でも君のとは少し違う。こちらは抑制装置だ」
佐藤が装置を起動すると、陽介の周囲の空間が歪むのを感じた。彼は自分の能力を使おうとしたが、全く反応しない。
「何をした!?」
「適合者の能力を一時的に封じる装置だよ。これで大人しく来てもらおう」
佐藤の背後から複数の警備ロボットが近づいてきた。陽介は窮地に立たされていた。能力が使えなければ、逃げることもできない。
その時、突然天井から何かが落下してきた。煙幕だった。白い煙が辺りを包み、視界が遮られた。
「何だ!?」
佐藤が叫ぶ声が聞こえた。煙の中から誰かが陽介の腕を掴んだ。
「こっちよ! 早く!」
その声は凛だった。彼女は陽介を引っ張り、別の方向へと導いた。
「凛さん! どうして?」
「説明は後! 今は逃げるわよ!」
二人は煙の中を駆け抜け、建物の裏側へと回り込んだ。そこには非常階段があり、彼らはそれを使って別のフロアへと移動した。
「一時的に能力を封じられている。使えないんだ」
「分かってるわ。だから特殊装備を持ってきたの」
凛はバックパックから奇妙な形状の装置を取り出した。それを陽介の増幅器に取り付けると、小さな光が点灯した。
「これは抑制装置の効果を中和するカウンターだわ。一時的だけど、能力が使えるようになるはず」
陽介は試しに能力を発動してみた。かすかに反応がある。完全ではないが、少しなら使えそうだ。
「ありがとう。でも、どうして僕がここにいるって分かったんですか?」
「あなたの配信を見てたのよ。7階に行くって言ったから、何かあるかもしれないと思って待機してたの」
彼らは階段を降りながら会話を続けた。
「制御室で見たことを説明する必要があります。とんでもない情報がたくさんありました」
「後でゆっくり聞くわ。まずは安全な場所に行きましょう」
彼らはさらに階段を下り、ついに6階へと戻った。しかし安心するのは早かった。6階にも警備ロボットが配置されていた。
「見つかったわ!」
二人は急いで隠れ場所を探した。近くの部屋に飛び込み、扉を閉める。
「この先どうすればいい?」
「私のアジトに行きましょう。ここから近いわ」
凛は床の一部を操作し、隠し通路を開いた。二人はそこに入り、扉を閉じた。通路は狭く暗かったが、凛のライトが道を照らした。
「同盟のメンバーが作った秘密の通路網よ。ダンジョン内を移動するのに使っているの」
彼らは通路を進み、約10分後、小さな部屋に到着した。そこには基本的な生活設備と通信機器が置かれていた。
「ここなら安全よ。当分の間、彼らはあなたを見つけられないわ」
凛は設備を起動し、同盟のメンバーに連絡を取った。
「霧島です。遠野を保護しました。制御室の情報も入手したようです」
通信を終えると、彼女は陽介に向き直った。
「さて、何を見つけたの?」
陽介は制御室で見たすべての情報を詳細に説明した。適合者データベース、ダンジョン管理システム、異形生物統制など、すべてについて。彼はスマートフォンで撮影した画像も彼女に見せた。
「これは……想像以上だわ。政府はここまでダンジョンを制御していたのね」
凛は画像を慎重に確認しながら言った。
「適合者を監視し、ダンジョンの構造まで操作している。まるで……」
「実験場だ」
陽介が言葉を続けた。
「僕たちは実験台なんだ。政府が何かの目的のために適合者を試している」
凛は深く息を吐いた。
「これは同盟のメンバー全員に共有すべき情報よ。特に『適合者データベース』の部分は重要だわ」
彼女は陽介のスマートフォンからデータをコピーし、安全な方法で送信した。
「それにしても、佐藤という男が現れるとは……彼は危険人物よ。特別対策室のエージェントで、同盟のメンバーを何人も捕らえたことがある」
「彼は僕の名前を知っていた。配信を見ていたのかな」
「おそらくね。でも彼が直接現れるということは、あなたが重要人物とみなされているということ」
そう言って凛は陽介をじっと見つめた。
「あなたの能力は『時間操作系』だったわね。それも珍しいタイプ。政府は特に時間や空間に関する能力に興味を持っているの」
「でも僕の能力はそれほど強くない。データベースでもD+ランクだった」
「ランクは必ずしも真実を示すとは限らないわ。政府は意図的に一部の適合者の能力を低く評価して、監視の目を逸らすこともある」
凛はテーブルの上に地図を広げた。
「とりあえず、ここでしばらく身を潜めましょう。政府の追跡が落ち着くまでは外に出ない方がいいわ」
「でも配信は? 視聴者は心配するでしょうし……」
「それは……難しい問題ね」
凛は考え込んだ。
「配信を続けるのは危険だけど、突然消えるのも不自然。何か理由を考えないと」
二人は対策を練った。結局、陽介は体調不良を理由に数日間の配信休止を告知することにした。凛のサポートで、安全な方法でその連絡を視聴者に送った。
「これで少し時間が稼げるわ」
二人はアジトでの生活を始めた。食料や水は十分にあり、通信設備を通じて外部の情報も得られた。凛は同盟のメンバーと連絡を取り合い、状況を報告し続けた。