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第8階層の真実

 出発の日がついに訪れた。チームの5人は最終チェックを終え、ダンジョンへと向かった。今回は公式の入口ではなく、同盟が確保した秘密のルートを使った。

「このルートなら、政府の監視を避けられる」

 村田が先導しながら説明した。彼らは都市の郊外にある古い下水道を通り、ダンジョンの裏側へと侵入した。

「ここから6階まで一気に行くわ」

 佐々木が特殊なエレベーターのような装置を操作した。それは同盟が密かに設置した移動手段だった。

 彼らは順調に6階まで到達し、そこから慎重に進んだ。7階への通路は厳重に警備されていたが、凛の能力で警備システムを一時的に無効化することに成功した。

「7階も警戒が必要よ」

 凛が前方を確認しながら言った。

「佐藤たちは私たちの動きを予測しているはず」

 彼らは影に隠れるように進み、時々立ち止まって周囲を確認した。7階は前回陽介が訪れた時よりもさらに警備が厳しくなっていた。

「あっちよ」

凛が目立たない通路を指さした。それは通常の探索者には気づかないような隠された道だった。彼らはそこを通り、7階の奥へと進んだ。

「ここが8階への入口のはずだ」

 村田が地図を確認しながら言った。彼らは大きな扉の前に立っていた。扉には複雑な装置が取り付けられ、アクセスコードが必要なようだった。

「佐々木さん、お願いします」

 佐々木は特殊な解析装置を取り出し、セキュリティシステムの解読を始めた。彼女の指が素早くキーボードを打ち、画面には複雑なコードが流れていた。

「難しいわね……政府は予想以上に警戒している」

 彼女は集中して作業を続けた。他のメンバーは周囲を警戒していた。突然、遠くから足音が聞こえた。

「誰か来る!」

 中島が小声で警告した。彼らは急いで近くの物陰に隠れた。足音は次第に大きくなり、やがて数人の警備員が通路を通過した。

「危なかった」

 彼らが去ると、再び作業に戻った。約10分後、佐々木が成功の合図を出した。

「できたわ!」

 扉が静かに開き、彼らは8階へと足を踏み入れた。

 そこは想像を超える光景だった。7階までとは全く異なる、高度な技術で満ちた空間。壁や床は金属製で、至る所に機械やコンピュータが設置されていた。

「ここが本当の研究施設か……」

 陽介は驚きの声を漏らした。

「政府は7階以下を『表の顔』として公開し、真の研究はここで行っているのね」

 凛が周囲を観察しながら言った。彼らは慎重に進み、施設内を探索した。村田の持つ地図によれば、「忘却の谷」への入口は8階の最深部にあるという。

「ここは人がいないみたいね」

 中島が静かに言った。確かに、高度な設備にもかかわらず、研究者や職員の姿は見当たらなかった。

「変だな……」

 村田が眉をひそめた。

「何かあったのかもしれない」

 彼らは最深部へと向かって進んだ。途中、様々な研究室や実験施設を通過した。そこには異形生物の標本や、奇妙な装置が並んでいた。

「ここで何をしていたんだ?」

 陽介は不安を感じながら、ガラスケースに保存された奇妙な生物を見つめた。それは人間のようでもあり、異形生物のようでもあった。

「融合実験……」

 凛が静かに言った。

「人間と異形生物の融合を試みていたのかもしれない」

 その言葉に全員が沈黙した。政府の研究が想像以上に進んでいたことに、恐怖を感じていた。

 さらに進むと、大きな円形の部屋に出た。中央には巨大な装置があり、その周囲には制御パネルが配置されていた。

「これは……」

 佐々木が装置を調べた。

「次元転移装置のようね。異界への直接アクセスを試みていた形跡がある」

「でも使われた形跡はないみたいだ」

村田がホコリを指でなぞりながら言った。

「何かの理由で中止されたのかもしれない」

 彼らはさらに奥へと進み、ついに一つの扉に辿り着いた。扉には「忘却の谷−立入禁止」という警告が表示されていた。

「ここだわ」

 凛が緊張した面持ちで言った。彼女は父親の研究に近づいていることを感じていた。

 扉には高度なセキュリティロックが施されていたが、佐々木の技術と凛の能力を組み合わせることで突破に成功した。扉が開くと、彼らは長い通路に出た。通路の先には青白い光が見えた。

「準備はいいか?」

 村田が全員に確認した。彼らは最終装備チェックを行い、防護マスクを装着した。

「行きましょう」

 一同は通路を進み、光の先へと踏み出した。

 そこは言葉では表現できない光景だった。「忘却の谷」は文字通り、現実と非現実が混ざり合う場所だった。空は常に変化する色彩に満ち、地面は半透明で、足元から奇妙な光が漏れていた。周囲には奇妙な形の岩や、浮遊する水滴のようなものが見られた。

「これが忘却の谷……」

 陽介は息を呑んだ。彼の頭には既に軽い圧迫感があり、記憶が少しずつ混乱し始めていることを感じた。

「みんな、精神安定剤を使って」

 中島が全員に薬を配った。彼らは素早く服用し、影響を最小限に抑えようとした。

「キーの反応はこっちよ」

 凛が持っていた探知機が反応を示した。彼らはその方向に進んだ。歩くたびに周囲の景色が変化し、方向感覚を失いそうになった。

「集中して」

 村田が先頭を歩きながら言った。

「この場所は意識を混乱させる。目標を常に心に留めておくんだ」

 彼らは約1時間、奇妙な風景の中を進んだ。途中、幻影のような影が現れたり、遠くから声が聞こえたりしたが、実体はなかった。

「あそこに何か見える」

 佐々木が前方を指さした。丘の上に小さな建物が見えた。それは研究施設のように見えた。

「父の施設かもしれない」

 凛の声には期待が込められていた。彼らは丘を登り、施設に近づいた。建物は一見すると普通の研究所だったが、壁の一部が透明になったり、屋根が時々消えたりする不思議な状態だった。

「忘却の谷の影響で、現実が不安定になっているのね」

 彼らは慎重に建物に入った。内部は予想外に整然としていた。研究機器や書類が整理され、誰かが急いで去ったような跡はなかった。

「誰かいますか?」

 中島が声をかけたが、返事はなかった。彼らは部屋を探索し始めた。

「これは……」

 凛が一つの部屋に入り、驚いた声を上げた。そこには彼女の父親の写真と、研究ノートが置かれていた。

「本当に父の研究施設だわ」

 彼女は感情を抑えながら、ノートを手に取った。

「最後の記録は3年前……父が失踪する直前ね」

 彼女はノートを開き、内容を確認した。

「これによると、父は『亀裂の起源』を突き止めたみたい。亀裂は自然現象ではなく、意図的に作られたものだという仮説を裏付ける証拠を見つけたと書いてある」

「誰が作ったんだ?」

 陽介が尋ねた。

「それは……」

 凛はページをめくり、次の記述を読んだ。彼女の表情が変わった。

「政府……ではない。『創造者』と呼ばれる存在について書かれている。それは異界からの存在で、二つの世界の融合を目指しているらしい」

 彼女はさらに読み進めた。

「父はキーについても詳しく調査していたわ。7つのキーは『世界の軸』の一部で、それらを正しく配置することで、亀裂を完全に閉じることも、完全に開くこともできる」

「その選択が我々に委ねられているということか」

村田が深刻な表情で言った。

「でも、最後のキーはどこ?」

 佐々木が周囲を見回した。

 凛はノートの最後のページを見た。そこには地図と、簡単な指示が書かれていた。

「『谷の中心、時が止まる場所に』……と書いてある」

「谷の中心?」

 彼らは外に出て、周囲を見渡した。遠くに奇妙な光の柱が見えた。

「あれかもしれない」

 陽介が指さした。光の柱は谷の中心部から天に向かって伸びていた。彼らはそちらに向かうことにした。

 道中、忘却の谷の影響は強まっていった。幻覚や記憶の混乱が頻繁に起こり、メンバーは互いに声をかけ、現実との接点を保つようにした。

「もうすぐだ」

 約30分後、彼らは光の柱の下に到着した。そこには小さな祭壇のような構造物があり、その中央に何かが埋め込まれていた。

「最後のキーね」

 凛が近づいた。祭壇には奇妙な記号が刻まれ、中央には他のキーと同じような水晶が置かれていた。しかし、このキーは他のものとは異なり、虹色に輝いていた。

「美しい……」

 凛が手を伸ばそうとした時、突然強い風が吹き、彼らの前に人影が現れた。

「ここまでだ」

 その声は佐藤だった。彼は単独で、しかし強い自信を持って彼らの前に立っていた。

「よく来れたものだ。忘却の谷は普通の人間では耐えられない場所だ」

「佐藤……! どうしてここに?」

「君たちの動きは予測していた。それに、私もキーに興味があるのでね」

 佐藤は一歩前に出た。

「キーを政府に引き渡してもらおう。我々ならば適切に管理できる」

「断る」

 凛がきっぱりと言った。

「父の研究は政府のものではない。キーの使い方も、私たちが決める」

 佐藤は冷笑した。

「君たちに判断できると思うのか? 世界の運命を左右する力を、素人に任せるわけにはいかない」

「政府こそ信用できない」

 村田が前に出た。

「あなたたちは真実を隠し、実験を続けてきた」

 佐藤は反論しようとしたが、その時、奇妙なことが起きた。光の柱が強く脈動し始め、周囲の空間が歪み始めた。

「何が起きている?」

 地面が揺れ、亀裂が広がった。祭壇からは強い光が放たれ、最後のキーが浮き上がった。

「キーが反応している!」

 凛が驚いた声を上げた。陽介は不思議な感覚に包まれた。彼の体内で何かが共鳴しているような感じがした。

「僕が……」

 彼は無意識のうちに祭壇に近づいていた。彼の持つキーも反応し、ポケットから飛び出して空中に浮かんだ。

「陽介君!」

 凛が叫んだが、彼は止まらなかった。彼は何かに導かれるように、最後のキーに手を伸ばした。

 その瞬間、耳をつんざくような音が鳴り響き、強烈な光が辺りを包んだ。光が収まると、陽介の手には最後のキーがあった。

「取った……」

 しかし状況は悪化していた。忘却の谷全体が揺れ、亀裂が各地に広がっていた。

「逃げるぞ!」

 村田が叫んだ。彼らは急いで来た道を戻ろうとした。佐藤も混乱の中、彼らと共に逃げ出していた。

「この場所が崩壊する!」

 走りながら、凛が陽介に尋ねた。

「キーを取ったことで何が起きたの?」

「分からない……でも、何かが始まったような気がする」

 彼らは必死で走り、ようやく研究施設に戻った。しかし、出口への道は亀裂によって塞がれていた。

「どうする?」

 佐々木が不安そうに言った。

「別の出口を探すしかない」

 彼らは施設内を探索し、別の通路を見つけた。それは狭く暗い通路だったが、外に通じているようだった。

「こっちだ!」

 彼らは通路に飛び込んだ。通路は複雑に曲がりくねり、時には上下に傾斜していた。やがて彼らは光が見える場所に出た。

「出口か?」

 しかし、それは出口ではなかった。彼らは別の空間に出ていた。そこは広大なドーム状の部屋で、中央には巨大な装置があった。

「これは……」

 佐藤が驚きの声を上げた。

「中央管理施設だ」

「中央管理施設?」

 陽介は混乱した。彼らは出口を探していたはずなのに、なぜかダンジョンの中枢に辿り着いていた。

「忘却の谷の崩壊が空間を歪め、私たちをここに導いたのね」

 凛が周囲を見回した。部屋の中央には7つのキーを置くための台座があった。

「これが『世界の軸』……」

 凛は父のノートに書かれていた言葉を思い出した。中央管理施設は予想以上に広大で、高度な技術で満ちていた。壁には無数のモニターが並び、ダンジョン全体の状況が映し出されていた。

「ここが全ての中心か……」

 彼らはゆっくりと装置に近づいた。台座の周りには奇妙な記号が刻まれ、床には複雑な回路のような模様が描かれていた。

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