数日後、同盟のリーダーから連絡があった。
「制御室の情報は非常に価値があった。特に適合者データベースの情報は我々に大きな利点をもたらす。よくやってくれた、遠野くん」
「これからどうすればいいですか?」
「今は身を隠しておくんだ。特別対策室が動き出している。彼らはあなたを探している」
リーダーは続けた。
「しかし、永遠に隠れているわけにはいかない。我々には次の計画がある。中央管理施設へのアクセスだ」
「中央管理施設?」
「ダンジョンの中枢を管理する施設だ。そこにアクセスできれば、亀裂の真の原因と、政府の本当の目的を明らかにできるだろう」
陽介はうなずいた。
「どうすればアクセスできるんですか?」
「それには7つのキーが必要だ。君はすでにその一つを持っている。残りは同盟のメンバーや他の適合者が所持している」
リーダーは画面越しに真剣な表情で言った。
「我々は最後のキーの所在を突き止めた。しかし、それを手に入れるには高度な時間操作能力が必要だ」
陽介は自分のことを言っていると気づいた。
「私の能力が必要だということですか?」
「その通りだ。あなたは特殊な時間操作能力を持っている。それが鍵となる」
話し合いの後、次のミッションの詳細が決まった。陽介は凛と共に、最後のキーを回収するために特別な場所に向かうことになった。それは「時の狭間」と呼ばれる、ダンジョン内の特殊な空間だった。
「このミッションは危険を伴うわ」
連絡が終わった後、凛は陽介に警告した。
「時の狭間は通常の空間とは異なる。時間の流れが不安定で、適合者でも長時間滞在するのは危険だと言われている」
「でも、行くしかないんですよね」
「ええ。だけど、あなた一人では行かせないわ。私も同行する」
陽介は感謝の気持ちを込めて微笑んだ。
「あなたがいてくれると心強い」
次の日、二人は「時の狭間」に向かう準備を始めた。特殊な防護服や装備を用意し、増幅器も最大限に強化した。
「時の狭間に入るには、特別な入口を使うのよ」
凛は複雑な地図を見せた。それによると、「時の狭間」の入口はダンジョン6階の特定の場所にあるという。通常の探索者には見えない入口だ。
「あなたの能力が鍵になるわ。時間操作能力で入口を顕在化させるの」
「分かった。やってみます」
二人はアジトを出て、秘密の通路を通って6階へと向かった。警備ロボットを避けながら、指定された場所まで移動する。
「ここよ」
凛が指し示したのは、一見すると普通の壁だった。しかし、細かく見ると微妙な歪みがあることに気づく。
「能力を使って」
陽介は増幅器を起動し、能力を最大限に発揮した。彼は時間の流れを局所的に変化させ、壁の周囲の時間を遅らせようとした。
徐々に壁が透明になり始め、向こう側に光る通路が見えてきた。
「出てきた!」
二人は驚きの声を上げた。壁は完全に透明になり、入口が現れた。それは青白い光に包まれた通路で、まるで別の次元に通じているようだった。
「行くわよ」
凛が先に立ち、陽介がそれに続いた。入口を通り抜けると、彼らは「時の狭間」に足を踏み入れた。
そこは想像を超える光景だった。空間全体が青と紫の光に包まれ、周囲には様々な時代の断片が浮かんでいた。古代の建物、未来的な装置、そして様々な時代の人々の幻影。すべてが混然一体となって存在していた。
「これが時の狭間……」
陽介は息を呑んだ。凛も同様に驚きの表情を浮かべていた。
「伝説通りね。ここは時間の流れが交差する場所。過去、現在、未来のすべてが混ざり合っている」
彼らは慎重に前進した。足元は固い地面だったが、周囲の景色は常に変化し続けている。時々、人間の姿をした幻影が二人の前を通り過ぎていった。
「これらは過去の記憶ですか?」
「そう考えられているわ。ここを訪れた人々の記憶の断片が、時間の中に保存されている」
彼らは進みながら、キーの在処を探した。リーダーの情報によれば、キーは「時の狭間」の中心部にあるという。
「中心部はどこ?」
「感覚的に進むしかないわ。この場所では方向感覚も通用しない」
彼らは直感に従って進んだ。時間が経つにつれ、空間の歪みはより強くなっていった。陽介は頭痛を感じ始めた。
「大丈夫?」
凛が心配そうに尋ねた。
「少し頭が痛いです。この場所の影響かも」
「時の狭間は普通の人間には耐えられない。適合者でも長時間いると影響が出るわ」
彼らはさらに進み、ついに広い空間に出た。そこは「時の狭間」の中心部と思われる場所だった。中央には巨大な時計のような構造物があり、無数の歯車が回転していた。
「あれがキーを保管している場所よ」
時計の中心部に小さな光る物体が見えた。それが彼らの探しているキーだった。
「どうやって取るの?」
「あなたの能力よ。時間を止めて、キーに触れる必要があるわ」
陽介は緊張した面持ちで増幅器を確認した。
「全力を出します」
彼は深く息を吸い、能力を最大限に発揮した。周囲の時間が徐々に遅くなり、やがて完全に止まった。回転していた歯車も、浮かんでいた幻影も、すべてが静止した。
「今だ!」
陽介は時計に向かって走った。時間を止めた状態を維持するのは非常に困難で、体に大きな負担がかかっていた。彼は中央部に到達し、キーに手を伸ばした。
キーは小さな水晶でできており、内側から青い光を放っていた。彼がそれに触れると、突然強烈な光が放たれた。
「うわっ!」
彼は眩しさに目を閉じた。光が収まると、キーは彼の手の中にあった。しかし、何かがおかしい。周囲の時間が再び流れ始めたにもかかわらず、時計は動いていなかった。
「取った! でも……」
彼が振り返ると、凛も同様に混乱した様子で周囲を見回していた。
「何かがおかしいわ。時の流れが乱れている」
突然、空間全体が揺れ始めた。亀裂が現れ、「時の狭間」が崩壊し始めているようだった。
「キーを取ったことで均衡が崩れたのね! 急いで出なきゃ!」
二人は来た道を戻ろうとしたが、すでに通路は歪み始めていた。新たな道を探さなければならない。
「あっちだ!」
陽介は別の出口らしき場所を見つけた。二人はそちらに向かって走った。空間の崩壊は加速し、至る所に亀裂が広がっていた。
「早く!」
彼らは必死で出口に向かった。間一髪で出口に飛び込むと、強烈な光に包まれた。そして意識が遠のいていく……
陽介が目を覚ますと、見知らぬ場所にいた。白い天井、清潔な部屋。病院のベッドに横たわっていた。
「ここは……?」
「目が覚めたか」
聞き覚えのある声に振り向くと、そこには佐藤が立っていた。彼は冷静な表情で陽介を見下ろしていた。
「佐藤……!」
陽介は起き上がろうとしたが、体が思うように動かない。手足は拘束されていた。
「暴れても無駄だ。ここは政府の特別施設。君の能力も封じられている」
陽介は記憶を整理しようとした。「時の狭間」でキーを手に入れ、そして脱出しようとしたところまでは覚えている。
「凛さんは?」
「霧島凛なら、別室で取り調べ中だ」
佐藤は淡々と答えた。
「彼女を傷つけないでくれ」
「それは彼女次第だな。協力的なら、そこまで過酷な扱いはしない」
佐藤は椅子に座り、陽介をじっと見つめた。
「君たちが『時の狭間』に侵入したのは予想外だった。あそこは極めて危険な場所だ。普通なら二度と戻れない」
「なのになぜ僕たちは生きている?」
「我々が救出したからだ。『時の狭間』の異変を感知し、特殊部隊を派遣した」
陽介は混乱した。政府が彼らを救ったというのか?
「なぜ? 僕たちは敵じゃないのか?」
佐藤は小さく笑った。
「敵か味方かは状況次第だ。我々は君たちを監視していた。特に君の能力に興味がある」
彼は立ち上がり、窓の外を見た。
「時間操作能力は極めて貴重だ。特に君のような『安定化』タイプは。D+ランクなどではない。少なくともBランク以上の価値がある」
「安定化タイプ?」
「君は時間を操作するだけでなく、その影響を安定させる特性を持っている。『時の狭間』で崩壊が始まった際も、君の能力が周囲の時間を部分的に安定させた」
佐藤は陽介に近づいた。
「だからこそ、我々は君に協力してほしいと考えている」
「協力?」
「そうだ。『影の探索者同盟』が君に伝えていないことがある。彼らの目的は真実を暴くことだけではない。彼らは亀裂を『完全に開く』ことを目指している」
陽介は驚いた。
「それはどういう意味だ?」
「現在の亀裂は不完全だ。異界と我々の世界は部分的にしか繋がっていない。しかし同盟は、完全な融合を目指している。彼らは『次の段階の進化』と呼んでいる」
「嘘だ! 凛さんたちはそんなことを言っていなかった」
「彼らが全員に真実を話すと思うか? 特に新規メンバーには情報を制限している」
佐藤はタブレットを取り出し、映像を再生した。そこには同盟のリーダーが秘密会議で話す姿が映っていた。
「7つのキーを集めれば、完全融合のプロセスを始動できる。我々の世界と異界が一つになれば、人類は新たな次元へと進化する」
リーダーの言葉に、陽介は言葉を失った。
「これが……本当の目的なのか?」
「そうだ。彼らは理想主義者だ。異界との融合が人類にもたらす混乱や犠牲を考慮していない」
佐藤はタブレットを片付けた。
「対して政府は現状維持を目指している。亀裂は存在するが、制御可能な状態に保つ。それが我々の方針だ」
陽介は考え込んだ。同盟の真の目的が「完全融合」なら、それは危険すぎるかもしれない。しかし、政府も完全に信頼できるとは限らない。
「考える時間をやろう。明日また話し合おう」
佐藤は部屋を出て行った。陽介は一人、拘束されたまま考え続けた。